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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女
第100話 絶望の魔女とノルン・エストニア
しおりを挟む空き部屋へと移動し、それぞれが楽な態勢が取りつつ、私はアライアから魔法と薬による治療を受け始める。
治癒魔法の効果を考えれば自分で掛けた方が効くのだろうけど、さっきの戦いで『魔力集点』を使った事もあり、それを使えるほどの魔力が残っていない以上はアライアを頼る他なかった。
「……それじゃあ事情を聞かせてもらいましょうか?」
治療が終わる頃を見計らってノルンが早速、本題を切り出す。おそらくノルンとしては危険な因子である絶望の魔女がどうして私に修行をつけるに至ったのか、本当に大丈夫なのかを早く知りたいのだろう。
「うむ、なら俺が直々に語ってやろう。アライアに新しい弟子ができたと聞いたから物見遊山で会いに来た。戦ってみたら中々に面白い奴だった。だから修行をつけてやることにした。以上だ」
「……コレ相手だと話にならないのでアライアさんかルーコちゃんに説明をお願いします」
薄い胸を張って得意げに言うレイズに胡乱な目で一瞥しつつ、ノルンは私達の方へ説明を求めてくる。
相手が魔女だというのにここまでぞんざい、かつ、ノルンらしくない言い回しをするのは過去になにかあったからなのかもしれない。
「そうだね……私は途中からしか分からないけど、事情というならレイズの言った事が全てだと思うよ。彼女がそういう奴だって事はノルンも良く知ってるだろう?」
「それは……そうですけど…………」
どうにも納得がいっていない様子のノルンが私の方に視線を向けてきた。
おそらく私にも説明を求めているのだろうけど、レイズの言った事は雑に聞こえても、簡潔に要点はまとめられているのでそれ以上は難しい。
「……私からもそれ以上の説明はできませんよ。滅茶苦茶ですけど、的は得ていますから」
「…………ルーコちゃんがそう言うなら事情に関しては分かりました。でも、修行をつけるという部分は納得しかねます」
ノルンは渋々ながらもそれ以上は話が進まないと判断したようでそれを呑み込み、本題を切り出した。
「修行なら私やアライアさん、他のパーティメンバーがいます。わざわざ〝絶望の魔女〟様につけてもらう必要はないと思いますが?」
「ふむ、なるほど。あくまで俺がルーコに修行をつけるの認めないということか」
鋭い視線を向けてくるノルンに対してレイズは腕を組み、片目を瞑る。森でも見たその仕草は考える時の彼女の癖らしい。
「……ま、関係ない。お前がどう思おうと、俺は俺の意思を曲げる気はないからな」
「っ……なら私も私の意見を押し通します。たとえ戦ってでも」
ばちばちという音が聞こえてきそうなくらいに火花を散らす二人。ここまでくると私の修行云々というよりも、元々そりが合わないのかもしれない。
「……あの二人、何かあったんですか?」
睨み合う二人を後目に私はこそこそと小さな声でアライアに尋ねる。今のところ私が口出しをしたところでどうにもならないし、それなら事情を聞いておいた方がいいだろう。
「んー……何かというか、ノルンは昔、レイズの弟子だったんだよ」
「……え?」
予想外の事実に無意識の声が漏れた。なるほど、確かにそれならノルンの態度も頷ける。
……修行の内容を知っているからこそノルンさんは反対している……そうなるとやっぱり修行の中身はまともじゃない可能性が高そう。
厳しいだけならお姉ちゃんとの修行で慣れているが、そもそも修行の体を成していないとなると話が変わってくる。
あれ?でもそれなら真っ先にアライアさんが止めそうだけど……。
あれだけ悪態を吐き合っていた仲、それもノルンが昔弟子だったという事実を知っている時点で修行の内容を知らない訳がない。
にもかかわらず、アライアが止めないのなら、それは修行の内容自体に問題はないという事なのではないだろうか。
「あのアライアさん――――」
「ほう、それは面白い。なら久しぶりに一戦交えるか?お前がどれだけ成長しているかを見てやろう」
「っ望むところです。いつまでも私があの頃と同じままだとは思わないでください」
私が理由を尋ねようとした声をかき消すほどの声量で熱を上げ始める二人。このままだとすぐにでも戦い始めそうな空気の中、それを止めたのはアライアからの無言の手刀だった。
「……何をするアライア」
「っ……そうですよ。あっちはともかく私にまで」
軽くとはいえ、突然頭に手刀を食らった二人からの抗議を無視したアライアは大きなため息を吐き、腰に手を当てる。
「あのねぇ、二人が仲良しなのは良い事だけど、それじゃあ話がややこしくなるでしょうが。ともかくルーコちゃんの修行はレイズに一任、それに伴って彼女はしばらくここに滞在する。これは決定事項」
半ば強引に場を収め、決め切ったアライアへ抗議の視線を向けるノルンだったが、諦めたようにため息を吐いた。
「…………別に仲良くはありません……はぁ……修行に関しては分かりました。ただし、修行をする時は私も同行します。いいですね?」
「そのくらいなら構わないよ。レイズもいい?」
「……別に構わん。見られて減るもんでもないしな」
頭を擦り、口を尖らせたレイズがそう答えた事でひとまずこの場での話し合いは一区切りがつく。
結局、ノルンの目があるかないかの差はあれど、私がレイズからの指導を受ける事は決定になってしまった。
その場は解散となり、アライアはレイズを案内してくると言って出て行ったため、必然的に私とノルンの二人が部屋に残される。
「………………」
「………………」
互いに座ったまま何も言葉を発する事なく、静かに時間だけが流れる。
き、気まずい……傷も治ったし、ここにいる理由もないんだけど、何か物凄く部屋から出づらい……。
普段なら読書仲間という事もあり、私とノルンはパーティの中でも話が弾む方な筈なのに何故かこの場を沈黙が支配していた。
こんな状況になるならアライア達が出るのと同時に行けば良かったのかもしれないが、ここまで気まずい空気になるなんて予想しようがないだろう。
「…………あ、あの、ノルンさん?」
気まずかろうとこのまま黙っているわけにはいかない。そう思い、意を決して話しかけようした私にノルンは困ったような笑みを浮かべる。
「――――ごめんなさい、ルーコちゃん。不安を煽るような言い合いを見せてしまって」
不安を煽るというのはひたすらにレイズと修行をさせまいとしていた事だろうか。
確かに捉えようによっては修行自体が危険だと思ってしまうかもしれないけど、それでノルンが謝るのは違うような気がする。
「いえ、私は別に……というか、そもそもノルンさんが謝る事でもないと思いますけど……」
「……ううん、それでも謝らせて。あれは私の個人的な感情で噛みついただけだから」
俯くノルンは自分とレイズのそりがとことん合わず、ある出来事をきっかけにして弟子を止め、彼女の下を去った事を教えてくれた。
「……えっと、その、ある出来事というのは?」
本当なら聞かない方がいいのかもしれない。けれど、私はどうしても好奇心を抑えられず、遠慮がちながらもそれを問い返してしまう。
「それは――――」
「おいっノルン!やっぱり気になるから軽く手合わせをするぞ」
話し始める瞬間、レイズがまるで計ったかのように扉を勢いよく開けてノルンの腕を掴み、連れて行ってしまった。
「…………理由、聞きそびれちゃった」
部屋にぽつんと一人残された私はまあ、また聞けばいいかと思考を切り替えて立ち上がり、ひとまず自分の部屋へと戻った。
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