人生最悪の日に、俺と出会って人生最良の日だと言う人が現れた

緑虫

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1 入学式

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 桜舞い散る、麗らかな春の日。

 俺は本日目出度く、第一志望の東京にある私立大学の入学式を迎えていた。

 俺と同じく着慣れていなそうなスーツに身を包む新入生たちが、緊張の面持ちで学長の挨拶に耳を傾けている。

 持ち時間をすでにオーバーしているらしく、司会の人が何度か「お時間が参りましたので」と伝えてはいるものの、「わかりました、では早めに締めます」と言うだけでちっとも終わらない。

 俺は心の中で「早く終わらせてくれよ……!」と学長に向けて念じていた。何故なら入学式の後は、今朝まで数日間一緒に過ごしていた母さんと別れて、ようやくひとりで行動できるようになるからだ。

 つまり、待ちに待った再会の時がようやく巡ってくるんだ。逸る気持ちを抑え切れないのも仕方ないと思う。

 俺が再会を待ち望んでいる相手は、俺のひとつ上の先輩で、俺の大好きな彼氏である二条にじょう颯真そうま――颯真くん。偏差値の高いこの大学に一発合格し、俺を置いて上京してしまった颯真くんを追いかける為、俺は必死に勉強してここまでやってきた。

 本当は、上京してすぐに会いに行きたかった。だけど、電車で片道三時間半はかかる地方出身者の俺にとって、殆ど足を踏み入れたことのない都会は迷路そのもの。その上、初のひとり暮らしで右も左もわからない俺の為に、母さんが引っ越しの片付けと不足品の買い足しや家の中の配置設定まで、何もかもやってくれた。

 母さんにここまで作業させておいて、自分だけ抜け出して彼氏と――なんて親不孝なことは、さすがにできない。それに母さんは、俺が颯真くんと仲はよくてもまさか男同士で付き合っているとは思ってもいない筈だ。だから颯真くんには「入学式が終わったら会いたいな!」と泣く泣くメッセージを送っていた。

 メッセージで思い出す。ここ数日モヤモヤしていた原因であるスマホを、スーツのポケットから取り出した。

 ……通知は何もない。念の為ロックを解除して颯真くんとのトーク画面を開いてみたけど、こちらも相変わらず既読はついていなかった。……どうしちゃったんだろう、颯真くん。

 昨年の夏休みに地元に帰ってきた時は、颯真くんは俺と二人の時間をたっぷり過ごしてくれた。だけど冬休みには「サークルの奴らとスノボに行くことになっちゃって」と言って、クリスマス後に帰省してきて、大晦日前に東京に戻ってしまった。

 ……一緒に除夜の鐘を突こうって、初詣でに行って俺の合格祈願をしようと約束していたのにも関わらず。

「ごめんな、ライ

 お見送りの駅のホームで、どうしたって落ち込む俺に仕方なさそうにキスをしてくれたのが、颯真くんに会った最後だった。

 勿論その後も電話やメッセージのやり取りはしていたけど、なんせ俺は受験生。しかも自分の頭よりも大分上を狙って猛勉強中だったこともあって、「来、今は集中だよ。頑張れ!」と言われてしまうと、もっと喋りたい、構ってほしいとは言えなかった。

 努力の甲斐あって学部は違えどなんとか同じ大学に合格した俺は、大喜びで颯真くんに電話をかけた。そうしたら、「あっ、ちょ、今ごめん、取り込み中で……っ」とこれまで聞いたこともない焦り声で切られてしまった。

 電話の向こうには、もうひとり誰かがいた。男の声で「誰?」と聞いてきた声を、俺は確かに聞いた。

 ……颯真くんは俺の彼氏なのに、なんで俺以外の奴が俺のことを誰だって聞くんだよ。

 だけど颯真くんにベタ惚れの俺は、颯真くんに対して強く出ることができなかった。

 モヤモヤしたものを抱えたまま、「合格したよ」とだけメッセージを送ると、一時間後になってようやく「おめでとう!」と返ってきた。東京で待っているとか、早く会いたいとか、俺が期待していた言葉は何もなかった。

 俺は俺で卒業もあれば引越しの準備もあったし、バタバタで。東京に行く日程を送ったら、既読だけついた。

 ……ここまで頑張ったのに。嫌な予感を認めたくない。でも、今のままの俺ではもしかしたら……。

 少しでも嫌な可能性を潰したかった俺は、見た目を大きく変えることにした。要は垢抜けってやつだよ。

 だって、いくら颯真くんに散々可愛いと言われたこの顔でも、都会の大学生である颯真くんの隣にいたら幼く見えて浮いてしまうかもしれない。だから髪型も真面目そうだったものから少し伸ばしつつも清潔感のある感じにして、服装もこれまでの無難なものから、ちゃんと研究してシンプルだけど流行を追ったものに変えた。

 少し前までの俺は、顔は可愛らしくてもいかにも田舎の高校生だった。だけど今は努力をした結果、子どもっぽさが抜けて中性的で大人っぽい雰囲気になったと思う。

 夏休みに帰省してきた時、颯真くんはすごく垢抜けていた。元々は優等生風のピシッとした格好よさがあったけど、そこに少し緩さが加わって大人の色香が漂っていた。

 今の俺なら、きっと颯真くんの隣を歩いてもつり合う筈だ。だから颯真くんに一秒でも早く会って今の俺の姿を見せて、嫌な予感を払拭したかった。

 だけど。

 入学式が終わり、母さんにお礼と別れを告げてキャンパス内を歩き回っても、颯真くんの姿を見つけることはできなくて。

「……颯真くん……」

 一向に既読にならないスマホのトーク画面を見ながら、俺はトボトボと帰路に着いたのだった。
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