誕生日前日に恋人に浮気されて家なしになった俺を拾ったのは、ヒョロい細めのモブでした

緑虫

文字の大きさ
6 / 56

6 宿泊権

しおりを挟む
 俺の話を、細木史也は「うん、うん」と相槌を打ちながら聞いてくれた。

 先程の衝撃的な場面のところまで話し終えると、細木史也を見上げて手を合わせる。

「だからさ、今日泊まる所がなくて。悪いんだけど、今日だけ休憩室使わせてもらえない?」

 俺の頼みに、細木史也は戸惑いの表情を見せた。

「それは構わないけど……明日からどうするつもりなの?」
「……ネカフェとか」

 ボソリと答えたけど、俺の給料でネカフェ暮らしは無理だ。稼いだ分だけネカフェ代に消えるだろうから、飯も食えなくなる。あっという間にやせ細ってぶっ倒れるのは、目に見えていた。

 幸い、俺には涼真に散々可愛いと言われながら抱かれて自覚するようになった、可愛いが強めの外見がある。

 女は、吐き気がするから論外だ。なら選択肢は男しかない。

 涼真以外の男とどうこうなることは想定外だったけど、それ系の出会い系サイトで相手を募れば、中には泊めてくれる奴も現れるんじゃないか。

 どうせろくでもない人生だし、最初から堕ちるところまで堕ちている。涼真といた間は自分のろくでもなさから目を逸らせたけど、こうなった以上は覚悟を決めて自分でどうにか生きていくしかない。

 ……それでも結局、誰かに寄生するような生き方しかできないけど。

 俺を見てるんだか見てないんだかよく分からない目で、細木史也がボソリと言う。

「ネカフェ、高いだろ」
「……」

 俺が俯いたのを見て、細木史也は呆れたような長い息を吐いた。

「あのさ、それじゃやっていけないの分かってて言ったよね?」
「……」

 俺はボストンバッグを抱え直すと、顔の下半分をうずめる。こうすれば、長めの前髪が俺の目を隠してくれるから。

 さっき、涼真の浮気現場に遭遇した時のように、見たくないものは視界から隠してしまえばいい。

「……もしかしなくても、警戒してる?」

 お人好しがそのまま顔に出ているような細木史也が、溜息を吐きながら尋ねた。

 警戒? 言っている意味が分からなくて、動作が止まる。

「警戒? 何を? 意味分かんない」

 考えても分からなくて純粋に尋ねると、細木史也が言いにくそうに言った。

「だから、俺のことを」
「細木さんを? なんで? 別にしてないよ」

 あっさり答えると、細木史也が疑わしげに俺を見る。

「本当?」
「むしろさ、俺の方が細木さんに警戒されてんじゃないの?」

 細木史也は、突然勤務時間中に泣きながら現れた俺に巻き込まれた、ただの可哀想な奴に過ぎない。くだらない女と男との醜い底辺の色恋沙汰を聞かされて、さぞ俺のことを軽蔑したんじゃないか。

