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一章

【深淵】・4

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「どういう事だか説明してもらおう」

 現在の養父であるルカの鋭い視線を受けても、カーティスは怯えもせず呆れたようにため息をついた。既に魔王が引きこもって4日が経ち、誰も部屋に入ることが出来ないからと呼ばれたのがカーティスだ。彼は意識のない魔王をこの魔王宮へ運び込んだ張本人で、事情を一番知っているだろうと思われたからだった。

 しかしルカだけは、魔王ではなくカーティスの異変に気付いていた。

 魔王が体調不良だと聞いても前のように顔色を変えるような演技をしなくなった。それが『演技』だったのだとルカが気付いたのは、魔王を連れ帰ってきたカーティスと対峙した時だった。

 ――ぞっとするほど冷たい目をしていた。

 若草色の瞳はどちらかといえば柔らかな印象を与えるはずだが、渦巻く魔力の影響か爛々と輝いている様子はいっそと表現するのが正しいようだった。
 
 魔王を説得する役目を担ったカーティスは、部屋の近くから人を遠ざけてから、一人で魔王の元へ向かった。それから数時間後、閉ざされていた扉が開きカーティスが出てきた。
 魔王の魔術は無効化されているらしく、そちらの安否も気に掛ったがルカはカーティスに詰め寄った。
 
「魔王様の様子はご覧にならなくてよろしいんですか」
「……そちらはミハイルに任せる」

 カーティスにはこちらへ来るようにと視線で促し、ルカは背後にいたミハイルへ片手を振って指示を出した。ミハイルが背筋を伸ばして敬礼した後、すぐさま魔王の部屋に入っていく。

 それを見遣りもせず、ルカの金の瞳はカーティスを睨み付けていた。

「殺気が漏れすぎではないですか、落ち着いてください殿
「お前、最初から記憶持ちで転生してきたのか」
「記憶だけでなく能力もそのまま持ってきています。……さて、話が長くなりますので、お茶でも飲みながらでどうですか」

 ただならぬ気配を感じながらもルカはしかめっ面のまま控えの間に入った。
 魔王が謁見中などに次の待機者が待つためにある小部屋だ。メイドが紅茶を入れて、サッと部屋から出て行く。この場所が一番、密談に適しているのだった。

「さて、何から話すべきでしょうか。まあ、先に魔王様から死に戻りの話を聞いているのでしたら、理解はそう難しくないでしょう」

 にこ、と天使の笑みを浮かべながらカーティスがティーカップを手に取った。白々しい、と舌打ちをしたルカは深い深いため息をついた。




 ――勇者と魔王は、組み合わせを変えながら数々の記録を積み上げている。


 魔王は世界そのもので、勇者達はそこをめぐる存在だ。この場合の『世界』とは、神々の実験場のことである。

 カーティス、という名前は固有のものだ。

 人間と同じ寿命をもち、継承さえすれば魔王より早く寿命で死ぬ存在。一人の魔王に何人もの勇者が順繰りに回っている、その中の一人が、カーティスだった。

 勇者は死ぬまでその『世界』の外のことを自覚できない。しかし逆に言うと死んだ後には、その世界の魔王がどんな存在だったか知る事が出来る。


 ある時出会ったひとりの魔王は、普通と少し違っていた。
 山深い大きな家に魔族も人間も関係なく孤児をたくさん集めて生活していた。

 世話役には通いの老婆が一人、とうてい見きれる数ではない。自然と年上の子が下の子を世話して、仲良く暮らしていた。貧しそうではあったが、魔王は毎日獲物をとって帰って来るので、餓えた様子はなかった。

 魔王は、宮での激務が終わるとすぐに転移でこの近くの森に移動し、急いで狩りをして獲物を手に家に帰っていた。そして捌いた獲物で作った食事を子供達と一緒に食べ、団欒していた。魔王宮の自室には、ほとんど近寄っていないようだった。

 それもどうやら、夜に命を狙われることが多く、居られずに飛び出してきたらしい。魔王といっても彼からは、特に邪悪な存在という感じは受けなかった。

 ……勇者は、この場所に魔王の隠れ家があるので襲撃するようにと言われてきたのだった。

 もちろん指示を出したのは、国の王だ。本来なら正々堂々と宣戦布告をして軍を率い、魔王宮を攻めるのが正しいやり方だ。しかし魔王をこっそりと襲撃できるのであれば、これが一番人間側の被害が少ない。

 そう言われて勇者はここにきたが、彼は魔王を殺せずに様子を窺うことしかできなかった。

 たまに執務が休みにできると子ども達と庭の畑で芋を掘っているような、こんな泥だらけの男が魔王なのか?
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