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番外編
俺の竜騎士には秘密が多い・1
「閣下、少し休憩されては如何ですか」
「うーん……」
「根を詰めても良い結果になるとは限りません」
「……それはそうだけど」
「閣下」
「も、もうちょっと……」
執務室でのいつものやりとりだ。
日本の過酷な労働状況からすると大したことない仕事の仕方でも、過保護なレフには過剰に映るらしい。もうちょっといけるんじゃ?といつもなあなあで仕事時間を延ばしていたらスパッと元に戻されたりして。まるで秘書だよ。執事は別にいるけど。
まあアーノルドはそっと見守って監視するだけでそこまで仕事に関与はしてこない。俺があまりにも仕事に齧り付いて離れないとレフのほうはすぐ実力行使にくる。
「閣下」
「えっ……っ、ひっ……ぁ」
後ろに控えていたはずのレフが、すうっと近寄ってきて椅子越しに俺の身体を抱き締めた。背もたれは俺の首くらいまでしかないから、ちょっと覗き込むようにするだけでレフの唇は俺の耳に触れる。
耳元で呼ばれて、耳朶の外側をかぷりと食まれた。
ビクッ、と大きく震えてしまって、机に膝をぶつけた。ゴンッ、て結構酷い音が上がったと思う。何事かと廊下にいたレンとミュゼが『閣下!?』と扉を開けたが、俺達の様子を見るとスーッと扉が再び閉まった。
いや待って、そこは俺を助けてよ。
「閣下、頑固にそうしてお休みにならないようでしたら……」
「……や、休む休む、休むから、……耳元やめてぇ……!」
「そうして何度お約束頂いても閣下はすぐお忘れになる」
「う、……ひゃっ……!!」
ねっとりと分厚い舌が耳の後ろを舐め上げた。前に回されたレフの腕が、椅子と俺の身体をガッチリ連結させてしまっているのでその中で身悶えるしか出来ない。
だからどうしてレフはそういう拘束が上手いのかな!?ニンジャなのか!
「いま、今はとりあえず休むから、……勘弁して」
「それは良かった。では休憩の間に閣下にはマッサージを」
「……え、ここで?」
「はい、勿論。……さあ、閣下」
「ひっ……」
もう一度耳元で呼ばれて、うひぃ、と首を竦めてしまう。だってまるっきり夜の、あのベッドで過ごす濃厚な時間と同じトーンで呼ぶんだ、無理でしょ。それは無理だって。
ずくん、と身体の奥が疼いて無意識に膝を擦り合わせた。レフの手がススッと降りてきて俺の股間に服越しに触れてくる。膝頭を掴まれ、左右に開かれた。俺の座っていた椅子がゆっくり回されて、開いた股座にレフが跪き、見上げてくる。
期待したように光る青い瞳が、熱を帯びていた。ゾクゾクッと背に走る快感は、期待に対するものが九割だ。後の一割はレフがさわさわソフトタッチしてくるせいだよ。恋人だからってね、職場でえっちなセクハラはよくないと思います!
でも、もっとレフに触れられたいと身体が勝手に期待している。
コマンドを求められているのは判っていた。
でも口にしたらもう、こんな真っ昼間の執務室なのにぐずぐずのとろっとろにされちゃうのが判ってて、なかなかそんな事できない。
そんな俺の葛藤を見透かしたように、レフは俺の膝に頬をすり寄せた。厚みのある唇を開き、舌なめずりをするようにチラリと舌を見せる。その、……官能的な仕草にカアァッと身体中の熱が上がる。
ああ、もう。可愛い。
レフが、俺のSubが世界一格好良くて最高に可愛い。
食べちゃいたい。
いっぱいキスしてコマンドで蕩ける青の瞳がもっと見たい。
どろっどろに甘やかして思考の端まで俺でいっぱいにしてやりたい。
抱き締めたい欲から逃れられなくて、全身でぎゅうっと抱きつくとレフが腕の中で笑った。『閣下、どうかコマンドを』と乞うように言われて、俺が逆らえるはずなかった。
‡
どうしてレフは人を拘束したり動けなくするのが上手いんだろう。
そういう術に長けているのにはなんか理由があるんだろうか?