 細木史也がごくんと唾を飲んだ音が聞こえる。シン、としたコンビニ内に流れる呑気なBGMが、こんな時は場をもたせてくれるから助かった。

「なんで俺が」
「だってこんな最低な話聞かされて目の前で泣かれたらさ、俺だったらウザッて思うし」

 大して仲良くない同僚の性事情なんて、知りたくもないだろうし。

「……そんなことないよ」
「気を使わなくてもいいよ」

 それに、と俺は続ける。

「本当、何とかなるし。細木さんが俺の事情を知ったからって気に病む必要ないから」
「いや……でも……」

 細木史也の態度から、ああ、俺の存在が居心地悪くさせてるんだなと気付いた。

 もう何年も前に家族を見て感じたのと同じ気持ちが、突然じわりと滲み出す。

 本当は迷惑なのに、人がいいから突き放すことが難しいんだろう。

 分かってる、俺がこの人に迷惑をかけている真っ最中だってことは。

 俺はどこに行っても迷惑な存在だから。俺さえいなければ、俺さえ我慢すればそれで――。

 突然、思いもよらない言葉が頭上から降ってきた。

「俺んち来ていいよ」
「は」

 驚いた。お人好しもここまでくると病気レベルだ。俺は黙りこくったまま、首を横に振る。

 お互い需要と供給が合うんだったら、俺だって遠慮なく泊まらせてくれと言うだろう。

 だけど、俺は細木史也に何も返せない。ただ与えてもらうだけになったら、俺は今度こそただの屑になる。

 寄生虫には寄生虫なりの筋があるんだよ。

 俺が目線を上げないままでいると、細木史也がまた声を掛ける。

「斎川くん、あのさ……」
 
 丁度その時、日付が変わるアナウンスが流れた。話を逸らすには丁度いいと、笑顔を無理やり作って細木を見上げる。

「俺、今日誕生日なんだ」
「え、そうなの? おめでとう」

 条件反射みたいに細木史也が言ったので、今度は本物の笑みが出た。

「……ありがと。人に言われるのって嬉しいね」
「――っ」

 昨年までは、涼真だけがおめでとうを言ってくれていた。今年は誰からもないかと諦めていたら、まさかの細木史也から言ってもらえるとは。

 ごくり、と再び唾を嚥下する音が聞こえて、なになにと顔を上げると、ボストンバッグの向こうにしゃがんだ細木史也が俺を見ているじゃないか。

「な、なに?」
「俺からの誕生日プレゼント、受け取ってくれない?」

 何だよ突然。でもあまりにも顔が真剣なので、思わず頷いてしまった。

 それを見た細木史也が、微笑む。

「俺んちの宿泊権あげる」
「だ……っだからさあ!」
「斎川くんの元カレみたいなことはしないよ。家賃に身体もいらない」
「細木さん……」

 でも、それじゃ与えられてばかりだ。

「誕生日プレゼントなんだから、遠慮しないでくれると嬉しいんだけど」

 唖然としていると、細木史也は立ち上がりながら俺の頭の上に手をポンと置いて笑った。

「バイト上がりにさ、ファミレスになっちゃうけどケーキ食おう」
「で、でも……」

 細木史也は照れくさそうに続ける。

「……俺もケーキ食べたいんだ。好きなんだけど、なかなかひとりでは頼めなくてさ」
「は……」

 ぽかんと口を開けていると、細木史也は乗せたままの手で頭を撫でた。

「休憩室でそれまで寝ててよ。――あ、ほら、お客さんきた」

 細木史也の言う通り、サラリーマン風のおじさんが入ってくる。

「ほら、戻った戻った」
「え、あ、はいっ」

 椅子を押しながら、慌てて休憩室に入った。ドアを閉めた後、暫しその場に立ち尽くす。

 さっきまで撫でられていた頭に残る感触がこそばゆくて。

 俺は、知らない内に小さく微笑んでいたのだった。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

【完結】嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。 両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った伯父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。 故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!! 様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材! 僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX! ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした婚約者、辺境伯オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。 うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか! 僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。 そうしてニ年後。 領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。 え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。 関係ここからやり直し?できる? Rには*ついてます。 後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。 ムーンライトにも同時投稿中

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

あの日、北京の街角で

ゆまは なお
BL
5年前、一度だけ体を交わした彼が、通訳として出張に同行するーーー。 元留学生×駐在員。年下攻め。再会もの。 北京に留学していた上野孝弘は駐在員の高橋祐樹と街中で出会い、突然のアクシデントにより、その場で通訳を頼まれる。その後も友人としてつき合いが続くうちに、孝弘は祐樹に惹かれていくが、半年間の研修で来ていた祐樹の帰国予定が近づいてくる。 孝弘の告白は断られ、祐樹は逃げるように連絡を絶ってしまう。 その5年後、祐樹は中国出張に同行するコーディネーターとして孝弘と再会する。 3週間の出張に同行すると聞き、気持ちが波立つ祐樹に、大人になった孝弘が迫ってきて……? 2016年に発表した作品の改訂版。他サイトにも掲載しています。

聖獣召喚に巻き込まれた俺、モフモフの通訳をしてたら冷徹騎士団長に外堀を埋められました

たら昆布
BL
完璧っぽいエリート騎士×無自覚な愛され系

処理中です...