強面な同級生は、俺の横顔が好きらしい

緑虫

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17 眉間の皺

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 その日の放課後、俺たちは日向の家の最寄り駅に降り立っていた。

「へえー。この駅、結構栄えてるんだなー」

 ちなみにもう俺を支える必要はなくなった日向だけど、これまですぐ隣にいた名残か、今も歩けばお互いの腕同士が擦れ合う距離で並んで歩いている。そういえば、そこそこ広め設定な筈の俺のパーソナルスペース内に日向は自然に入ってきているな、と気付いた。

 もしかしたら俺は、自分で思っていた以上に日向に心を許しているのかもしれない。

 俺の言葉に、日向が表情を変えないまま答えた。

「急行が停まるからじゃないかな」
「そっか、そうかもな」

 ちなみに俺の地元の駅は、各駅停車しか停まらない。そのせいか、駅前はそれなりに栄えてはいるものの、古臭い商店街といい、どちらかというと下町感のある住宅街という印象が強かった。

 それに比べてこっちの駅は、駅前にちょっと小洒落たカフェとかファミレスなんかもあるので、ワンランク都会に見える。ちょっぴり羨ましい。

 日向が意外そうに尋ねる。

「もしかして、この駅に降りるのは初めて?」
「あ、うん。そうなんだ。俺さ、何ていうかその……インドア派だし? へへ」

 日向だって、俺が学校で特定の仲のいい友達がいないことは、いくらなんでももう察してるだろう。だけどその原因となる中学時代のトラウマについては、まだ話せていなかった。

 日向なら、聞いたところで馬鹿にすることなんてないとは思う。だけど、ウジウジしている自分に幻滅されたら……とふと思ってしまい、「別に今言う必要はないんじゃない?」と俺の中のビビリな俺が俺に言うんだよ。

 そのせいでこんな変な言い訳がましい返しになってしまう自分の意気地のなさが、情けなくて仕方ないけど。

「店、あっち」
「あ、うん!」

 俺があまり他所の駅に行かない理由には、地元の中学に通っていたこともあると思う。私立中学に電車通学でもしない限りは、基本余程用事がなければ他の駅なんて行く機会はないんじゃないか。

 高校に上がって電車通学をするようになっても、それは変わらなかった。基本消極的な俺には、自ら進んで知らない場所を開拓していこうなんて気概はない。

 時折、大型書店に行く必要があって他の駅に降りる時も、なんだか落ち着かなくてモゾモゾした。だから本屋に直行して、目的の物を購入したら直帰。これが俺の行動パターンだ。分かってる、ビビリの行動パターンだってことは。

 勿論、勝手知ったる地元なら、もう少し気を抜いて行動できる。だけどそれでも、ひとりでファストフード店に入るくらいが限度だ。

 体育祭に向けての走り込みだって、暗い時間帯だからできたようなものだった。遠目でもまだお互いの顔が見える時間に元同級生の姿を見つけたりでもしたら、間違いなく回れ右をしていたと思う。

 そんな訳で、日向を誘ったはいいけど、結局どこに何をしにいくのが今どきの男子高校生の普通なのかがさっぱり分からなかった俺は、困り果てて日向に尋ねたんだ。「どこに行きたい? 何したい?」と。

 要は相手に丸投げした訳だけど、これは日向の二週間にも及ぶ献身に対する謝礼なんだから選ぶ権利は日向にあるし、と自分の中で都合よく解釈した。

 結果、日向が「井出、腹減ってない? 甘い物好き? 行きたい店があるんだけど、ひとりじゃちょっと入りづらくて」と提案してくれた為、日向の地元に来たという流れだ。

「その店の場所って駅の近く?」
「うん。一度春香と一緒に行ったら、滅茶苦茶美味くて。また行きたかったけど、『お兄ちゃんといるとジロジロ見られるから嫌』と言われて。俺、人相悪いから……」

 しょんぼりと項垂れてしまった日向に、俺は「お、これは聞く絶好のチャンスじゃね?」と思い立つ。ずっと気になっていた、あの存在のことを。

「なあ日向」
「うん?」

 日向は俺が呼べば、すぐに顔を向けてくれる。ふは、今日も相変わらず眉間にぐっと力が入って皺が寄ってるな。これがなけりゃあ、雰囲気のある高身長イケメンで通るのに。

「これ、どうしてこうなってるんだ?」

 日向の眉間を指差す。

「これ?」

 だけど日向は何のことか分からなかったのか、指先を見つめ過ぎて目が中心に寄ってしまったじゃないか。……実は日向の行動って素直で可愛いんだよな。基本全部真っ直ぐで裏がないし。

「これ、この部分のこと」

 手を伸ばし、日向の眉間に指で触れる。

「え? おでこ?」

 日向の方が大分背が高いから、嫌だったら顔を背けたら避けることだってできる。なのに日向は、俺にされるがままの状態になっていた。

「あは、違う、眉間! いっつも眉間に皺が寄ってるだろ? これって何でなの?」
「なんでって……どうして?」
「だってさ、お前普通に滅茶苦茶いい奴なのに、これのせいで周りが近寄って来てないんだぞ?」

 他にも無口なせいとかでかいせいとかも当然あるだろうけど、少なくとも俺はいつも睨まれてる! と思ってビビっていた。

 ぐりぐりと指の腹で皺を伸ばしていく。

「折角イケメンなのに勿体ない」
「……イケメン? 井出は俺のこと、イケメンだと思ってくれてるの?」

 心底不思議そうに聞いてくる日向に、俺はブッと吹き出してしまった。

「あったりまえじゃん! 日向がイケメンじゃなかったら世の中の大半は不細工になっちゃうって! 俺なんか超不細工判定に――」
「それはない」

 日向は俺の自虐ネタを即座に否定すると、真剣な表情をして言った。

「井出に不細工な要素は1ミリもないから。俺は井出の顔を気に入ってる。審美眼は一般の人よりあると思うから信じていいと思う」

 あまりに真顔で言われてしまって、俺は大いに戸惑う。だって、俺だよ? 特徴もない凡庸すぎる俺の顔を気に入ってるってどういうことだよ。

 一切目を逸らさないまま、日向が続けた。

「……眉間に皺が寄ってるのは、気になる物だともっと詳細に見たくてジッと見る癖があるからだと思う」
「気になる物?」

 日向の眉間から指を離す。日向が深く頷いた。
 
「そう。絵を描きたいと思う対象は、皺のひとつから毛の一本までよく観察したいんだ」
「へー。絵描きってそういうもんなの?」
「他は知らない。俺がそうだってだけ」
「へえ……」

 ふーん、と一応納得してみる。つまり、日向の眉間に皺が寄っている時は、見ている対象に興味を示している時という訳だ。なるほど、 理には叶ってるんじゃないか。

 とそこで、ふと疑問に思った。

 ……あれ? じゃあ俺がしょっちゅう睨まれてる気がしてるのってどういうこと? と。
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