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第五話

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 一時間ほど寝ていた時、部屋のドアが何度かノックされた。

「結斗くーん、起きろー」

 ドアを少し開け、部屋の中を覗き見るのは佐神先生だ。

「いやー助かったよ。部屋を掃除してくれたおかげで春子先生に祓われずに済んだ」

 体を起こした結斗は寝ぼけた顔で、他人事のように話す佐神を睨んだ。

「何であんな汚い部屋を放置してたんですか」
「いつか掃除するっしょ、って思ってた」

 どうやら佐神は大雑把な人みたいである。普通の寮の先生だったら注意するほど散らかった部屋を、「いつか掃除する」という考えで貫いたのはある意味凄い。

「本題、制服持ってきたよ。あと話もあるから入るね」

 佐神はずこずこと部屋に入り、結斗の勉強机の上に綺麗に畳まれた制服を置く。白シャツ四枚と黒ズボン二着。上には黒いネクタイと茶ベルトがある。佐神は椅子を結斗の方に向けて座った。椅子を取られてしまったので仕方なく結斗はベッドの上に胡坐をかいて座る。

「冬服は三日後に届くよ。サイズは智尋先生の目分量だけど、合わなかったら交換できる」

 智尋先生は初めてこの学校を訪問した時に佐神と一緒にいた男、四條である。目分量で相手に会う服のサイズが分かるとは、どういう才能だろうか。
 薄手の部屋着の上からシャツに袖を通してみると、丁度いい大きさだった。

「凄い……ぴったりです」
「あいつは数学が異常な程出来るんだよ。ってか普通に頭良いし。見ただけで身長が大体分かる。控えめに言って化け物……」

 佐神が称賛か失礼なのか分からないことを口にする。

 自分の先生の前で着替えずわけにはいかず、ズボンはサイズだけ確認したがやはり自分のサイズだ。
 相手に合うサイズの服が一目見ただけで分かる人はそういないだろう。

「話し変えるけど、君について教えてくれない?」

 突然の質問に結斗は腕を組み、うーんと言って首を傾ける。

「急に教えてって言われてもなぁ……」
「あ、悪い。じゃあ結斗くんは頭を使うのが好き?」
「いえ全く」

 考えなくても答えが出る質問に結斗が即答した。

「じゃあ、晴輝くんや春子先生のように負の感情を殺して生活、戦闘するスタイルはどう思う?」

 魔神と戦っていた時、確かに二人は微笑をずっと浮かべたままだった。しかし、数時間前この階の在り様を見た川喜田は負の感情をむき出しにしてた。佐神以外、誰が見ても流石に同じ反応をするだろうけど。それでも戦闘時に恐怖や不安などの感情を押し殺すのは結斗に難しそうである。

「うーん、俺には難しいかもしれないです」
「じゃあ君は消去法で紅雨こうう流だね」

 佐神は紫のジャケットのポケットから小さな手帳とペンを取り出し、「ゆいと→俺と一緒!」と素早く書き込んだ。

「紅雨流?」

「そう、魔術界には四つの流派がある。それぞれの詳しい説明は授業でするよ。皆考え方が違うことだけ頭に入れとけばいい。結斗くんが向いているのは紅雨流。頭脳派の氷雨ひさめ流と逆の『肉体派』で『力』をメインに戦闘力を上げる」

 ぽかんとしている結斗を見て、佐神は腕時計に視線を落としてから軽い説明を始める。

「まず魔術界ここで言う戦闘力は、自分にとって一番強い『考察力』と『パワー』のバランスだ。メインの三つの流派はこの二つの要素をどれぐらいの割合で戦闘するかで意見が割れている。さっき言ったように、紅雨流、俺の流派は力を重視している」

 結斗が天井を仰いで新しい情報を整理していると、「魔術界は深いよ」と佐神が付け加えた。何度か佐神の言った大まかな内容を復唱した後、結斗は佐神に向き直った。

「俺は要するに頭を使って戦うより、力でぶん殴ることに特化した流派に入るってことですよね?」
「まあ、そんなとこだね。他の流派のことは今は覚えなくていいよ。あと授業なんだけど、結斗は周りに置いて行かれないように学年を一つ落として一年生になる」

 他の一年生より一つ年上ということになるが、結斗はそれを気にせず「分かりました」と答える。

「一日の授業はその日によって変わるから、校舎前の掲示板を見てね。晴輝くんともう一人のルームメイトの朔くんが詳しく教えてくれるよ。彼らに任せるから、俺はここで失礼する。用事があるんだ」
「ありがとうございます」

