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6 宿泊権
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俺の話を、細木史也は「うん、うん」と相槌を打ちながら聞いてくれた。
先程の衝撃的な場面のところまで話し終えると、細木史也を見上げて手を合わせる。
「だからさ、今日泊まる所がなくて。悪いんだけど、今日だけ休憩室使わせてもらえない?」
俺の頼みに、細木史也は戸惑いの表情を見せた。
「それは構わないけど……明日からどうするつもりなの?」
「……ネカフェとか」
ボソリと答えたけど、俺の給料でネカフェ暮らしは無理だ。稼いだ分だけネカフェ代に消えるだろうから、飯も食えなくなる。あっという間にやせ細ってぶっ倒れるのは、目に見えていた。
幸い、俺には涼真に散々可愛いと言われながら抱かれて自覚するようになった、可愛いが強めの外見がある。
女は、吐き気がするから論外だ。なら選択肢は男しかない。
涼真以外の男とどうこうなることは想定外だったけど、それ系の出会い系サイトで相手を募れば、中には泊めてくれる奴も現れるんじゃないか。
どうせろくでもない人生だし、最初から堕ちるところまで堕ちている。涼真といた間は自分のろくでもなさから目を逸らせたけど、こうなった以上は覚悟を決めて自分でどうにか生きていくしかない。
……それでも結局、誰かに寄生するような生き方しかできないけど。
俺を見てるんだか見てないんだかよく分からない目で、細木史也がボソリと言う。
「ネカフェ、高いだろ」
「……」
俺が俯いたのを見て、細木史也は呆れたような長い息を吐いた。
「あのさ、それじゃやっていけないの分かってて言ったよね?」
「……」
俺はボストンバッグを抱え直すと、顔の下半分を埋める。こうすれば、長めの前髪が俺の目を隠してくれるから。
さっき、涼真の浮気現場に遭遇した時のように、見たくないものは視界から隠してしまえばいい。
「……もしかしなくても、警戒してる?」
お人好しがそのまま顔に出ているような細木史也が、溜息を吐きながら尋ねた。
警戒? 言っている意味が分からなくて、動作が止まる。
「警戒? 何を? 意味分かんない」
考えても分からなくて純粋に尋ねると、細木史也が言いにくそうに言った。
「だから、俺のことを」
「細木さんを? なんで? 別にしてないよ」
あっさり答えると、細木史也が疑わしげに俺を見る。
「本当?」
「むしろさ、俺の方が細木さんに警戒されてんじゃないの?」
細木史也は、突然勤務時間中に泣きながら現れた俺に巻き込まれた、ただの可哀想な奴に過ぎない。くだらない女と男との醜い底辺の色恋沙汰を聞かされて、さぞ俺のことを軽蔑したんじゃないか。
細木史也がごくんと唾を飲んだ音が聞こえる。シン、としたコンビニ内に流れる呑気なBGMが、こんな時は場をもたせてくれるから助かった。
「なんで俺が」
「だってこんな最低な話聞かされて目の前で泣かれたらさ、俺だったらウザッて思うし」
大して仲良くない同僚の性事情なんて、知りたくもないだろうし。
「……そんなことないよ」
「気を使わなくてもいいよ」
それに、と俺は続ける。
「本当、何とかなるし。細木さんが俺の事情を知ったからって気に病む必要ないから」
「いや……でも……」
細木史也の態度から、ああ、俺の存在が居心地悪くさせてるんだなと気付いた。
もう何年も前に家族を見て感じたのと同じ気持ちが、突然じわりと滲み出す。
本当は迷惑なのに、人がいいから突き放すことが難しいんだろう。
分かってる、俺がこの人に迷惑をかけている真っ最中だってことは。
俺はどこに行っても迷惑な存在だから。俺さえいなければ、俺さえ我慢すればそれで――。
突然、思いもよらない言葉が頭上から降ってきた。
「俺んち来ていいよ」
「は」
驚いた。お人好しもここまでくると病気レベルだ。俺は黙りこくったまま、首を横に振る。
お互い需要と供給が合うんだったら、俺だって遠慮なく泊まらせてくれと言うだろう。
