世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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20 ご褒美

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 翌日。

 ワドナンさんが虚の前に置いておいてくれたシャベルと斧を手に、祭壇裏の緑の壁を分け入った。

 待っていたユグが、笑顔で駆け寄ってくる。今日も眩しいくらいのいい笑顔だ。うーん、元気をもらえる。

「アーウィン! おはようのキス!」

 正面から抱き寄せられて、やっぱり何の躊躇いもなく顔が近付いてきた。

「ユグ! そのおはようのキスなんだけどね――んむうっ!」

 軽い合わせるだけのキスかと思いきや、喋っている最中の僕の口の中に思い切りユグの舌が入り込み、中を縦横無尽に暴れまわる。

「んん……っ」

 この人、キスがうまくなってないか。というか、実はキスの意味を知ってたり……という疑惑が浮かび上がる。だって、ただの挨拶のキスってこんな濃厚なものだっけ?

 逃げ場がないままとろとろにされて、自然と身体の力が抜けていった。うああ、気持ちよくて脳みそが溶けていく。ユグと触れている場所全てが熱を持って、何故か身体がゾクゾクとしてくる。

 気が付いた時には、自分からも舌を伸ばして絡めていた。くちゅくちゅという音だけが耳に響いてくる。

 背徳感と、幸福感と。複雑な心境だけど、心臓が勝手に飛び跳ねるのも何故か嫌じゃなくて、やめようという気にはならなかった。

「ふええ……」

 ぼーっとしてしまい、弛緩する。ユグは名残惜しそうにゆっくりと顔を離すと、突然ひょいと横抱きにした。

「行く!」

 いきなりか。

「アーウィン、顔赤い。オレ、しっかり持つ!」

 ユグは肌が褐色だから、たとえ赤くなっていたとしても分かりにくい。僕ばっかり赤くなったのがバレていると思うと何とも言えない気分になる。でもユグにからかう意図がないのは分かっていたので、こくりとひとつ頷くに留めた。

「フッ」

 ユグの肩から、ラータが僕を見下ろす。……「情けないなこいつ」みたいな目に見えるんだけど、気のせいだよね?

 昨日と同じ場所に到着すると、持参した道具をユグに説明した。

 二人で協力して、石盤を覆い隠す根を切っては剥がし、掘っていく。

 あまり思い切り叩きつけて石盤が壊れたら元も子もない。丁寧を心がけたら、作業は遅々として進まなかった。

 三分の一ほどが出てきたところで、気付けば空はもう赤く染まり始めている。残念ながら、今日は時間切れだ。一日は短い。

「光石を使えばもう少し作業できるんだけどなあ……」

 思わず愚痴ってしまった。

「アーウィン、帰らない?」

 嬉しそうに目を輝かせるユグ。

「うーん……」

 何も言わずに宿泊したら、絶対ヨルトとドルグが探しにくる。特にドルグはマナ操作に長けているから、下手をするとこの場所を探り当てられてユグの存在がバレてしまう可能性だってあるんじゃないか。

 あの二人は僕の味方な筈だけど、まだ何も証拠がない状態でユグに会わせるのは怖い。時期尚早というやつだ。

 期待させておいて悪いなあとは思いつつ、首を横に振った。

「今日は何も言ってきてないから、僕が帰らないと探しに来ると思うんだよね。だから無理だ、ごめん」

 見るからにユグが凹む。

「……うん」

 ああ! 寂しそう! 僕が帰ると寂しいんだよね! 分かってるんだよ、分かってるんだけど!

「あ、明日! 明日は泊まれる支度をして、作業しようか!」

 僕が言った途端、ユグが目をそれはもうキラキラと輝かせながら、言った。

「アーウィン、一緒寝る!?」
「ぶっ」

 いや、ユグは八歳で村を離れてるから、所謂大人な意味は知らない筈。だから他意はない、きっと。

 よこしまで汚れているのは、僕の心の方です。

「こ、今夜仲間に話してみるね!」
「うん!」

 にっこにこのユグを見て、「あ、これはもう駄目とは言えないな」と悟った。駄目だったと伝えた途端、この黄金の瞳に涙が一杯溜まる未来しか見えない。

 ユグが可愛くて仕方がない僕に、ユグを泣かせる選択肢はなかった。

「ユグ、明日ね! 明日絶対宿泊を勝ち取ってみせるから!」
「シュクハク?」
「一緒に寝るってこと!」

 微妙に違うのは分かっているけど、ユグにはこう伝えた方が手っ取り早い。案の定、ユグはパアアッ! と明るい笑顔になった。

「アーウィン! オレ、明日、す、すごく……楽しみ、に、してる」

 うん、と返事をしようとして、ハッと顔を上げる。

「え……っユグ、今普通に喋られた!?」

 はにかんだユグの笑顔が、堪らなく可愛い。

「うん、アーウィンの言葉、を、覚える、あと、思い出す、の、頑張ってる」

 なんてこった!

「ユグ! 凄い!」

 思わずユグに飛びつく。ユグはいとも軽々と僕の脇を持ち上げると、顔の高さを同じに合わせた。嬉しそうで無邪気な笑顔が尊い。

「アーウィン、オレ、凄い?」
「うん! 凄いよ! だってずっと喋ってなかったんでしょ!?」
「うん、多分、十年」
「ん? 十年?」

 どこからその数字が出てきたのかな? 笑顔で聞き返すと、ユグはちょっぴり寂しそうな笑みを浮かべながら教えてくれた。

「うん。新年の祭り……を、十回見た、から」
「……ッ!」

 守り人の新年の祭りがどういったものかは、僕は知らない。だけどきっと、ユグは事ある毎にあの崖の上から村を見下ろし、眺めていたんだと推測できた。

 ……一体、どんな思いで見ていたんだろう。ユグの気持ちを考えたら、切なくて悔しくなってしまった。

 その後にふと気付いた事実に愕然とする。

「……え? てことは、ユグは今十八歳?」
「うん、多分そう」
「えっ! まさかの年下……」

 僕よりも体格は立派だし顔も男らしいのに、まさかの二歳下とは。

「あ、でも確かに髭が生えてない」

 ユグのつるりとした顎を撫でると、ユグがくすぐったそうに笑った。

 ちなみに僕はもう二十歳だというのに髭のひの字もない。体毛も薄いから、もしかしたら生えない体質なのかなあなんて思っている。兄さんは放っておくともじゃもじゃ生えてくるので、「楽そうでいいなあ、羨ましいなあ」と言われていた。兄さんはものぐさだからなあ。

 ユグが、キラキラした目で聞く。

「十年分、頑張って、る?」
「うん! 凄いよユグ! 偉い!」

 手放しで褒めると、ユグは幸せそうに微笑んだ。

「へへ……っ」

 年下だけど男臭い美丈夫の、無邪気な笑顔。

 きゅん、と僕の心臓が高鳴る。

「……ユグ、頑張ってるご褒美をあげるよ」
「ご褒美?」

 可愛らしく首を傾げたユグの頬を、両手で挟んだ。ユグの瞳が、期待からか嬉しそうに細まる。

 ――自分の心がよく分からないまま。

「ユグ……」
「アーウィン、へへ」

 僕は自分からユグに口づけた。
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