落ちこぼれ精霊術士はドSなお師匠様に執着されてたみたいです

天城

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番外編(ゲニウス)







「師匠、昨日俺が作った魔石なんですけど、ヴィセンテ卿が思ったより高く買い取ってくれるみたいで――」

 テキパキと工房内の拭き掃除をしながらルイスが何か喋っている。
 寝起きの俺は用意された朝食を食べながら、心地良いルイスのさえずりを聞いていた。朝っぱらからよく動く奴だな。

「綺麗な色だから、アクセサリーに加工しても人気が出るんじゃないかって言われて、それもいいかなって……って聞いてます?」

「んー……」

 生返事をしながらフォークを動かすが、ルイスの喋っている内容はそれほど頭に入ってこない。眠いからだ。
 眩しい朝日が工房の窓から差し込んでいた。晴れて洗濯物がよく乾くだとか、さっきルイスが言っていた気がする。別に魔法で乾かしても構わんが、と思いながら焼いたパンにチーズを乗せたものを囓った。
 しかし咀嚼するにも速度がでない。……とてもなく眠いからだ。

「もう、師匠? どうしたんですか、ぼーっとして」

 ルイスが掃除の手を止めてこちらに近寄ってきた。なんでもない、と手を振って朝食に集中する。
 チーズトーストにハムと卵の焼いたもの、つけ合わせは茹でたインゲンと根菜、それにトマトのスープ。森で生活していた頃に比べるとかなり食事の品目が増えた。収入があって食材を多く仕入れられるというのはこういうことか、と今更ながら実感している。
 ランドルムは港街だが、市場が海産物ばかりかというとそうでもない。海路を通じて地方からの荷が多く入り、乳製品や塩漬けの肉類が手軽に手に入るらしい。注文すれば珍しい食材やスパイスもとり寄せることができて、遠方からくる交易船の荷は面白い品物でいっぱいだそうだ。……すべて、ルイスが仕入れてきた情報だった。
 ここに住むようになってからルイスは一気に知り合いが増えた。
 そのほとんどが食材を売る店の店員だ。放っておくとおまけだとかで予定より多くの食材を手に入れてきて、家の食品庫の容量を超えかける。そして申し訳なさそうに「悪くなっちゃうので全部料理したらこんな量に……」と言いながらテーブルを皿でいっぱいにしていた。とりあえず全て平らげたが食品庫は拡張工事をすべきかもしれない。

 これは本人には話していないが――ルイスの作る料理には、微量だが魔力が混ざっている。

 本人が無意識のうちに、素材を洗い、切り刻み、炒めたり煮込んだりする課程で魔力を込めてしまっているのだ。上手く作ろうとして気負いすぎた結果だろうか。五歳のときから、ルイスの作った黒焦げの料理には俺が視覚で感知できるほどの魔力が宿っていた。
 普通、魔力というのは鉱石や宝石など形の変わらない壊れにくい物に込める。それを売りさばけば多少の収入が得られるので、魔力を持った人間はそれを小遣い稼ぎにしていたりする。
 まあだいたいの人間は、それで生計を立てられるほどの魔力量を持たないんだ。あれば神殿が囲い込んで精霊術士に仕立てているだろう。田舎の村で魔石なんか売ろうものなら足がつくから長らくやっていなかったが、ここならヴィセンテがいくらでも買い取るというから助かっている。
 ルイスの魔力量は、さすがはエーテルの精霊術士の素質を持つだけあってかなり高い。それを無意識に料理に詰め込んで俺に出しているというわけだ。
 アンセル王国にいる間、俺は大量の魔力消費に苦しめられてきた。結界だけでなく、ここ十年ほどはあの右目から好き勝手に魔力を削りだそうとする馬鹿共がいたせいだ。戦争の準備でもしていたんだろう。
 日々削られていく魔力は、森の中で極力動かず生活してもギリギリだった。余剰があるときはアミュレットや魔石にため込んで必要なとき使うようにしていたが、俺が生き残れたのはおそらくルイスの料理から得た魔力があったからだ。
 元より結界で覆った空間の巻き戻りなんかは、大した魔力消費じゃない。起きることを見越して空間を囲ってしまえばその中は俺の自由になる。予測不可能だった事象の巻き戻りのほうがずっと消費が重い。
 ルイスが本気で俺の魔力を大量消費させたのは斜面から落ちたときだけだ。
 あの日はさすがに、小屋に帰った途端ため込んでいた服の魔石がいくつも壊れて使い物にならなくなった。

「あ、師匠。そういえばジャムをたくさん作ったので、ヴィセンテ卿に差し入れしようと思うんですが、どう思います?」

 俺の食事が終わると、空になった皿を片付けながらルイスが言った。「美味かった」といつもと同じように言っただけで、こいつは嬉しそうに頬を染めて俯くから、言わないという選択肢がない。むしろ言わなかったら泣くんじゃないかと思うときがある。こいつの料理への執着は並々ならないものがあるんだよな。何でだ?

