魔法使いの掟

めろんぱん。

文字の大きさ
上 下
13 / 15

12 魔法使いの契約

しおりを挟む
「ル、ルナくん……?」

「そんなことをしたらミルは……ミルがどうなるか、お前は分かっているのか……?」

「失敗を恐れていたら、何事も始まらないわ」

「うるさい! ミルの命は一つしかないんだ! お前なんかに……お前なんかに分かる訳ないだろう⁉」

こんな感情的なルナくんは、初めて見るかもしれない。

震えているけど、強く、芯のある声。

でも私は、彼の怒りの理由が全く分からない。

ルナくんはいつも私が虐めれることを心配していた。

もし魔法が使えるようになれば、きっといじめはなくなる。

魔法を得れば、私は幸せになれる。

なのにどうして、スバルさんを止めるの……?

「私が命の大切さを、理解していないとでも言いたそうね」

「ああ、そうだな」

「はぁ……。心外だなぁ。初対面の妖精にここまで言われるなんて」

「うるさいっ!」

ルナくんはスバルさんに向けて、ビシッと指を突き出した。

その手もやはり、震えていた。

……ルナくんがスバルさんを敵視するのは分かる。

学園の、しかも寮の部屋に侵入してきた部外者。

誰がどう見ても、ルナくんは正しい。

それでも、私は。

「ルナくん、少し黙ってて」

「え……?」

 ルナくんは悲しそうな顔で振り返ったけど、見ない振りをして、ニヤリと笑うスバルさんの目を見た。

「スバルさん。本当に、私でも魔法が使えるようになるんですか?」

「勿論」

「ミル! 僕の言葉より、コイツの言うことを信じるの……⁉」

「……そういうことじゃない。でも、スバルさんは私が魔法を使えるようにしてくれるって言ってる」

「駄目だよ! ソイツの言葉に騙されちゃ駄目だ! どんな医者も、研究者も、原因すら掴めなかったん
だよ⁉ こんな怪しさしかない魔法使いが、治せると思うの⁉」

「可能性があるならすがりたい」

「だからって……! 僕は嫌だ! 高坂スバル! 貴様は侵入者として学園に突き出す!」

「はぁー……。だから私、契約妖精って嫌いなんだよね」

「はぁ⁉」

ため息をつきながらやれやれと呟くスバルさんは、呆れた顔でこちらを見ていた。

ルナくんはまた、スバルさんに怒りを向けている。

私は、ただ二人の会話を見ているだけだった。

「ご主人様との契約を守ることだけに固執してるからよ。あんたは主人を思うあまり、ミツルバ・ミルー
ルを客観的に見れていない」

「お前にミルの何がわかる……!」

「分かるわよ。十年前のあの事件。私はあの場にいたんだから」

十年前の、あの事件。それは恐らく、アルデス崩壊事件のことだろう。

あの場に、スバルさんがいた……?

確かあの村の住人は全員死亡、行方不明なはずなのに。

……まさか。

思ってはいけないことが浮かんだ。頭を強く振り、そのことをかき消す。

「十年前? ならやっぱりお前はーー」

「はぁーあ! だから嫌なのよ。どうせ覚えてないんだから」

スバルさんは立ち上がり、ミルくんを跨いだ。

そして私の顔を、ニュッと覗き込んだ。

「私は大切な人と交わした約束の為に、その為だけに生きている。あんたは?」

「え……?」

「あんたは、何になりたくて生きてるの?」

何に、なりたくて……?

そんなの、私が知りたい。

魔法も使えない私が、魔法界で何者にもなれるわけない。

何に、なりたい?

「そ、そんなの、考えたこと、ないです……。私はただ、誰にも迷惑かけたくないだけ……。だから、魔
法が欲しいんです」

「ミル……」

「うーん……。それじゃあまだ不合格だ。私の知ってるミツルバ・ミルールは……」

私の、知っている? その言葉に違和感を抱いた。

私、スバルさんと会ったことあるの?