「アーノルド、調査を頼みたい事があるんだけど」
「なんでございましょう」
「いつまでかかってもいいから手が空いたらシュヴェト家の情報を詳しく……」
「こちらの報告書にまとめてございます」
「……え」
差し出された紙束を受け取って、暫し沈黙する。
いま俺はわりと思いつきでアーノルドに指示を出したんだけど。しかも無期限、いつまででも良いから詳しく調べてねって言うつもりだった。それが、既にまとめられているってどういうことなの。
「当然でございます。レフは閣下の伴侶となる以前に身辺を全て調査済です」
「……そうなんだ」
「公式にはシュヴェト家の次男となっておりますが、生まれたのは長男より先だそうです。産婆はその場で口封じに殺され、召使い達には口止めをしたようですが」
「ふーん、それはSubだから次男にしろって?」
「……今現在、帝国の貴族でSubの当主を置いている家門はございません」
「へぇー……まあレフは俺のにするからいいんだけどね」
その話だけでもレフが実家でどういう扱いを受けていたのか、判るというものだ。
イヴォンの状況は確かにどん底の地獄と言えたが、それは彼だけに限った事ではなかった。帝国に暮らすSub達の全てが、少なからずそういった差別をうけ苦境に立たされている。
少しずつでも改善していけたらいいと思うが、過去に起きたことは全ては取り返せない。調べて何になると言われればそれまでだが、レフは自分からはそういう事を口にしないからさ。
「訓練室にいるNormalの三人にレフの足止めを頼んで」
「はい」
「それと、レンだけ後で執務室に来るように言って」
「かしこまりました」
恭しく礼をしてアーノルドが執務室を出て行った。
さて今のうちに、と俺はいそいそと資料をめくりはじめた。
「閣下、レオンです。お呼びで――どぅあ!? なん、なに、ど、どうしたんですか!!」
執務室に入ってきたレオンは、急いで俺に走り寄ってきて、オロオロとハンカチを取りだした。ぼうっとそれを見遣ってから、ぱちりと瞬きしたら大粒の涙がこぼれ落ちる。あ、俺泣いてる。これはレオンが慌てるわけだわ。イヴォンとの再会以降の俺の涙腺よわよわではないだろうか。
「ちょっと、いやかなり、……複雑な気持ちで涙が」
「閣下が泣くのは悲しい時じゃないんですね」
「悲しいより悔しいかなコレは……」
ずび、と鼻をすすってから俺は手元の資料を机に並べた。レオンはそれに素早く目を通し、俺が何で泣いていたのかを瞬時に理解したようだった。
本当にこのレオン・ハワードという男は、他人の機微に聡い。しかもやっぱりちょっとハリウッドスターに居そうな甘いマスクしよってからに。見目が良いのにそんなに人とのシンクロ度が高いと惚れられすぎて困らないだろうか。まあただのお節介だけど。
「レオンの知ってるシュヴェト家の情報と、相違があるか見てくれ」
「俺もそこまでよく知ってるわけじゃないですが……本人が零してた家への愚痴くらいはお伝えできますね」
資料にあるレフ・シュヴェトの経歴は、当然ながら雇用の時の資料よりもずっと詳しかった。
アーノルドの資料には必要な場所に注釈があり、おおよそ知れ渡っている情報と噂の域を出ない秘密と、真実とに記載が分けられている。
例えばレフの出生。
シュヴェト家当主と正妻との間に生まれた次男で、生まれた時の判定ではダイナミクスを持たなかったとされている。本邸では妾の子がひとあし先に生まれており彼がDomだったため、その時から当主になることが決まっていた。そのためNormalの次男はどれだけ優れた能力をもっていても家を継ぐ事は叶わず、騎士団へと入った。
コレが表向きの、一般的に知られている情報だ。
噂の域では、当主のDomというのは竜の血の恩恵も受けておらず能力も平凡、次男の方が見込みがあったのにとは言われていたらしい。人の口に戸は立てられないということだ。竜騎士の家門であるシュヴェト家らしさ、という面でいえば体格に恵まれ剣術にも秀でたレフが家門を体現しているように見えただろう。
