【完結】必ず死因との縁を切ってみせます!~このままでは私の大切な人が、みんな帰らぬ人になってしまうので~

鬼ヶ咲あちたん

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32話 働き者の手

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「あんな安請け合いをして良かったんですか? 消防団が巡回なんてしたら、管轄の警吏が黙っていませんよ?」



 次の目的地へ急ぎながら、バートが忠告する。

 しかし、ヨアヒム本人は涼しい顔をしていた。



「巡回するのは私だから。文句なんて言わせないさ」

「自分でやるんですか!?」



 ヨアヒムの過密なスケジュールを知っているから、バートは余計に驚愕した。

 

「私だって消防団の一員だ。間違ったことは言ってない」

「それはそうでしょうけど……」

「彼女のために、何かしたいんだ」

「小火騒ぎの陣頭指揮を執った時点で、既にしでかしてますけどね」

 

 本来であれば、ヨアヒムが出しゃばる規模の火事ではなかった。

 だが、バートの小言なんてどこ吹く風。

 ヨアヒムの脳内では、ファビオラの声が繰り返し再生されている。

 ファビオラと目と目を合わせて、語らうことができた。

 たとえその内容が、単なる事後報告だったとしても、幸せな時間だった。



「叔父上から彼女のことを頼まれている」

「分かりましたよ。そういう建て前で動くってことですね」

「それに最近、後をつけられている気配がない」

「あいつら、なんだか今は、別のことに興味が向いてるっぽいですよね」



 果たしてそれは、いいことなのか悪いことなのか。

 ヨアヒムにもバートにも、分からなかった。



 ◇◆◇◆



「ファビオラさん、今いいかしら?」



 明日には帰国するため、ファビオラは部屋で荷造りをしていた。

 そこへルビーがやってきて、声をかけたのだ。



「ちょうど『雷の鎚』のハネス親方が来ているの。ほら、前に挨拶をしたがっていたでしょう?」

「鍛冶屋さんね! すぐに行くわ!」



 タイミングの良さに感謝する。

 身なりを整えると、ファビオラは応接室へ急いだ。

 中に入ると、二人掛けのソファが小さく見えるほど、立派な体格をした30代後半の男性が座っていた。

 肌は褐色、頭には毛がなく、逆に顔は髭だらけ、ニカっと笑うと真っ白い歯が光った。



「よう! お前さんが『七色の夢商会』の会長さんかい!」



 しゃがれたダミ声だったが、そこには親しさが込められている。

 ファビオラは、さっと手を差し伸べて握手を求めた。



「初めまして、ハネス親方。会長をしていますファビオラ・グラナドです」

「細っこい手だ。俺が握ったら、潰しちまわないかい?」



 おずおずと握り返されたハネス親方の手には、たくさんのタコが出来ていた。

 これぞ働き者の手だとファビオラは思う。



「お忙しい所、わざわざありがとうございます」

「たまには休めって、弟子に言われてね。せっかくだから、ちょっと顔を出そうと思ってさ」



 大きなハネス親方が繊細なティーカップを持つと、おもちゃのように感じられる。

 くいっと一口で飲み干してしまったので、ファビオラはすかさずお代わりを注いだ。



「私もよく、働きすぎだと怒られます。つい夢中になって、夜更かしをしてしまうんです」

「へえ、会長さんもそうなのかい! 俺も三日三晩、寝ずに鎚をふるってしまうのさ!」



 ファビオラに気を許したハネス親方は、上機嫌で請け負っている仕事について話し始めた。



「大きな注文が入ったのはいいが、納期がちっと厳しくてな。今は『雷の鎚』総出で、取り掛かってるところだ。会長さんの人工薪は、思い通りの火力が出るから助かってるよ」

「お役に立てて、嬉しいですわ」

 

 本当は、勢いに任せて聞いてしまいたい。

 その大量の武器と防具の発注元は、どこなのか。

 しかし、依頼主について尋ねるのはルール違反だ。

 ファビオラは違う方向から攻めてみる。



「私たちの商会も光栄なことに、最近は赤公爵家や青公爵家といった、ヘルグレーン帝国の名門の方々とお取り引きをさせてもらってます」



 父トマスの推測通りならば、『雷の鎚』の取り引き相手は、そのどちらかのはずだ。

 ピクリ、とハネス親方の眉が動いた。

 それを確認してファビオラは話し続ける。



「それで気がついたのですが、それぞれ公爵家によって支払いの方法が違うんです」

「銀行に振り込まれるだけだろう?」



 高額になる武器や防具の代金が、手渡しなはずがない。

 ファビオラの『七色の夢商会』でも、対価は銀行に振り込んでもらっている。

 ただし、その時期が異なるのだ。

 

