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5話 予期せぬ訪問者
ジスランを応接室から追い出した後、アビゲイルは考え込む。
「すんなり諦めるはずがないわ。ジスラン卿から、明確な目的は聞き出せなかったけれど……」
ロッティを『兄上の遺児』だと言っていた。
つまり、すでにロッティの父親の死を、ジスランは知っている。
それにもかかわらず、あんなにロッティの親権を欲しがるのはどうしてなのか。
「ロッティが男児なら、跡継ぎとしての役割を果たせるから、ジスラン卿の行動も理解できるわ」
だが、スカートをはいていたロッティの性別を、ジスランが間違えるはずがない。
そしてジスランは次男なのだから、このままモンテスキュー公爵家を継げばいい。
「少し調べてみたほうがいいかしら。ミストラル帝国のモンテスキュー公爵家ね」
こういうとき頼りになるのは、果てしない人脈を持つ相談役のバイオレットだ。
「経営に関する事柄ではないけれど、きっと力になってくれるでしょう。なにしろ先生も、ロッティを可愛がっているから」
バイオレットは暇を見つけては、アビゲイルを訪ねてくる。
そんなとき手土産に持ってくるのは、ロッティが喜ぶ玩具が多い。
さらさらと便せんに、今日あったことを書きつけると、それを持って郵便局へ向かう。
「貴族相手に面倒を起こしたくはないけれど、ロッティに関しては折れるわけにはいかないわ」
手紙を書くためにはずした変装用メガネを、かけ忘れて外出したことで、もう一つのトラブルが降りかかるのを、このときのアビゲイルはまだ知らなかった。
◇◆◇◆
そのトラブルは、数日後にやってきた。
「義姉さん! 助けてくれ!」
昼食を求める客が並ぶ『昼と夜』に、赤い髪と赤い瞳をもつ男性が駆け込んでくる。
日焼けしていない肌、しわや汚れがまったくない服は、庶民だらけの店内でやけに目立つ。
厨房に手伝いとして入り、薬膳シロップを紙コップに注いでいたアビゲイルは、その男性の顔を見て驚愕する。
「ダレル!? どうしてここに……!?」
ダレルは継母の連れ子で、1歳年下の義弟だ。
アビゲイルはキースと離婚した後、ハウエル侯爵家に手紙のひとつも出していない。
この港町に住んでいるのは、実家の誰にも知られていないはずだった。
「義姉さんに似た女性が港町で見つかったと、報告があって……いや、そんなことより! 今すぐ俺と、結婚してくれ!!!」
「……っ!? 何を言い出すの! ちょっと、こっちに来なさい!」
アビゲイルはダレルの耳たぶを引っ張ると、応接室へと連行していく。
ロッティの抱っこで鍛えられたアビゲイルの腕力は、細身のダレルの抵抗を物ともしない。
「痛いよ、義姉さん!」
ソファにダレルを放り投げると、腰に手を当てて叱りつけた。
「私はただのアビゲイルとして、ここで再出発したの。明らかに貴族と分かるダレルから、義姉さん呼ばわりされたら迷惑なのよ!」
「ご、ごめん! でも……」
目を吊り上げるアビゲイルに、ダレルは両手を挙げて降参した。
普段はシャープな顔つきのダレルだが、涙目になって必死にアビゲイルに頼み込む。
「俺が悪いのは認めるから、どうか話を聞いてくれ! ハウエル侯爵家の一大事なんだ!」
「私はアシュベリー公爵家へ嫁いだことで、ハウエル侯爵家からは籍を抜いたのよ」
「そう言わずに、助けてくれ! 俺と結婚してくれたら、すべてが円満に解決――」
「そもそも、ダレルと私は異母姉弟なんだから、結婚なんて無理に決まっているでしょう?」
アビゲイルがソファに腰を落とす。
話を聞いてくれると分かって、ダレルの顔はぱっと明るくなった。
「それが、そうでもないんだ。ジジイとババアが、この赤い色に、難癖をつけてきやがった!」
ダレルは自分の瞳を指さす。
