孤独な闇魔法使いに聖騎士の溺愛

天城

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一話 喜劇のような18年②



 酒を飲んだ奴らの騒ぐ声が、血と埃で汚れきった床板に響いていた。
 それが高いイビキの大合唱に変わったあたりでオレは起きあがり、その場から逃げ出した。
 冷やしてもいない顔は腫れ上がって燃えるように熱いし、倍ぐらいに膨れて醜い有様だろう。
 右腕はぶらぶらするばかりで役に立たず、それでも走れる限り走って、森に逃げ込んだ。そこからは真っ暗な木々の間を抜け、空に光る星で方角を調べて進んだ。
 街道沿いに歩けば近くの村に着くはずだ。そう思ってひたすらよたよたと歩いてきたが、そのうち力尽きて道端に倒れた。

 このままだったら野垂れ死ぬかな、とぼんやり見上げた空に、ひときわ輝く星がみえた。
 今日は月のない闇夜だ。それに乗じてオレは上手く逃げ出すことができた。月が明るかったらこう上手くはいかなかっただろう。
 でも、逃走劇もここで終わりか。
 自由なまま死ねるならそれもいいかもな。
 目を瞑ってどれくらい経ったのか、一分か数時間か、闇の深い星空を背にした人影がぬっと目の前に現われた。
 そしてオレの胸を叩いて莫大な量の魔力を注ぎ、治癒魔法を施したんだ。

      ‡

 傷の痛みから逃れるようにウトウトしていたら、一軒の屋敷の前に着いていた。貴族の屋敷にしては比較的小さな建物だ。別荘、と言った方が正しいかもしれない。

 貴族ってやつは無駄にあっちこっち家持ってるからな。
 見上げると、中ではあかりがついていて、バタバタとメイドや使用人が駆けてくる気配がする。

「まずは傷を清めてから手当をしなくては。……ぬるめの湯の用意を頼む。客間をひとつ使えるようにしてくれ。それと着替えには私の服を」

 ライオネルの指示で再び人が散っていく。
 いまだにオレから手を離さないこいつは、逃げることを疑ってるのだろうか。オレが誰だか分かってるのかどうか、それが一番の問題だ。

「この様子では食事は無理だろう、水と回復薬を用意してくれ。それと……」
「客間の準備が整いました!」
「ああ、ありがとう。私が運ぶから皆は手を出さなくていい」

 正体がバレたら個人的な憂さ晴らしで拷問でもされかねない。だって、心底憎まれているに違いないんだ。あの眼帯と同じ目に遭わせると言われたらどうする?
 背を、冷たい汗が流れていった。
 しかしいまこの状態で、ライオネルから逃げるのは体力的に無理だ。バレずに治療を受けられるよう賭けるしかない。

「大丈夫か? 意識は……おい!」

 極度の緊張と傷による発熱で朦朧としていたオレは、呻き声ひとつ上げられないままライオネルの腕の中で気を失った。



 思い返してみると、オレの十八年の大半は出来の悪い喜劇みたいな人生だった。
 五歳の時、故郷の村を流行病が襲った。村人、両親、兄弟に至るまで全員ぽっくり死に絶えてオレは一人になった。
 親なしの子供の行く先なんて、田舎じゃ奴隷商と決まっている。
 そこから売られ、人手が足りないからと鉱山に送られて全く向いてない肉体労働をさせられた。

 五歳の子どもが一度に運べる瓦礫の量なんて小さいバケツ一杯がせいぜいだ。何の役にも立たない。
 でもオレが呼ばれたのは労働のためじゃなかったと、後で気づいた。
 日々苦しい労働に不満を溜める者たちのため、憂さ晴らし用にと、最下層の奴隷のガキを連れてきただけだ。
 ガリガリに痩せて体力もないオレは毎日殴られ蹴られ、大人たちの八つ当たりに晒されながら十歳まで生きた。

 その頃、鉱山労働に王都の罪人が混じり始めた。彼等はひと目見てわかる悪党ヅラで、鉱山労働者たちの治安はさらに悪くなった。
 毎日隠れて酒を飲み、誰かを殴り、今までは標的にならなかったような奴らまで虐げられて地獄絵図になっていった。

 そいつらをまとめ、労働者たちの親玉になったのが魔術師の『ゼファー』だった。


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