だけど、俺は細木史也に何も返せない。ただ与えてもらうだけになったら、俺は今度こそただの屑になる。
寄生虫には寄生虫なりの筋があるんだよ。
俺が目線を上げないままでいると、細木史也がまた声を掛ける。
「斎川くん、あのさ……」
丁度その時、日付が変わるアナウンスが流れた。話を逸らすには丁度いいと、笑顔を無理やり作って細木を見上げる。
「俺、今日誕生日なんだ」
「え、そうなの? おめでとう」
条件反射みたいに細木史也が言ったので、今度は本物の笑みが出た。
「……ありがと。人に言われるのって嬉しいね」
「――っ」
昨年までは、涼真だけがおめでとうを言ってくれていた。今年は誰からもないかと諦めていたら、まさかの細木史也から言ってもらえるとは。
ごくり、と再び唾を嚥下する音が聞こえて、なになにと顔を上げると、ボストンバッグの向こうにしゃがんだ細木史也が俺を見ているじゃないか。
「な、なに?」
「俺からの誕生日プレゼント、受け取ってくれない?」
何だよ突然。でもあまりにも顔が真剣なので、思わず頷いてしまった。
それを見た細木史也が、微笑む。
「俺んちの宿泊権あげる」
「だ……っだからさあ!」
「斎川くんの元カレみたいなことはしないよ。家賃に身体もいらない」
「細木さん……」
でも、それじゃ与えられてばかりだ。
「誕生日プレゼントなんだから、遠慮しないでくれると嬉しいんだけど」
唖然としていると、細木史也は立ち上がりながら俺の頭の上に手をポンと置いて笑った。
「バイト上がりにさ、ファミレスになっちゃうけどケーキ食おう」
「で、でも……」
細木史也は照れくさそうに続ける。
「……俺もケーキ食べたいんだ。好きなんだけど、なかなかひとりでは頼めなくてさ」
「は……」
ぽかんと口を開けていると、細木史也は乗せたままの手で頭を撫でた。
「休憩室でそれまで寝ててよ。――あ、ほら、お客さんきた」
細木史也の言う通り、サラリーマン風のおじさんが入ってくる。
「ほら、戻った戻った」
「え、あ、はいっ」
椅子を押しながら、慌てて休憩室に入った。ドアを閉めた後、暫しその場に立ち尽くす。
さっきまで撫でられていた頭に残る感触がこそばゆくて。
俺は、知らない内に小さく微笑んでいたのだった。
先程の衝撃的な場面のところまで話し終えると、細木史也を見上げて手を合わせる。
「だからさ、今日泊まる所がなくて。悪いんだけど、今日だけ休憩室使わせてもらえない?」
俺の頼みに、細木史也は戸惑いの表情を見せた。
「それは構わないけど……明日からどうするつもりなの?」
「……ネカフェとか」
ボソリと答えたけど、俺の給料でネカフェ暮らしは無理だ。稼いだ分だけネカフェ代に消えるだろうから、飯も食えなくなる。あっという間にやせ細ってぶっ倒れるのは、目に見えていた。
幸い、俺には涼真に散々可愛いと言われながら抱かれて自覚するようになった、可愛いが強めの外見がある。
女は、吐き気がするから論外だ。なら選択肢は男しかない。
涼真以外の男とどうこうなることは想定外だったけど、それ系の出会い系サイトで相手を募れば、中には泊めてくれる奴も現れるんじゃないか。
どうせろくでもない人生だし、最初から堕ちるところまで堕ちている。涼真といた間は自分のろくでもなさから目を逸らせたけど、こうなった以上は覚悟を決めて自分でどうにか生きていくしかない。
……それでも結局、誰かに寄生するような生き方しかできないけど。
俺を見てるんだか見てないんだかよく分からない目で、細木史也がボソリと言う。
「ネカフェ、高いだろ」
「……」
俺が俯いたのを見て、細木史也は呆れたような長い息を吐いた。
「あのさ、それじゃやっていけないの分かってて言ったよね?」
「……」
俺はボストンバッグを抱え直すと、顔の下半分を埋める。こうすれば、長めの前髪が俺の目を隠してくれるから。
さっき、涼真の浮気現場に遭遇した時のように、見たくないものは視界から隠してしまえばいい。
「……もしかしなくても、警戒してる?」
お人好しがそのまま顔に出ているような細木史也が、溜息を吐きながら尋ねた。
警戒? 言っている意味が分からなくて、動作が止まる。
「警戒? 何を? 意味分かんない」