「……相手は領主だぞ」

「や、やっぱりそうですかね……」

 貴族相手に庶民からジャムの差し入れはまあ、常識的に考えてあり得ない。が、あいつのことだからルイスの手作りなら泣いて喜んで受け取るだろう。それが癪に障る。
 ヴィセンテの奴は、ルイスには落ち着いた大人に見えるのかもしれないか、結構ガキっぽいところがある。精霊術士になるほどではないにしろ、魔力に敏感なところがあるせいで、その分野に対する憧れが強すぎるのだ。
 だから俺とルイスを初対面で自陣へ引き込む判断をしたのだろう。まあそれに関しては領主として正しい判断だといえる。
 俺があいつと契約書を交わした理由は、一つだけだ。ヴィセンテには悪意がない。嫉妬もない。憧憬の中に普通は混じるいやらしい目というのがまるでなかった。
 その点だけは信頼を置いている。ヴィセンテは今俺が使える唯一の駒だ。ここに滞在する間は上手く使っていこうと思っている。
 昨夜、そのヴィセンテに頼んでおいた『エーテル』と『精霊術士』に関する調査報告が上がってきた。貴族のツテも使って、今現在調べられる全ての情報を集めてきたとあいつは言った。恐らく嘘はついていないだろう。
 その資料を隅々まで読んでいたら夜が明けていた。だから眠い。ルイスは俺のベッドでスヤスヤ寝ていたから、俺がなにを読んでたのかは知らないはずだ。

「やっぱり、やめておきますね。オレンジのジャムは紅茶に入れても美味しいらしいので、後でいれてみますか。……師匠?」

 ちょいちょいと指先でルイスを手招いて、こちらに近寄ってきたらローブの襟元に指を引っかけ引き寄せた。わあっ、と声を上げる唇を口付けで塞ぎ、軽く食むだけで離した。
 ルイスの喉元はみるみる赤く染まっていき、耳の先まで真っ赤になった。手にしていた皿を全て流しに置くとルイスは慌てたように鞄を取って玄関に走った。

「俺、買い物、いってきます!!」

 後ろでまとめたオパール色の髪が尻尾みたいに翻って、ルイスは通りの方へと駆けていった。跳ね返ったドアが音を立てて閉まると、俺は喉の奥で笑いを堪え、片手で目元を押さえながら肩を震わせた。

『何やってんのよ、アンタ』

 窓辺の敷物から起き上がった猫が、俺に文句を垂れてくる。相変わらず小煩い精霊だ。まあ今日は気分がいいから相手をしてやるが。

「いや。この国は豊かだが、無知で助かった。……あの髪を堂々と晒していられるんだからな」

『アンセル王国以外にエーテルの精霊術士の記述なんて、もうほとんど残っていないわよ。……アンタが燃やし尽くしたじゃないの』

 笑いを堪えながら俺は『作業場』に戻り、改めてヴィセンテの調査資料を広げた。
 そこには精霊術士に関する細かな記述があり、原始の元素『エーテル』についての記述は確かに残っている。そこは基礎の概論だから抜かせないのはわかっていた。
 しかしエーテルを専門に操れる特殊な精霊術士の存在と、その珍しい外見的な特徴、そして五大精霊に極度に愛される気質の記載は皆無だった。ましてや死んだ後の有用性については欠片も記載されていない。
 アンセル王国は結界で囲まれていたせいで外部との文化交流がかなり制限されていた。
 結界についての秘匿情報が多いため、孤立した状態だったと言っていい。だからこそ、あの国が消えれば『エーテルの精霊術士』のことは国と共に燃えてなくなる。

「お前だって、神殿にいるうちにサラマンダーを置いてきたんだろう?」

『行くことがあったらそうしろってアンタが言ったんじゃないの! まあ、協力することを決めたのは私だけど……』

 シャー! と毛を逆立てて叫んだ猫は、俺にくっついて作業場まできたくせにツンとそっぽを向いて玄関から出て行った。ルイスを探しに行くんだろう。
 あの猫は今も昔も、エーテルの精霊術士から片時も離れたくない性質なんだ。

「何年だ……もう何百年? いや千年を超えるか……」

 あとはアンセル王国に住んでいた住民が全て寿命で死に絶えれば、完全に消えてしまうだろう。

 ――そこまでいけばもう、エーテルの精霊術士たちを脅かすものは何一つない。やっとここまできた。

 安堵のため息をついて俺は作業場のソファに腰を下ろした。
 千年近い長い旅の中で、俺は大陸のどの国へ行っても『エーテルの精霊術士』の記述のある書物を奪い、燃やし、争いの火種ごと消し去ってきた。燃やした神殿が多かったせいで俺の悪名ばかり広がったが今となっては些末なことだ。
 それでようやく安住の地が生まれた。これでようやく終いだ。俺は満足しているし、ここでルイスを看取るまで昼行灯で暮らすのも悪くない。

「――師匠、か」

 魔道具の灯りに照らされた室内は、少し薄暗い。新しい工房のくせにここは妙に古めかしい空気が流れているように感じた。


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