そして真実の部分では、レフはまさしく『盟約の子』だ。生まれた時からその血が濃いのは判っていて、当主の従妹を嫁がせたのはその狙いがあったかららしい。でも誤算だったのが、盟約の血を持つ子はダイナミクスをもち、その性はSubだった。当主は今でもレフの『血統』だけは諦めきれず、その子供を本邸に囲い込みたいと思っているらしい。
家門から追い出したクセによくいうよ。そんな種馬みたいな扱い許せるはずない。
そういった当主の思惑は妾と長男にも伝わっていたようで、レフを実家で冷遇、虐待していたのは主にこの二人だ。
長男も、自分が当主になったというのに『子は次男のを養子に貰え』と父親に言われたら、何でだよって思うだろうね。産んだ子が当主になって正妻に勝ったつもりでいる妾のほうも悔しいだろうね。
そんなわけで、レフがそんな妾と長男の蔓延る王都の家で立派に育てられるはずがない。
下手すると事故に見せかけられて殺されていたかもしれない。それはレフの母親も同じように思ったようで、レフは小さい頃、Subという性質を隠すという理由で正妻の実家の離れに隠れ住んでいた。物心ついてからは一年の半分をそこで過ごし、敵しか居ない王都の屋敷に半年戻る。幼い頃のレフはそうして育ったらしい。
「ばあちゃん子なんですよね、あいつ。事情知ってるのにその人だけかなり可愛がってくれたみたいで。そのお祖母さんが、知り合いのツテを辿ってあの抑制剤を手に入れてたそうです。亡くなってからは入手が難しくなって、自分でルートを開拓したとか」
そのレフのお祖母さんについても資料があった。シュヴェト家からルクハルトという家へ嫁に行った、前当主の妹だ。レフの父親からすると血の繋がった叔母になる。若い頃から美人で社交界を騒がせていた女性で気も強く、兄も甥も彼女に意見することはほとんど出来なかったらしい。そんな彼女に守られて、レフはどうにかあそこまで立派に育ったってことだ。彼女にはどれだけ感謝してもし切れないな。
で、余談だけれどルクハルト家というのは、ウチの実家であるシルヴァンの家門のひとつだ。
これでなんとなく抑制剤の流れてきた方向が見えてきた。テオ叔父様を締め上げれば、もう少し詳しくあのイヴォンの製薬ルートの裏事情が出て来そうなんだけどな。あとで締め上げよう。イヴォンをじゃないよ、あくまでテオドールをだよ。
「王都の家に帰るのはずっと苦痛っぽかったですね。当たり前ですけど、針のむしろでしょうし。ただレフは小さい頃から身体がデカくて、ちょっとやそっとの怪我じゃ凹まなかったんで、逆に鍛えられたとは言ってました」
「……鍛えられた」
「血の覚醒には丁度良かったらしいですよ」
「……」
「あー……つまり、てめぇらのおかげで覚醒したよざまあみろ、てやつです。正妻の子いびってるつもりがバケモノを目覚めさせたのだから馬鹿な奴らだとは酒の時零してましたね」
ばっ、バケモノ??
レフは今までそういう皮肉めいた言い方や、自分を貶めるような言葉を使わなかったからこれは衝撃だった。
今すぐ『自分をバケモノなんて言うんじゃない!』て抱き締めに行きたくなってしまった。あ、ダメだ涙腺が弱くなってて本当にダメだ。
「閣下、目赤くなってますって!こらえて!」
「だってさあ……うぅっ……」
「頼むから待って下さい閣下、そろそろ時間……」
困り切ったレオンの声に被さるように、執務室の外で何か話し声が聞こえてハッとする。レフの声だ、とピンときたけど今はまずい。さっきのハンカチでささっと涙を拭いてみたけど、こっちを見るレオンの目は『全然ダメ』て言っていた。たぶん泣き過ぎたせいで目が赤くなってるし目尻も腫れてるんだろう。やばい、これはシンプルにとてもまずい。
「閣下、遅くなり申し訳ありません。只今戻り……――レオン、どういう事だ」
足止めを頼んだのは俺だけど、律儀に戻りが遅くなったことを詫びて部屋に入ってきたレフは、俺を見て一瞬息を飲んだ。そしてすぐに鋭い目を傍らにいるレオンに向ける。
レフの後ろにいたミュゼとアダムが、深いため息と共に頭を抱えていた。
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