考えても分からなくて純粋に尋ねると、細木史也が言いにくそうに言った。
「だから、俺のことを」
「細木さんを? なんで? 別にしてないよ」
あっさり答えると、細木史也が疑わしげに俺を見る。
「本当?」
「むしろさ、俺の方が細木さんに警戒されてんじゃないの?」
細木史也は、突然勤務時間中に泣きながら現れた俺に巻き込まれた、ただの可哀想な奴に過ぎない。くだらない女と男との醜い底辺の色恋沙汰を聞かされて、さぞ俺のことを軽蔑したんじゃないか。
細木史也がごくんと唾を飲んだ音が聞こえる。シン、としたコンビニ内に流れる呑気なBGMが、こんな時は場をもたせてくれるから助かった。
「なんで俺が」
「だってこんな最低な話聞かされて目の前で泣かれたらさ、俺だったらウザッて思うし」
大して仲良くない同僚の性事情なんて、知りたくもないだろうし。
「……そんなことないよ」
「気を使わなくてもいいよ」
それに、と俺は続ける。
「本当、何とかなるし。細木さんが俺の事情を知ったからって気に病む必要ないから」
「いや……でも……」
細木史也の態度から、ああ、俺の存在が居心地悪くさせてるんだなと気付いた。
もう何年も前に家族を見て感じたのと同じ気持ちが、突然じわりと滲み出す。
本当は迷惑なのに、人がいいから突き放すことが難しいんだろう。
分かってる、俺がこの人に迷惑をかけている真っ最中だってことは。
俺はどこに行っても迷惑な存在だから。俺さえいなければ、俺さえ我慢すればそれで――。
突然、思いもよらない言葉が頭上から降ってきた。
「俺んち来ていいよ」
「は」
驚いた。お人好しもここまでくると病気レベルだ。俺は黙りこくったまま、首を横に振る。
お互い需要と供給が合うんだったら、俺だって遠慮なく泊まらせてくれと言うだろう。
だけど、俺は細木史也に何も返せない。ただ与えてもらうだけになったら、俺は今度こそただの屑になる。
寄生虫には寄生虫なりの筋があるんだよ。
俺が目線を上げないままでいると、細木史也がまた声を掛ける。
「斎川くん、あのさ……」
丁度その時、日付が変わるアナウンスが流れた。話を逸らすには丁度いいと、笑顔を無理やり作って細木を見上げる。
「俺、今日誕生日なんだ」
「え、そうなの? おめでとう」
条件反射みたいに細木史也が言ったので、今度は本物の笑みが出た。
「……ありがと。人に言われるのって嬉しいね」
「――っ」
昨年までは、涼真だけがおめでとうを言ってくれていた。今年は誰からもないかと諦めていたら、まさかの細木史也から言ってもらえるとは。
ごくり、と再び唾を嚥下する音が聞こえて、なになにと顔を上げると、ボストンバッグの向こうにしゃがんだ細木史也が俺を見ているじゃないか。
「な、なに?」
「俺からの誕生日プレゼント、受け取ってくれない?」
何だよ突然。でもあまりにも顔が真剣なので、思わず頷いてしまった。
それを見た細木史也が、微笑む。
「俺んちの宿泊権あげる」
「だ……っだからさあ!」
「斎川くんの元カレみたいなことはしないよ。家賃に身体もいらない」
「細木さん……」
でも、それじゃ与えられてばかりだ。
「誕生日プレゼントなんだから、遠慮しないでくれると嬉しいんだけど」
唖然としていると、細木史也は立ち上がりながら俺の頭の上に手をポンと置いて笑った。
「バイト上がりにさ、ファミレスになっちゃうけどケーキ食おう」
「で、でも……」
細木史也は照れくさそうに続ける。
「……俺もケーキ食べたいんだ。好きなんだけど、なかなかひとりでは頼めなくてさ」
「は……」
ぽかんと口を開けていると、細木史也は乗せたままの手で頭を撫でた。
「休憩室でそれまで寝ててよ。――あ、ほら、お客さんきた」
細木史也の言う通り、サラリーマン風のおじさんが入ってくる。
「ほら、戻った戻った」
「え、あ、はいっ」
椅子を押しながら、慌てて休憩室に入った。ドアを閉めた後、暫しその場に立ち尽くす。
さっきまで撫でられていた頭に残る感触がこそばゆくて。
俺は、知らない内に小さく微笑んでいたのだった。
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