 佐神が椅子から立ち上がりドアに向かう途中、
「いたっ」
 ベッドの角に脛をぶつけてしまった。高身長で下が見えていないのか、それともただの不注意なのか。

「大丈夫ですか……?」
「いや、俺は大丈夫だ。また会おう」

 早口でそう言い残し、佐神は速足で結斗の部屋を後にした。

「ここにいること、よく考えてみれば不思議なんだよなー」

 将来の夢が特になく、適当に受験し適当に高校に入学した結斗。その世界が全てのように昔は見えていたが、今は違う。世界はもっと広いのだ。

「これから何が起きるのかな……」

 現在の結斗はゼロからのスタートである。高校一年生、最低ランク、知らない人に囲まれる新しい学校生活。

 ベッドの上で仰向けになり、結斗は目を輝かせていたが「枳殻」と呼ばれて飛び上がった。

「何だ⁉」
「え? 何か邪魔したか? 何もしてないならトランプしないか?」

 結斗の名を呼んだ朔と、彼の隣にいる晴輝が部屋の入り口で立っている。朔は手際よくトランプのカードを切っている。

「良いの? したい!」

 結斗が部屋から飛び出すと、三人はリビングの床に円になって座った。シャッフルが終わった朔は、カードを裏面の状態で三つに分けて一つずつ二人に配る。

 はば抜きをするようである。今ジョーカーを持っているのは晴輝。いつもと変わらない笑みを浮かべているため、彼がジョーカーを持っているとは誰も予想できないだろう。

「俺が先で時計回りにしていいか?」

 順番は朔→晴輝→結斗になる。

 まず朔が晴輝のカードから一枚抜く。カードの上で手を動かしながら晴輝の顔色を窺うが、全く表情に出ないので適当に一枚抜いた。

 ジョーカーではない。朔は思い切り安堵の表情を浮かべたが、結斗と目が合って慌てて真顔に戻った。

 そんな調子でばば抜きをしていたが、張りつめた空気を壊すように結斗が突然話題を振った。

「朔と晴輝って趣味あったりする? 俺は知っての通り掃除と料理だけど」

 結斗は現在ジョーカーを持っている朔のカードの裏面を真剣に眺めている。そんな彼をちらちら見ながら朔が答える。

「俺は数学をすることかな」
「何それ真面目ぶるのはよくな――」
「うるさい枳殻」

 結斗が大袈裟に早口でそう言うと、青筋を立てた朔が彼の言葉を遮った。

「俺はストレスが溜まったら簡単な算数の問題を解いて発散してる。そこまでおかしくないじゃないか」

 納得のいかない表情で結斗が黙ったままカードを引く。ジョーカーである。

 わずかに顔を顰めた結斗だが、後に彼のカードを選ぶ晴輝と視線がぶつかり反射的に笑みを作る。何かを悟ったのか、頷きながら晴輝は朔にカードを差し出した。現在晴輝の方が勝っている。結斗は遠い目をしながら話に戻る。

「うーん、数学嫌いだったからなー。俺には数学が楽しいと思う人の心理が分からん。魔術師って流石に数学しないよな?」
「「するよ」」

 朔と晴輝が、数学をしなくていいと思い込んで浮かれた気分の結斗に、厳しい現実を突きつける。

「え……」

 定期考査の総合順位はそれなりに良い方だったが、数学だけはいつも後ろから順位を数えたほうが早かった。結斗はか細い声で「数学は呪いだ」と呟いた。

「っていうか何で数学なんかしないといけないんだよ⁉ カッコよく魔術の練習とかしないの⁉」
「一流の魔術師になると『魔術式』っていう大技を勉強するから、その時に数学が役に立つんだ。そもそも魔術って数学と似てるからな」

 晴輝のカードを引きながら、朔が説明する。

「どこがだよ……」

 数学が含まれる魔術の勉強のことを考えて絶望的になっていたが、取りあえず結斗はゲームに戻った。

 今まで通っていた公立学校の数学の教師が言っていたように、数学からは逃げられないみたいである。

 結局ババ抜きで顔に出過ぎる結斗と朔が敗北し、ずっと同じ表情を貫き通した晴輝の勝利となった。その後も消灯時間まで談笑して時間を過ごした。
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