12歳のときにハウエル侯爵家へやってきたダレルだが、それまで実家でろくな教育も受けずに育っていたため、興奮すると口調が粗野だった昔にもどる。
「またなの? その問題は、あなたたち弟妹を認知するときに、解決したと思っていたけど?」
アビゲイルの父はオレンジ色の瞳で、ダレルの母は金色の瞳をしている。
ふたりのどちらとも瞳の色が違うダレルが、連れ子としてハウエル侯爵家へやってきたとき、祖父母はその出自を疑った。
いわく、ハウエル侯爵家の血が流れていないのではないか、と――。
「妹のマライアは、父さん譲りの亜麻色の髪だ。だけど俺だけ、父さんの色を持っていない」
「両親のどちらかの祖先に、赤い瞳の人がいたのでしょう。隔世遺伝なんて、よくあるわ」
「……父さんの弟に、息子が生まれたんだ。ジジイとババアは、そいつへハウエル侯爵の爵位を、渡そうとしている」
アビゲイルの母を役立たずと罵った祖父母は、父が連れてきた愛人の子ダレルを、男児であるというだけで後継者へ据えた。
しかし、出自のはっきりした男児が傍系に誕生し、ダレルの座が脅かされているという。
「俺にハウエル侯爵家の血が流れていなくても、父さんと同じオレンジ色の瞳を受け継いだ義姉さんと結婚すれば――」
「呆れるほど馬鹿ね!」
アビゲイルは腕組みをし、ソファの背もたれに体を預けた。
そしてダレルに向かって説教をする。
「ダレルは今まで、後継者として多くを学んだと思っていたけど、それは買いかぶりだったのかしら?」
「俺は自分でも驚くほど頑張ったよ。それまで教育らしい教育を受けてきてなかったから、勉強漬けの毎日は本当につらかった。だけど、父さんに認められたかったし、母さんも喜んでくれたし――」
「だったら、祖父母の言いなりにならなくてもいいと、分かっているでしょう? 相続法はダレルの味方よ」
ダレルが、ハッと顔を上げる。
アビゲイルが法律に詳しいことに、驚いたのだ。
「……でも、俺が本当に自分の子なのか、父さんも疑っている。このままだと、10年間の努力は水の泡になるかもしれない……」
ダレルの言葉に嘘はない。
アビゲイルの父は、祖父母を妄信している。
おそらくは洗脳にも近い教育を、幼少期からほどこされてきたのだろう。
「それにしたって、安直すぎるわ。血筋の正統性を示すためだけに、私と結婚しようだなんて」
「ほかに解決策があるなら教えてくれ。義姉さんは頭がいいだろう!?」
ダレルはソファから床へ移ると、アビゲイルの足元に跪いた。
「いきなり後妻となった母さんや、義理の弟妹になった俺やマライアのせいで、義姉さんはハウエル侯爵家の中で、肩身の狭い思いをしてきた。助けてくれと縋るのは、都合がよすぎると分かっている」
苦悶がダレルの眉間に浮かぶ。
「だが、ここで爵位を傍系に奪われてしまったら、母さんとマライアの未来はつぶれる。俺がなんとかしないと駄目なんだ!」
「……貴族社会っていうのは、女性に限らず、男性からも自由を奪うのね」
はあ、とアビゲイルはため息をついた。
「ダレルはそれでいいの? もしかしたら苦しい戒めから、解放されるかもしれないのに」
「義姉さんには悪いけど、ハウエル侯爵家に連れてこられて、俺は助かったんだ。あのまま母さんの実家にいたら、ろくでもない大人にしか育たなかっただろう」
くしゃりと前髪をかきあげると、切れ味の鋭いナイフのような、ダレルの赤い瞳があらわになった。
義母のヘレンを含めて、実家である子爵家は、あまり素行がよろしくない。
さては悪い道へのいざないが、ダレルの少年時代からあったと予想される。
「更生の機会を与えてもらって、俺は本当に感謝している。……母さんやマライアは、あまり昔と変わってないけど」
「ダレルの家族愛に免じて、祖父母を黙らせる策を、考えてあげてもいいわよ」
「さすが、義姉さんだ! 王国中を探し回ってよかった!」
「その代わり、二度とこんなことはしないでちょうだい! 私は貴族社会とは縁を切って、静かに暮らしたいんだからね!」
