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一章 魔術師の森
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しおりを挟む師匠の指導もちゃんと受けているから、ごくごくたまに術が成功することもある。でも、ほとんどが大失敗だから帳消しどころか減点がかさむばかりだった。
「……え、この穴どこまで続くの?」
まずは被害状況を確認しようと、俺は小高い丘まで駆け上がった。見晴らしの良い場所まできてみたら、森のど真ん中に大きな穴が穿たれているのが見える。大木が何本もなぎ倒され、ぼこぼこと茶色い地面が露出していた。見渡す限り、森の中は穴だらけだ。
これは酷い、思った以上に大惨事だった。
「ったく……余計な魔力使わせやがって」
いつの間にか俺の背後まで近づいていた声が、すぐ後ろで止まった。師匠の声、と思ってビクついた俺が身体を小さくしていると、低く高らかに古代魔術式の詠唱が響く。
「――。――……」
まるで歌のような、滑らかな低音が風に乗って流されていった。
――すると、森の端から端までが白い膜のようなものに覆われているのが見えた。カーテンのようなそれが淡く光り始めると、時間を遡るかのように森が動き出す。
倒れた木が垂直に戻り、舞い上がった砂埃も地面に吸い込まれていった。師匠の魔法で、結界内の現象が数分前の状態へ巻き戻りを始めたんだ。
大惨事だった森は瞬く間に元通りになり、風に木の葉が揺れる穏やかな午後が帰ってくる。
何度見ても師匠の魔法は夢のように美しくて、目を奪われた。
まさに奇跡のような光景につい見入っていると、後ろから大きな手に頭を鷲掴みにされた。そしてグイグイと下に押し込まれる。
「ル~イ~ス~。お前、次やったら結界の外に捨ててくるからな……」
ちょっと! 俺までノームみたいに地面にめりこんでしまうんですけど!
後ろで束ねている長い髪がグシャグシャになって、引き攣れて痛い。感動していた気持ちが一気にしぼんだ。たまに耳をつねり上げられて涙が出るときもあるから、それと比べたら今日はマシかもしれないけど……痛いものは痛い!
「痛いよ師匠! 俺がいなきゃ食事も作れないクセにいいの!?」
「うるせえ! メシなんか何とでもなるわ! お前の尻拭いのが魔力の浪費だ!」
うぐっと言葉に詰まると、頭を押さえつけていた手がパッと外れた。俺は後ろ髪を両手で押さえて直しつつ、涙目になって背後を振り返る。
そこには、見上げるほどの大男が立っていた。
――数百年は生きていると言われる、希代の魔術師『ゲニウス・シルバヌス』。
俺のお師匠様だ。魔術師なのにそこらの剣士にも劣らない立派な体格と、逞しいその筋肉は惚れ惚れするほど格好良い。
性別問わず魅了されてしまうような精悍な顔立ちは、右目にある無骨な眼帯が目を引く。形の良いアーモンド型の左目は鮮やかな青色で、宝石みたいに美しい。両目が完璧に揃っていたらその美貌は恐ろしさを感じるほどだっただろう。
師匠の長い金髪は腰まであるからそれだけでも派手なのに、護符や呪符などのビーズや紐がたくさん編み込まれていた。これは師匠を守る大事な装備なんだって。
魔法のかかった防具はそれだけでなく、装飾具や、師匠の服にもたくさん縫い付けられている。魔術師らしくない派手で色とりどりの布が使われた服は、怪しい占い師って感じの風体だった。
たまに近所の村へ買い物に出たりすると、師匠は胡散臭いヒモ男が身を隠して暮らしていると思われるみたい。女にモテそうな色男だって所だけは合ってるかな。
「一番小さいのだけとっといた。自力で埋めてこい」
そう言って師匠は俺を蹴り出した。服についた護符の石や金属が擦れ、シャラッと涼やかな音を立てる。
「オラ、さっさと行け」
俺が二、三歩転げるようにして前に出て振り返ると、師匠は腕組みしながらこちらを見下ろしていた。大きな魔術を使った後だからか師匠の顔色は白くて、とても不機嫌そうに見える。元から逆らう気なんかないけど、こういうときの師匠は触らないのが一番だった。
「はぁい……」
今日の罰のお時間なのでベソベソしつつもちゃんと従う。俺は修行場の切り株のところへ走って戻り、端に置いてある木箱からスコップを取り出した。
こういう事態に備えて、大きいスコップを準備していてよかった。可及的速やかに穴を埋めて帰らないと、夕食の支度に間に合わない。
「ノームたち、ごめんね。今度必要なときに呼ぶからね……」
精霊たちに平謝りをしつつ、スコップで盛り上がった土を移動させる。
一番小さい穴と言われたけど、俺がすっぽり埋まってしまいそうな大きさだった。モグラ型のノームが帰っていった後のそれを寄せ集めた土で埋めていく。
今日の罰はこれでも軽い方だ。火の精霊サラマンダーが暴走したときは、大規模な山火事になりかけた。あのときは確か、一日がかりで炭になった木を片付けたんだ。
頭から足の先まで炭で真っ黒になって、師匠に指さされて笑われてしまった。いや、その前にこっぴどく叱られたけど。
「……はぁ~。親和力はあるはずなのに、なんでこんなに精霊術が上達しないんだろ」
天才魔術師の弟子なのに、満足に精霊を扱えないばかりか、暴走ばかり起こすおちこぼれ。それが現在の俺だ。
このままだと、冗談ではなく師匠に捨てられちゃうかも。
「それは、やだなぁ……」
スコップでざくざくと土を運びながら、俺は深いため息をついた。
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