6 / 34
二話 聖騎士がこんな世話焼きとは聞いてない③
話しかけられてハッと我に返る。なんだ、寝ぼけたのかオレは?
「……」
「いまスプーンを持ってくるから……」
近づいてきたライオネルを警戒して、慌てて布団の中に潜り込む。
しかし腹は減っている。身体はズキズキとあちこち痛むが、さっき起きた時よりだいぶマシな気がした。
いつもならもっと痛む期間が長いんだが、効き目のいい高価な薬でも使ってるんだろうか。こちとら殴られ慣れ過ぎて回復までの期間を目算するのが得意になってたんだが。
うん、今回は大幅に外れそうだ。このぶんならすぐに出ていけるだろう。
「いらねぇ」
「しかし……何か食べたほうがいい」
「じゃあそこに置いて、失せろ」
まだ上手く動けない状態でこんな態度を取るのは、得策ではないとわかっている。
なるべくならライオネルに媚びて、拾われたことを感謝した風に見せかけて、怪我がある程度よくなるまで数日ここに隠れる方が絶対にいい。
そう頭では分かっていても、どうしても無理だった。
オレがライオネルに媚びを売る? 男娼のようにしなをつくる自分を想像するだけで吐き気がした。
それなら正体がバレて射殺しそうな目で見られるほうがマシだ。
「……代わりにバージルを連れてくる。それなら食べるだろう?」
急に知らない名前が出て来て訝しんでいると、ライオネルの気配が部屋から消えた。そろりと布団から顔を出し、テーブルに置かれたままの粥の皿に手を伸ばす。
「お待ち下さい。そのままでは零れます」
「……」
さっきの黒髪の男だ。こいつがバージルなのか。
慌てて来たのか、扉を急いで開けた格好で固まっている。
しかも片手にスプーンを持たされていて滑稽なことこの上ない。しかし仕事はきっちりやる性格なのか、ベッドの傍の椅子に腰掛け粥の皿を手に取った。
「満腹になりましたら首を振ってください。それでは、ひと匙はこのくらいで宜しいですか?」
スプーンに半分ほど掬われた粥を見てオレは頷いた。口の端が切れてるからあまり大きく開かないのを、この男は分かっているらしい。
黒髪の男が運ぶ粥は火傷するほど熱くはなく、かといって冷めてもいない絶妙な温度だった。
バージル、と呼ばれたこの男はもしかしたら執事なのか、黒いスラックスに白いシャツ、ベストというお仕着せのような服装をしている。
年齢は二十代後半くらいだろうか。黒髪は襟足短めにすっきりと切り揃えられていて清潔感があり、黒い瞳の目元は涼やかで切れ長だ。
肌の色が若干黄色みがかっているので、東方の異邦人の血が入っているのかもしれない。貴族の家の使用人なのだから身元のしっかりした商家の出か、はたまた没落した貴族か、そんなところだろう。
バージルからは育ちの良さが感じられた。間違っても、オレみたいな奴隷上がりの悪党を世話させる身分じゃない。
黙々と食べていた粥が、皿から半分ほど減ったあたりで満腹になってしまった。
ここしばらくまともな食事をしていなかったせいか量が食べられなくなっている。
しかし出された飯を残すなんてオレには考えられない。
次いつ食べられるか分からない生活が続いたせいで、食べられる時に吐く寸前まで食べるのが癖になっている。
そのためオレは淡々と口を開けて粥を要求し続けた。大丈夫だ、これくらいの量なら問題なく食べられるだろう。
そう思った矢先、不意にスプーンが止まった。
「満腹でしたら首を振って下さい」
少し咎めるような口調に聞こえた。枕によりかかって少し起こしていた身体が、無意識にビクッと震える。
どうも満腹で飲み込みが遅くなっていたのがバレたらしく、バージルは無言でスプーンを置き皿を下げてしまった。
ああオレの飯が、と名残惜しく視線で追っていたらバージルにそっと顎を掴まれた。白い布巾で口元を拭われる。
「お客様、ここはライオネル・ヴァンフォーレ様が個人的に所有されているお屋敷でございます。坊ちゃんが貴方様を客人と仰る限り餓えることなく食事は提供されますし、誰からも痛めつけられることはございません。安心してお過ごしください」
「……」
その『坊ちゃん』がオレの正体に気付いたら、当然のように剣を向けてくるだろうしお前たちも一斉に襲いかかってくるんじゃないのか。
オレは嘲笑に見せるため歪んだ笑い方をしてそっぽを向いた。
そんな態度にもバージルは何も言わず、食器類を片付けて部屋を出て行った。
「『坊ちゃん』ねぇ……」
オレの知ってるライオネルといえば、騎士団の鎧を身につけ悪党を追いかけ回す聖騎士ライオネル・ヴァンフォーレだ。
民にとっては輝かしい白銀の副団長サマだが、あいつの執着は普通じゃなかった。噛み付いたら離さない川辺のワニみたいに、執拗にオレを狙ってきた陰険野郎だ。