ダレルにしっかり釘を刺すと、アビゲイルは作戦を練り始める。
「貴族がなによりも身分を重んじるのを、知っているでしょう? それを逆手に取るのはどうかしら」
「どんな方法で?」
「ハウエル侯爵家よりも格上の令嬢と、ダレルが自力で縁を結べばいいのよ」
「ジジイとババアが、口出しできない相手ってことか」
「ダレルに爵位がなければ、失礼にあたるくらい格上がいいわね」
「それなら、なし崩し的に俺を後継者にするしかないな」
よくできました、とアビゲイルは頷いた。
「貴族社会で戦うのなら、そこのルールとうまく付き合うのね。ハウエル侯爵家で大きな顔をしている祖父母だって、貴族である以上、身分と言う階級に従わないといけないんだから」
「ジジイもババアも、絶対的な権力者じゃないんだな」
未来の展望が開かれ、ダレルの顔つきが穏やかになる。
そこへ、アビゲイルがビシリと指をさした。
「ただし! 花嫁となってくれる令嬢を、いい加減に扱っては駄目よ。ダレルの地位を確固たるものにしてくれるのだから、丁重にお迎えしなさい!」
「……それは、経験からくる助言? たったの2年間で離縁するなんて、アシュベリー公爵はあんまりだよな。社交界に出づらくて、義姉さんは庶民になったんだろう?」
うるうると目を潤ませて、ダレルがアビゲイルに同情する。
しかし事実は異なる。
「庶民になったのは、私が貴族でいたくなかったからよ。制限が多くてやりたいこともやれないし、女性の人生は男性の意見に左右されるし」
窮屈でしょ? と、アビゲイルは首をこてんと倒す。
「義姉さんのやりたいことって、何?」
手伝いたいと言わんばかりに、ダレルは身を乗り出した。
「あら、私にも家族愛を発揮してくれるの?」
「からかわないでくれよ。……助けてもらってばかりじゃ、かっこ悪いだろ」
ダレルが少年のように顔を赤らめる。
それへ微笑みを返すと、アビゲイルは打ち明けた。
「お母さまの研究を引き継いだの。その成果を上げるのが、私の夢よ」
「すんなり諦めるはずがないわ。ジスラン卿から、明確な目的は聞き出せなかったけれど……」
ロッティを『兄上の遺児』だと言っていた。
つまり、すでにロッティの父親の死を、ジスランは知っている。
それにもかかわらず、あんなにロッティの親権を欲しがるのはどうしてなのか。
「ロッティが男児なら、跡継ぎとしての役割を果たせるから、ジスラン卿の行動も理解できるわ」
だが、スカートをはいていたロッティの性別を、ジスランが間違えるはずがない。
そしてジスランは次男なのだから、このままモンテスキュー公爵家を継げばいい。
「少し調べてみたほうがいいかしら。ミストラル帝国のモンテスキュー公爵家ね」
こういうとき頼りになるのは、果てしない人脈を持つ相談役のバイオレットだ。
「経営に関する事柄ではないけれど、きっと力になってくれるでしょう。なにしろ先生も、ロッティを可愛がっているから」
バイオレットは暇を見つけては、アビゲイルを訪ねてくる。
そんなとき手土産に持ってくるのは、ロッティが喜ぶ玩具が多い。
さらさらと便せんに、今日あったことを書きつけると、それを持って郵便局へ向かう。
「貴族相手に面倒を起こしたくはないけれど、ロッティに関しては折れるわけにはいかないわ」
手紙を書くためにはずした変装用メガネを、かけ忘れて外出したことで、もう一つのトラブルが降りかかるのを、このときのアビゲイルはまだ知らなかった。
◇◆◇◆
そのトラブルは、数日後にやってきた。
「義姉さん! 助けてくれ!」
昼食を求める客が並ぶ『昼と夜』に、赤い髪と赤い瞳をもつ男性が駆け込んでくる。
日焼けしていない肌、しわや汚れがまったくない服は、庶民だらけの店内でやけに目立つ。
厨房に手伝いとして入り、薬膳シロップを紙コップに注いでいたアビゲイルは、その男性の顔を見て驚愕する。