「赤公爵家は前払いで、青公爵家は後払いなんです。数週間程度の違いでしかありませんが、資金繰りが助かるのは前払いですよね」

「え!? 前払いだって!?」

 

 ハネス親方の驚きぶりから、『雷の鎚』の取り引き相手が、青公爵家だと特定できた。

 ファビオラは喜びを包み隠し、丁寧に説明する。



「とても珍しいと思いますが、注文と同時に赤公爵家から入金されます。私たちは先に払ってもらったお金で材料の調達ができますし、代金の回収漏れの心配をしなくていいから、本当に助かっているんですよ」

「そりゃあ、そうだ! 青公爵家のように後払いだと、材料を購入する資金は一旦、俺たちが立て替えなくちゃならねえ!」



 銀行の融資枠にも限度があるんだ、とハネス親方は眉に皺を寄せる。

 もしかしたら、資金の工面に困っているのだろうか。



「交渉してみてはどうですか? 赤公爵家ではこのような支払いをされている、と一言添えれば、対抗心を燃やして、青公爵家でも同じようにしてくれるかもしれませんよ」

「会長さんは商人として、天賦の才があるねえ!」

 

 ハネス親方が禿頭に手を当て、ガハハと大口を開けて笑う。

 

「俺はどうも、そっち方面は駄目なんだ。良いものをつくるには金がいるんだ、と弟子には毎日のように怒られてる」

「物づくりの才と経営の才は、別物ですもの。私だって、副会長の創造力に、助けられているんですよ」

「適材適所や役割分担、ってやつだな」



 ファビオラはハネス親方に、商業組合へ加入するのを勧めた。



「困ったことがあれば、内々で相談にのってくれますよ。『七色の夢商会』でも、揉め事の折には仲裁に入ってもらったんです」

「へえ! 会長さんが頼りにするんなら、期待してもよさそうだなあ」

「駆け出しのころは、右も左も分からず、失敗も多かったものですから」



 ファビオラの言葉に、ハネス親方は真剣に検討し始めた。



「今日でよければ、仕事もないので付き添いますよ。これも何かのご縁です」

「本当かい? どうも、ああいう場所は、俺には入りづらいんだ……」



 大きな体を縮めるハネス親方を、大丈夫ですよと励まし、ファビオラたちは馬車に乗って、商業組合へと向かった。

 加入の手続きだけのつもりだったが、ハネス親方はファビオラ同伴で、相談もしてしまいたいらしい。



「いいんですか? 私が顧客情報を、知ってしまいますけど……」

「俺は武器や防具をつくるのが好きだから、注文されりゃ喜んでつくるんだが……今回ばかりは少し、躊躇いがあるんだ。俺はそれを、うまく言葉にできない。会長さんが隣で聞いていて、おかしいと思った点を指摘してくれると助かる」

 

 そう言われたファビオラは、商業組合の相談員と一緒に、ハネス親方の訴えに耳を傾けた。

 

「『雷の鎚』は親父の代から、城の兵士の武器や防具をつくっている。今回の発注も、その伝手を通して頼まれた」

 

 相談員もファビオラも、相槌を打つ。



「兵士たちと同じランクの装備を、取りあえず100組ほど用意して欲しいと言われた。本来ならば、3年はかかる。それを1年半でやってくれと頼まれた」



 ハネス親方は先ほど、納期が厳しいと零していたが、まさか半分にまで短縮されていたとは。

 青色に燃える薪のときに、ファビオラたちも納期に関しては揉めたが、あまりに短くて非常識だ。



「その代わり、対価は倍にすると言われたので引き受けた。俺は単純だからよ、その時点で弟子入りを希望していた若者を、たくさん受け入れたんだ。そのほうが作業が捗ると思ってさ」



 大量につくりたいのならば、人手を増やすのは常套手段ではある。



「だが実際にやってみると、これがうまくいかねえ。新入りが下手くそなのはいいんだ。誰だって上達するまで日にちがかかる。まずかったのは、材料を仕入れるための費用と、新入りたちを養う費用が、同時に必要になったことだ」

 

 なんとなく悩みが見えてきた。



「俺は銀行に融資を頼んだ。これまでの業績を評価してもらって、けっこうな額を借りられたんだ。それでなんとか乗り切れると思っていたんだが……問題はその後に起きた」
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