いくら記憶を遡っても、その答えは分からない。

「いや、何でもない。とにかく、次私に会う時までに、もっと具体的に考えといてねぇー」

スバルさんは私の頭を軽く叩き、窓に足をかけた。

いつの間にか開いていた窓、靡くうぐいす色のカーテンに大きな背中。

リリよりも、ジュリンよりも大きな背中。

「つ、次って……い、いつですか……⁉」

「私の気が向いたら、かな?」

その言葉を置いて、スバルさんは消えてしまった。

何となく広がる虚無感。私はルナくんのことなど気にも留めず、解放された窓をぼーっと見ていた。

「何だあの女は……! ミル! 次あの女に会ったら無視だから! いや、まず先生に報告だね! 学園
に警備を強化して貰おう。それでーー」

「ルナくんは、私にどうなって欲しい?」

「え?」

人と話す時は相手の目を見なさい。そんな常識を無視して、私は窓に目を向けたまま問いかけた。

「私は、魔法が使えるようになりたい……。傍からみれば、どうしようもなく小さな目標かもしれないけ
ど、私にとっては生涯をかけた大きな夢。だから、スバルさんに頼む」

「……僕より、あの女を取るの?」

「そういうことじゃないんだよ。何度定期健診に行っても原因不明。ルナくんは分からないかもしれない
けど、私は虐められること以上に、魔法が使えない自分が嫌い」

「なら何であの時っ……!」

「あの、時……?」

「……何でもないっ」

ルナくんの方を振り向くと、彼は素早く目を逸らした。

ルナくんが、言葉を濁すなんて初めてのことだ。

「何でもなくないでしょう……? まさかルナくん、何か知ってるの……? 私が魔法使えない理由」

それは可能性の低い推測だった。可能性の低いと、思ってた。

私の言葉にルナくんは、反応を示した。

全身をビクリと震わせ、目を丸くした。そしてそのまま私を一度見て、生まれたての小鹿のように全身を
震わせた。そして、また目を逸らした。

「し、知ってるの……?」

私の声も、震えていた。

「……僕は、いつだってミルの幸せのために生きている」

「じゃ、じゃあ何で隠すの……? 魔法が使えないって、ずっと悩む私を、ルナくんはいつも励ましてく
れた。大丈夫だよって、いつか出来るようになるって、優しい言葉を沢山くれた。……あれも全部、嘘だ
ったの?」

「そんな訳ないだろう。僕はミルの幸せのために生きている。この言葉に嘘はない」

「なら教えてよ! 私が魔法使えない理由!」

「それは……出来ない……」

ルナくんは唇をギュッと噛み、真っすぐ私を見ていた。

その目はとても強く、私がいくら懇願しても、絶対に揺らいではくれないだろう。

ずっと一緒にいたから、分かる。

「何で……? 何で⁉ ルナくんは私を心配してくれてるんじゃないの⁉」

「してるよ! この世の誰よりも、ミルこのことを思っている! だからーー」

「じゃあ何で⁉ 何で私の力になってくれないの⁉」

「なってる!」

「なってないっ!」

こんなにも声を張り上げたのは、久しぶりだ。

乱れる息を整えながら、ルナくんを睨む。

「ミル……」

「ルナくんは、私に幸せになって欲しいんでしょ……?」

「勿論」

「じゃあ教えてよ……。何で、私は魔法が使えないの……?」

「…………」

「私、もう嫌なの……。誰かのお荷物になるのは……。自分のことくらい、自分でどうにかしたい
の……」

「……ミル」

「私に幸せになって欲しいなら、私の言うこと聞いてよ!」

初めてかもしれない。こんなにも、声を荒げたのは。

ルナくんもそう思ったのか、一歩下がって目を丸くした。

「ミル……」

そんな顔しても、無駄だ。今日の私は頑固である。

ムッとした口元を保ったまま、ルナくんを睨む。

「私っ、本気で言ってるから。……もし、言うこと聞いてくれないなら、契約解除するから」

「……それだけは、絶対に認めない」

「じゃあ……!」

「僕は、あの日誓ったんだ。もう絶対、ミルに悲しい思いをさせないって」

「なら何で……? 何で、私の言うこと聞いてくれないの?」

「……それは言えない。ごめんね、ミル。今の僕は、きっと君を責めてしまう。だから暫く、姿を消す
よ」

「え……?」

 丸まった目を細めたルナくんは、しっとりと微笑んで見せた。

「大丈夫……。僕がいなくても、ミルは出来る子だから」

「ま、待って!」

慌てて伸ばした手の先には、もう誰もいなかった。

違う。

こんなこと、望んでたんじゃない。

私はただ……魔法がつけるようになりたかっただけ……。

ルナくんに、いなくなって欲しかったわけじゃない、のに……。

いつリリが帰ってくるか分からない。こんなとこ見られたら、また彼女を心配させてしまう。

頭では理解してるのに、目元は勝手に潤み、その水は頬を伝う。

その日私は、水魔法を使うことなく、大量の水を作り出した。


しおりを挟む

処理中です...