「ダレル!? どうしてここに……!?」
ダレルは継母の連れ子で、1歳年下の義弟だ。
アビゲイルはキースと離婚した後、ハウエル侯爵家に手紙のひとつも出していない。
この港町に住んでいるのは、実家の誰にも知られていないはずだった。
「義姉さんに似た女性が港町で見つかったと、報告があって……いや、そんなことより! 今すぐ俺と、結婚してくれ!!!」
「……っ!? 何を言い出すの! ちょっと、こっちに来なさい!」
アビゲイルはダレルの耳たぶを引っ張ると、応接室へと連行していく。
ロッティの抱っこで鍛えられたアビゲイルの腕力は、細身のダレルの抵抗を物ともしない。
「痛いよ、義姉さん!」
ソファにダレルを放り投げると、腰に手を当てて叱りつけた。
「私はただのアビゲイルとして、ここで再出発したの。明らかに貴族と分かるダレルから、義姉さん呼ばわりされたら迷惑なのよ!」
「ご、ごめん! でも……」
目を吊り上げるアビゲイルに、ダレルは両手を挙げて降参した。
普段はシャープな顔つきのダレルだが、涙目になって必死にアビゲイルに頼み込む。
「俺が悪いのは認めるから、どうか話を聞いてくれ! ハウエル侯爵家の一大事なんだ!」
「私はアシュベリー公爵家へ嫁いだことで、ハウエル侯爵家からは籍を抜いたのよ」
「そう言わずに、助けてくれ! 俺と結婚してくれたら、すべてが円満に解決――」
「そもそも、ダレルと私は異母姉弟なんだから、結婚なんて無理に決まっているでしょう?」
アビゲイルがソファに腰を落とす。
話を聞いてくれると分かって、ダレルの顔はぱっと明るくなった。
「それが、そうでもないんだ。ジジイとババアが、この赤い色に、難癖をつけてきやがった!」
ダレルは自分の瞳を指さす。
12歳のときにハウエル侯爵家へやってきたダレルだが、それまで実家でろくな教育も受けずに育っていたため、興奮すると口調が粗野だった昔にもどる。
「またなの? その問題は、あなたたち弟妹を認知するときに、解決したと思っていたけど?」
アビゲイルの父はオレンジ色の瞳で、ダレルの母は金色の瞳をしている。
ふたりのどちらとも瞳の色が違うダレルが、連れ子としてハウエル侯爵家へやってきたとき、祖父母はその出自を疑った。
いわく、ハウエル侯爵家の血が流れていないのではないか、と――。
「妹のマライアは、父さん譲りの亜麻色の髪だ。だけど俺だけ、父さんの色を持っていない」
「両親のどちらかの祖先に、赤い瞳の人がいたのでしょう。隔世遺伝なんて、よくあるわ」
「……父さんの弟に、息子が生まれたんだ。ジジイとババアは、そいつへハウエル侯爵の爵位を、渡そうとしている」
アビゲイルの母を役立たずと罵った祖父母は、父が連れてきた愛人の子ダレルを、男児であるというだけで後継者へ据えた。
しかし、出自のはっきりした男児が傍系に誕生し、ダレルの座が脅かされているという。
「俺にハウエル侯爵家の血が流れていなくても、父さんと同じオレンジ色の瞳を受け継いだ義姉さんと結婚すれば――」
「呆れるほど馬鹿ね!」
アビゲイルは腕組みをし、ソファの背もたれに体を預けた。
そしてダレルに向かって説教をする。
「ダレルは今まで、後継者として多くを学んだと思っていたけど、それは買いかぶりだったのかしら?」
「俺は自分でも驚くほど頑張ったよ。それまで教育らしい教育を受けてきてなかったから、勉強漬けの毎日は本当につらかった。だけど、父さんに認められたかったし、母さんも喜んでくれたし――」
「だったら、祖父母の言いなりにならなくてもいいと、分かっているでしょう? 相続法はダレルの味方よ」
ダレルが、ハッと顔を上げる。
アビゲイルが法律に詳しいことに、驚いたのだ。
「……でも、俺が本当に自分の子なのか、父さんも疑っている。このままだと、10年間の努力は水の泡になるかもしれない……」
ダレルの言葉に嘘はない。