それがこの屋敷じゃあ『坊ちゃん』なんだとよ。あいつ年齢いくつだっけか。十代じゃないと思うがあの呼び方、ガキの頃から変わってないんだろうな。
このおかしさを誰に伝えたらいいものか。ゼファーが生きていたら腹抱えて笑っただろうに、もうあのじじいは傍にいない。
「……」
はあ、とため息をついてオレは布団に横になった。思い出せ思い出せと自分の立場をくり返し刻み込む。ここへ来てからライオネルの態度は今までにない、不思議なものばかりだ。調子は狂うし居心地は悪いし最悪だ。
早くここを出て、オレにとっての『普通の暮らし』に戻らなくては。毒されたら辛いのは自分だ。
「早く、治さないとな……」
悶々と悩んではいたが、幸い睡魔はすぐにやってきて、オレは身体が求める休息を素直に受け入れた。
あなたにおすすめの小説
学園一のスパダリが義兄兼恋人になりました
すいかちゃん
BL
母親の再婚により、名門リーディア家の一員となったユウト。憧れの先輩・セージュが義兄となり喜ぶ。だが、セージュの態度は冷たくて「兄弟になりたくなかった」とまで言われてしまう。おまけに、そんなセージュの部屋で暮らす事になり…。
第二話「兄と呼べない理由」
セージュがなぜユウトに冷たい態度をとるのかがここで明かされます。
第三話「恋人として」は、9月1日(月)の更新となります。
躊躇いながらもセージュの恋人になったユウト。触れられたりキスされるとドキドキしてしまい…。
そして、セージュはユウトに恋をした日を回想します。
第四話「誘惑」
セージュと親しいセシリアという少女の存在がユウトの心をざわつかせます。
愛される自信が持てないユウトを、セージュは洗面所で…。
第五話「月夜の口づけ」
セレストア祭の夜。ユウトはある人物からセージュとの恋を反対され…という話です。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
従者は知らない間に外堀を埋められていた
SEKISUI
BL
新作ゲーム胸にルンルン気分で家に帰る途中事故にあってそのゲームの中転生してしまったOL
転生先は悪役令息の従者でした
でも内容は宣伝で流れたプロモーション程度しか知りません
だから知らんけど精神で人生歩みます
既読無視の年下幼馴染みの部屋に行ったら、アイドルグッズだらけだった。しかも推しは俺
スノウマン(ユッキー)
BL
国民的アイドルの朝比奈 春人(あさひな はると)はいつもラインを既読無視する年下の幼馴染、三上 直(みかみ なお)の部屋をとある理由で訪れる。すると部屋の中はアイドルのグッズだらけだった、しかも全部春人の。
『幼馴染の弟ポジジョン×国民的アイドルのお兄さん』になる前のドタバタコメディです。
贖罪公爵長男とのんきな俺
侑希
BL
異世界転生したら子爵家に生まれたけれど自分以外一家全滅という惨事に見舞われたレオン。
貴族生活に恐れ慄いたレオンは自分を死んだことにして平民のリオとして生きることにした。
一方公爵家の長男であるフレドリックは当時流行っていた児童小説の影響で、公爵家に身を寄せていたレオンにひどい言葉をぶつけてしまう。その後すぐにレオンが死んだと知らされたフレドリックは、以降十年、ひたすらそのことを悔いて生活していた。
そして十年後、二人はフレドリックとリオとして再会することになる。
・フレドリック視点は重め、レオン及びリオ視点は軽め
・異世界転生がちょいちょい発生する世界。色々な世界の色々な時代からの転生者の影響で文明が若干ちぐはぐ。
・世界観ふんわり 細かいことは気にしないで読んでください。
・CP固定・ご都合主義・ハピエン
・他サイト掲載予定あり
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~
槿 資紀
BL
イェント公爵令息のリエル・シャイデンは、生まれたときから虚弱体質を抱えていた。
公爵家の当主を継ぐ日まで生きていられるか分からないと、どの医師も口を揃えて言うほどだった。
そのため、リエルの代わりに当主を継ぐべく、分家筋から養子をとることになった。そうしてリエルの前に表れたのがアウレールだった。
アウレールはリエルに献身的に寄り添い、懸命の看病にあたった。
その甲斐あって、リエルは奇跡の回復を果たした。
そして、リエルは、誰よりも自分の生存を諦めなかった義兄の虜になった。
義兄は容姿も能力も完全無欠で、公爵家の次期当主として文句のつけようがない逸材だった。
そんな義兄に憧れ、その後を追って、難関の王立学院に合格を果たしたリエルだったが、入学直前のある日、現公爵の父に「跡継ぎをアウレールからお前に戻す」と告げられ――――。
完璧な義兄×虚弱受け すれ違いラブロマンス