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一章 魔術師の森
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しおりを挟む親の顔も知らず物心つく前から孤児院で過ごしていた俺にとって、ゲニウス師匠は父みたいな存在だ。見た目は若いからたまに年の離れた兄みたいでもあり――そして、俺の憧れだった。
師匠が魔力のある子供をどうして求めたのかわからないけど、引き取られて数年後に判明したのは、俺の魔力は全然魔術向きじゃないってことだった。
普通の子は大きな街に行って『神殿』で調べるらしいんだけど、俺は師匠の持ってる水晶に手を翳したら、そういう結果が出たそうだ。
精霊術しか使えない上に、こんな落ちこぼれに育つなんてあのときは思わなかったんだろうな。
この世界には五大元素と呼ばれる水・火・風・土・光を司る精霊が存在している。
彼らは『精霊術士』という、親和力を持った人間に手を貸して、その力を『奇跡』という形でふるってくれるんだ。
親和力というのは精霊との相性みたいなもので、意思疎通のための能力とも言える。
これが上手く働かないとこっちの意図が上手く伝わらず、『奇跡』どころかさっきみたいな大惨事を引き起こしてしまう、というわけだ。
精霊たちは人間のお願いを聞く代価として、精霊術士の魔力をちょっとだけ食べていく。それも術士によって味が違うらしくて、精霊が美味しいと思う魔力を持つ人が人気らしいんだよね。
ちなみに俺の魔力は、「ちょっとだけ甘いけど、すっきりしていてつかみ所のない感じ」という微妙な評価をもらっている。それって美味しいの? 不味いの?
まあとにかく俺は人より魔力があって親和力が高かったから、精霊術士を目指していた。
ここで俺のお師匠ゲニウス・シルバヌスの職業である『魔術師』とは何か、という話なんだけど。
実は師匠は『奇跡』を起こすのに精霊を必要としない。
魔術師っていうのは、自分の魔力を古代魔術式で練り上げ、奇跡を起こしてしまうんだ。
凄すぎてもうそれって精霊そのものに近い存在なんじゃないかと思うんだけど、師匠は一応、生きてる人間だ。不老不死とか言われていて寿命はもの凄く長いらしいから、正確な年齢はまだ聞いてみたことがない。
『……やっぱり精霊術士の適正だな』
ゲニウス師匠は俺に魔術師の才能がないのを知ると、ちょっと嫌そうな顔をした。
前にも子供を引き取って試していたんだろうか?
でも、舌打ちをしつつもちゃんと精霊術の概念と基礎を教えてくれた。師匠の師匠は、有能な精霊術士だったから、さわりくらいは教えられるって。
基礎が終わればその先は俺の努力次第だ。だから師匠は『実戦してこい』って俺を結界の中に放流するんだけど……修行の成果は全然でていなかった。むしろ毎日大暴走を起こして尻拭いをして貰って、師匠からはめちゃくちゃ怒られている。
魔術の才能もなく精霊術でさえダメダメの俺の仕事は、生活力のない師匠の身の回りの世話と食事の用意だ。二人で住んでいる森の中の小屋は、かろうじてあった俺の家事能力で回っている。あくまで師匠よりはあるって感じのそれを十年でなんとか高めていった結果だった。
現在十八歳になっても、俺はでっかい師匠に比べたら身体は貧弱だし背も伸びなかった。元気で健康なのが一番だけど、本当にそれだけが取り柄なんだ。
近くの村に行ってみると、同世代の中ではこれでも体力があるほうなんだよ。比較する師匠が普通じゃないだけだ。
今のこの黒髪と茶色っぽい目が警戒心を削ぐのか、俺は近くの村に買い出しに行っても普通に馴染めている。師匠の金髪は田舎の村ではちょっと目立つからあまり行きたくないみたい。
最初、俺だけで買い物に行くのが心配だったのか何回か着いてきてくれたけど、最近はほとんど一人で行っている。師匠はあんな尊大な態度だけど極度の恥ずかしがりで、魔術師だというのも内緒なんだ。
『俺が魔術師だということは、あの村では言うな』
師匠の言いつけだからちゃんと黙ってるけど、禁止されても「俺の師匠はすごい人なんだ!」っていつも言って回りたいくらいだった。村の皆も知れば師匠のことを見直して、もっともっと好きになると思ったからだ。
師匠は普段、あまり魔術師らしいお仕事はしていない。小屋にある古めかしい書物なんかを読むと、魔術師は基本的に工房を持って、魔道具や魔石を作って生計を立てているようなんだけど……。ここじゃあんまり必要ないから作らないのかな?
でも師匠は、俺が小さかった頃はよく昔話をしてくれた。夜寝る前とか冬場の雪に閉ざされた暖炉の前とかで語られる英雄譚は、全て師匠の実体験だった。
ドラゴンと友達になって彼らが何百頭と暮らす洞窟に連れて行かれた話、戦争に手を貸して捕虜となっていたエルフを解放した話、ドワーフの集落で酒の飲み比べして勝って専用の剣を鍛えて貰った話……。
世界中を旅した師匠の話はすごく面白くて、胸が躍って、俺の中の師匠はその頃からずっと英雄だった。ちょっと目つきが悪くて怖いけど、強くて格好良くて最高のお師匠様だ。
そんなすごい人の弟子なのに、俺はとんでもない落ちこぼれ。毎日迷惑をかけている罪滅ぼしに、せめて師匠の生活がより過ごしやすくなるように努めている。
美味しいご飯を作ったり、家を綺麗に掃除したり、日向に干した毛布に良い香りのハーブで香り付けしたり、そんな小さなことだけど。
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