アビゲイルの父は、祖父母を妄信している。
おそらくは洗脳にも近い教育を、幼少期からほどこされてきたのだろう。
「それにしたって、安直すぎるわ。血筋の正統性を示すためだけに、私と結婚しようだなんて」
「ほかに解決策があるなら教えてくれ。義姉さんは頭がいいだろう!?」
ダレルはソファから床へ移ると、アビゲイルの足元に跪いた。
「いきなり後妻となった母さんや、義理の弟妹になった俺やマライアのせいで、義姉さんはハウエル侯爵家の中で、肩身の狭い思いをしてきた。助けてくれと縋るのは、都合がよすぎると分かっている」
苦悶がダレルの眉間に浮かぶ。
「だが、ここで爵位を傍系に奪われてしまったら、母さんとマライアの未来はつぶれる。俺がなんとかしないと駄目なんだ!」
「……貴族社会っていうのは、女性に限らず、男性からも自由を奪うのね」
はあ、とアビゲイルはため息をついた。
「ダレルはそれでいいの? もしかしたら苦しい戒めから、解放されるかもしれないのに」
「義姉さんには悪いけど、ハウエル侯爵家に連れてこられて、俺は助かったんだ。あのまま母さんの実家にいたら、ろくでもない大人にしか育たなかっただろう」
くしゃりと前髪をかきあげると、切れ味の鋭いナイフのような、ダレルの赤い瞳があらわになった。
義母のヘレンを含めて、実家である子爵家は、あまり素行がよろしくない。
さては悪い道へのいざないが、ダレルの少年時代からあったと予想される。
「更生の機会を与えてもらって、俺は本当に感謝している。……母さんやマライアは、あまり昔と変わってないけど」
「ダレルの家族愛に免じて、祖父母を黙らせる策を、考えてあげてもいいわよ」
「さすが、義姉さんだ! 王国中を探し回ってよかった!」
「その代わり、二度とこんなことはしないでちょうだい! 私は貴族社会とは縁を切って、静かに暮らしたいんだからね!」
ダレルにしっかり釘を刺すと、アビゲイルは作戦を練り始める。
「貴族がなによりも身分を重んじるのを、知っているでしょう? それを逆手に取るのはどうかしら」
「どんな方法で?」
「ハウエル侯爵家よりも格上の令嬢と、ダレルが自力で縁を結べばいいのよ」
「ジジイとババアが、口出しできない相手ってことか」
「ダレルに爵位がなければ、失礼にあたるくらい格上がいいわね」
「それなら、なし崩し的に俺を後継者にするしかないな」
よくできました、とアビゲイルは頷いた。
「貴族社会で戦うのなら、そこのルールとうまく付き合うのね。ハウエル侯爵家で大きな顔をしている祖父母だって、貴族である以上、身分と言う階級に従わないといけないんだから」
「ジジイもババアも、絶対的な権力者じゃないんだな」
未来の展望が開かれ、ダレルの顔つきが穏やかになる。
そこへ、アビゲイルがビシリと指をさした。
「ただし! 花嫁となってくれる令嬢を、いい加減に扱っては駄目よ。ダレルの地位を確固たるものにしてくれるのだから、丁重にお迎えしなさい!」
「……それは、経験からくる助言? たったの2年間で離縁するなんて、アシュベリー公爵はあんまりだよな。社交界に出づらくて、義姉さんは庶民になったんだろう?」
うるうると目を潤ませて、ダレルがアビゲイルに同情する。
しかし事実は異なる。
「庶民になったのは、私が貴族でいたくなかったからよ。制限が多くてやりたいこともやれないし、女性の人生は男性の意見に左右されるし」
窮屈でしょ? と、アビゲイルは首をこてんと倒す。
「義姉さんのやりたいことって、何?」
手伝いたいと言わんばかりに、ダレルは身を乗り出した。
「あら、私にも家族愛を発揮してくれるの?」
「からかわないでくれよ。……助けてもらってばかりじゃ、かっこ悪いだろ」
ダレルが少年のように顔を赤らめる。
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