孤独な闇魔法使いに聖騎士の溺愛

天城

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六話 呪いの子①





「ネロ?」

 オレの様子がおかしいのと気付いたのか、ライオネルが抑えた声音で問いかけてくる。その胸を片手で押し返して身体を離した。
 懲りずに背を撫でてくる大きな手に宥められ、気味の悪い悪寒が遠ざかっていった。
 ようやく、息ができる。
 ――心臓をじわじわと握り込まれるような不快感と共に、思い出した。抱き締められると無意識に身体が強ばっていく理由を、だ。
 オレがガキの頃の話だ。たぶん、意図的に忘れようとしてた。印象の強いゼファーの記憶で塗りつぶしていた出来事だ。

「――ある奴隷のガキの話をしよう。そいつの村は流行病はやりやまいで全滅したんだが」

 無計画に突然話し始めたオレに、ライオネルは無言のまま耳を傾けているようだった。こちらも思い出しながら話しているので、独り言みたいなものだ。

「ガキの母親は、息子を抱き締めたまま死んだ。ガキは一人残されたあと、死んで硬直した腕から抜け出して、村を焼いた。最後に生き残った者がやるんだと大人たちから教え込まれていたからだ。ガキは死体を燃やしてから街道沿いに歩き続け奴隷商に攫われて、鉱山送りになった」
「……先ほど団長もあり得ないと驚いていた。五歳で鉱山奴隷とは」
「実際に『ある奴隷のガキ』はそうなった」
「でも、どうやって五歳の子供に鉱山労働を……」

 気遣わしげな声が吐息のように小さくライオネルから響いてくる。身体を少し離したとはいえ距離が近いからよく聞こえた。至近距離で聞くライオネルの声は、甘くて艶がある。
 声を張り上げて追いかけてくる騎士のライオネルしか知らなかったから、その違いにまた落ち着かない気分になった。睨み付けられた覚えしかないのに、今見上げたアイスブルーの瞳は穏やかな色をしている。

「鉱山でのガキの仕事は鉱石を運ぶことじゃなかった。過酷な環境のなかで、労働者に溜った鬱憤の矛先だったんだ。黒髪で陰気で見目の悪いガキは丁度良かったんだろうな。しかもあるときから、親兄弟が病で死んだと正直に答えたせいで、忌み嫌われるようになった。病魔から一人生き残った呪いの子、って」

 ひく、とライオネルの喉が震えた。しかし何にも言わなかったからオレはそのまま話し続けた。

「でも労働者の中にも、奴隷のガキと同じくらいの子供と引き離されたって親がいた。その男はボロボロになったガキを毎日回収すると、傷を拭いて夜は抱き締めて眠った。夜は隠れるように洞窟の隅に隠れて暮らして、そのうちそいつは労働契約が切れる時に、自分の村にガキを連れて帰ると言い出した」

 馬車が小石でも踏んだかガタリと酷く揺れた。行きの道のりでもあったことだが、今回は席に肩をぶつけることはなかった。ライオネルがすぐ側でオレの身体を支えているからだ。
 行きと帰りで、馬車での道のりはこんなに違うんだな。

「村に帰れば家族のいる奴が、奴隷のガキなんか連れて帰ってどうするんだか。でもそいつの意志は固くて、ガキは了承した。そしてついに労役の終わる日がきた。わずかな給金とガキを連れて鉱山を出るはずだった男は、その日のうちに鉱夫たちに寄って集って殴られて殺され、金を奪われて鉱山の奥の穴に突き落とされた。奴隷のガキは連れ戻されてこう言われた。『お前が呪いの子だからこうなったんだ』と」
「……ッ」

 一瞬息を詰まらせたライオネルは、オレの腰に回していた手をぐっと強く引き寄せた。腹部に触れてる大きな手がわずかに震えているように感じる。

「ガキはまた毎日嬲られ死なない程度にいたぶられた。王都からの罪人奴隷が山ほど鉱山にやってくるまでずっとな。ちなみにそのガキに名前を与えた魔術師は、ガキを一度も抱き締めたことはない。……抱き締めた相手は、みんな死ぬんだ。『呪いの子』だからな」

 ライオネルは無言のままオレを膝の上に引き上げ、正面から抱き締めてきた。いきなりの抱擁に驚いて身を捩ったが、ライオネルの腕はびくともしなかった。逃げようとしてもやんわり掴まれ、顔を背けても頬をすり寄せられる。
 殴ろうとした手はゆっくり力を失って、ぱたりと落ちた。

「……」

 オレが膝で踏みつけてるライオネルの太腿は筋肉質で、体重をかけたくらいでは揺らがない。一応口でも「離せ」と言ってみたが、腕の力が強くなるだけで埒が明かなかった。首の後ろを大きな手で支えられ掻き抱くようにされると、オレの身体はライオネルの腕の中にすっぽりと収まってしまう。

「どうか怖がらないでくれ。……私は、絶対に死なないから」

 珍しく掠れたような、少し震えた声でライオネルが囁いた。
 耳朶に触れる吐息がくすぐったかったが、合わさった胸から伝わる鼓動は悪くない。妙にむず痒い感覚だった。ライオネルが触れたところから少しずつ何かが浸食してきて、オレを塗り替えていくような感じがする。
 そうか、こいつは加護持ちの聖騎士だ。オレの呪いなんか屁でもないか。……そう思ったら少しだけ胸が軽くなった。

「別に、オレは……」
「うん。……うん、これは私の我儘だ。だから許して欲しい。私に君を、抱き締めさせてくれ」

 結局ライオネルは馬車が屋敷に着くまでオレを抱き締めて離さなかった。
 そのせいで膝に乗せられたままの姿をバージルに目撃され、オレは渾身の力でライオネルの顎を殴りつけることになった。

      ‡

 ゼファーが例のカギを使って掘り出した新しい研究資料は、魔術書十冊と研究論文二十五冊、どれも素人が手で製本したものだったという。
 皇宮の研究者が総出で読み解いているところだと言うので、しばらく放っておくことにした。読んでる本を横から寄越せとは言えない。早く見たいが、我慢だ。


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