世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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37 ユグの抵抗

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 唖然とした表情のユグが、少し掠れた声でようやく声を発した。

「でも……信じられない」
「勿論、ユグがそう思うのもよく分かるよ」

 ユグの頬を撫でながら、できるだけ優しい声色で答える。

 ユグにとって、自分を徹底して『贄』として扱い、実際に『贄』として祭壇で腹部を傷つけ穴に突き落とした父親の愛情を信じられる方が無理な話だろう。どう考えたって、そこに愛があったとは思えない行動だからだ。

「だから考えたんだ。まずは明日、台座の受け皿に書いてある古代語を解読する」
「うん」
「中身に『贄』の命が必要ないという記載があれば、僕らの勝ちだ、ユグ」
「勝ち? どういうこと?」

 色々なことを一度に言われて、ユグも混乱しているんだろう。本当に困ったような顔になってしまった。ぐっと下がった口角が、可愛い。

 ユグの下唇に親指を当てると、ふにゅふにゅと揉む。柔らかい。

 ユグは擽ったいのか、ほんの少しだけど笑顔が戻った。

「『命の水』だけ必要なら、『贄』の命は必要なくなる。そのことを証明できたら、ユグはもう逃げ隠れしなくてもよくなる筈だよ!」

 ただ、今度は『命の水』を捧げると何故世界樹の声が聞こえるようになるのか、という次の疑問が出てくる。でも、もし『贄』の死が必要ないと証明できれば、今度はヨルトとドルグ、それに守り人の協力も得た状態で真相を探ることができる。

 ここまでくれば、世界樹が枯れる謎の原因究明までもうあと僅かだ。ユグの命の危険もなくなり万事円満解決、というのが僕の希望的観測だった。

 でも、ユグはまだ不安そうに目を泳がせている。

「でも、オレ、ずっと隠れてた。世界樹の声聞こえなかったの、知らなかった。けど、オレのせいだってみんなきっと怒る」
「怒る……」

 なるほど。仮に『贄』の死が必要なくなったとしても、十年間隠れ続けていた責任を問われる可能性があるとユグは言いたいらしい。

 確かにその可能性は排除はできないかもしれない。十年もの間聞こえなかったことで生じた苦労を、原因であるユグを責めることで発散して清算、そこから切り替え、……とか。

 偉そうでちょっと独善的に見えるファトマさんの顔が、脳裏に浮かんだ。うわ、ありそう……! というのが、僕の素直な意見だ。

 見せしめと次の時代への切り替えにうまく利用されることだって、十分考えられた。すごく嫌な考えだけど、僕ら地上の生き物と守り人一族の考え方は大分違うだろうから。

 ユグの意見を聞いておいてよかった。長年離れていたとはいえ、守り人文化についてはユグの方が肌感覚で理解している。それに、理屈よりも感情を取ってゴリ押しすることは、すでにワドナンさんが保守派な姿勢を貫いて調査をさせなかったことで実証済なんだから。

 だとしたら、守り人全体ではなく、とにかくまず最初にあの人を陥落させるしかない。

「うん、分かったよ、ユグ」
「分かった? 何が?」

 不思議そうなユグに、微笑みかける。

「明日調査結果を確認した後、ワドナンさんだけを何とか捕まえて話をしてみる!」
「え……っ、でも、オレのこと言ったら、アーウィンが怒られる!」

 なんと、ユグは僕が怒られることを心配してくれていたのか。やっぱりユグは優しいなあ。

 胸がキュンとしてしまい、堪らなくなってユグの顔を引き寄せる。チュッと音を立てて唇に触れるだけのキスをすると、一瞬戸惑った顔をしていたユグが、すぐに僕の後頭部を引き寄せて斜めに口を重ねた。んむう。

「アーウィン……!」
「ん……っ」

 くちゅくちゅと舌を絡め合い、身体もぴったり隙間なく埋める。温かくて、まるでユグと溶け合っているように思えた。なんだこれ、凄く幸せな気持ちになる。大好きな人とくっついてキスをするのって、どうしてこんなにいいんだろう。

 ――どれくらいそうして口づけを交わしていたんだろうか。

 さすがに互いの息が上がってしまい、ゆっくりと顔を離す。口の周りを唾で濡らしたユグが、少し赤らんだ顔をして僕を見つめていた。きっと、僕も似たりよったりな顔をしているに違いない。だって、ユグの目つきが物欲しげなものになっているから。

「……ユグ、安心して。僕はこれでも人間族の代表だよ。それに、僕には小人族と巨人族の代表という仲間もいるから、彼らを味方につけたら百人力だよ!」

 と、何故かユグが目をスッと細める。

「その人たち、いい人? 信じられる? 裏切る、しない?」

 ど、どうしたんだろう、急に雰囲気が怖くなったんだけど。

「え……裏切ったりはしないと思うよ! 彼らだって世界樹が枯れ始めた理由を調査しに来ている仲間なんだし、それに妙に僕には優しいっていうか!」
「優しい? アーウィンにだけ? どういうこと」

 ユグの声が半音低い。目つきも睨んでいるみたいに見える。

 あれ、あれれ?

 ユグが唸るように言った。

「巨人族と小人族、人間族狙ってる奴らだ。オレ、そいつら信じられない」
「え? どういうこと? なに、人間族を狙ってるって」

 なんでユグがそんなことを言うのかが分からなくて、キョトンとしてユグの目を見る。

 すると、ユグがぶすっとした表情で実に嫌そうに続けた。男臭い端正な顔をそんな子供っぽくしたら、可愛くて仕方ないんだけど。

「オレ、聞いたことある。地上の三種族が分かれて住んでるの、巨人族と小人族が人間族襲うからって」
「は?」

 僕はそんなことは聞いたことがないぞ。師匠だってそんなことは一度も言ったことはなかったと思う。

 巨人族の男が人間族の女性を嫁にしたがっているとか、小人族の女が人間族の男を囲んでハーレムを作りたがっているという話は、確かに師匠から聞いたことがある。

 でもそれも「らしいぞ」という噂話程度の信ぴょう性しかないものだったから、僕も兄さんも「へえー」程度でしか捉えていなかった。

 ……まさか、それって本当のことなんだろうか? でも、それにしたって僕は男だから巨人族の嫁には成り得ないし、ドルグだって男だから僕を囲んでハーレムは作れないし。

 ちらりとユグを見る。……まあ、ユグも男だけど。そんなユグの恋人は、男の僕なんだけど。

 ユグは物凄く不満げな表情で、それでも説明をしてくれた。

「昔に、人間族を争って戦争起きたって。だから世界樹、国を三つに分けた。人間の国入っちゃ駄目って約束したって」
「なにそれ。僕、そんなの聞いたことないよ」

 ユグは下唇を突き出したまま首を横に振る。

「守り人、みんな知ってる。『天界からの使者、地上を三国に定める。均衡を破る者いれば、世界樹を枯らし種を滅ぼすと設定す』って」
「――はいっ!? なに今の!」

 片言がまだ半分抜けていないユグのやけに滑らかな言葉に、思わず目を大きくした。

「守り人、小さい時から覚える。それのひとつ」

 なんと。

「人間族、狙われやすい。巨人族も小人族も、信じられない」
「ええー……」

 ぶ、と下唇を出してしまったユグを見て、僕は困り果ててしまった。
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