世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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50 決意新たに

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 ユグの話がワドナンさんのひと言で容赦なく終了したところで、ようやく本題へと移る。

 描き取った石盤の絵や古代文字を交えながら、これまでユグと二人で調べて分かったことを全て伝えた。

 二人とも、さすがはその道の第一人者だ。先程までの情けなさを通り越して哀れみを誘う悲嘆っぷりは一瞬で鳴りをひそめ、研究者の目に変わる。

「なるほど。祭壇に古代語が記されていなかったのは、あれが後に作られた物だったからか!」

 ヨルトが感心したように幾度も頷く。まだ少し赤味が残る目尻を緩ませて、いつもの如く僕を褒めてきた。

「さすがは実直さに定評のある人間族の代表だな! このように可愛らしい存在だというのに鋭い考察に、感服した!」

 これまでヨルトが僕をやたらと褒めてくれていたのは、人間族だからという偏見を通して見ていたからなのか。

 何とも言えない微妙な気持ちになったけど、今は僕の感情よりもシュバクくんの命の方が大事だ。

 何も触れず、頷き返した。

「本物の祭壇にある器の中に記された古代語は、全ては解読はできませんでした。ですが、あそこに守り人の血を捧げれば再び世界樹の声を聞けるようになる筈なんです。僕はそれをニッシュさんに伝えようとしたんですが……」

 僕の言葉の後を、ワドナンさんが続ける。

「背景を知らされていないファトマにこの事実が知られたら、いいように使われる可能性は高い。だから、俺が止めた」
「シュバクくんの命を助けたい一心だったんですが、それがユグの命を危険に晒す行為だとは考えなくて……正直悔しいです」

 唇を噛み締めると、ワドナンさんが苦笑しながら僕の頭をぽんと撫でた。……優しい。

「ファトマは昔から俺に反発していてな。だが、まさかあんな暴挙に出るとは思わなかった。あやつに守り人を任せたら危険極まりないことが証明されたな」

 ワドナンさんが腕組みをして、忌々しげに唸る。ワドナンさんにしても、権利もないのに勝手に守り人を扇動しようとするファトマさんには手を焼いていたのかもしれない。

 ファトマさんがユグを『贄』として捧げる最後の後押しをしたことから、ワドナンさんの中ではファトマさんはただの可愛い息子ではなくなってしまったんだと思う。……悲しいけれど。

「もしこの事実だけがファトマさんに知られていて、ユグのいる場所を襲撃されていたらと思うと……本当にありがとうございました」
「お前はファトマもニッシュもよくは知らんだろう。仕方あるまい」

 ワドナンさんはそう言って慰めてくれたけど、あのままニッシュさんに伝えていたらどうなったかと想像しただけでゾッとした。咄嗟に冷静に判断するのがいまいち苦手な僕の浅はかな行動で、ユグの命が一瞬で危険に晒されるところだったのだ。

 十年という長い歳月の間、息子を守る為に周囲を欺き続け、世界の存在すら危険に晒す決意をした深慮のワドナンさんとは大違いだ。

 客観的に見たら、ワドナンさんの行動は短慮とも取れるかもしれない。だけど僕には、ワドナンさんが考えに考え続け、あの時取れた行動の中で最適を選んだのだと思えた。

 人ひとりの命に全てがのし掛かる世界なんていう考え自体がそもそも異質だったのだと気付く人が気付けるだけの時間を、ワドナンさんが与えてくれたんだ。

 ドルグが、感動したように緑の瞳を潤ませる。

「これまで私たちに詳細を語れなかったのは、恋人の守り人の命を守る為だったのですね……! 恋の勝負に負けてしまったことは悔しいですが、人間族の相手を思いやる純粋な気持ちをこの目で見ることができて、一生の宝物ができました!」

 ヨルトがうんうんと大きく頷いた。

「人間族が持ち得る尊き心根は、我々の国ではなかなか拝めるものではあるまい。我々は僥倖に逢ったのだ、ドルグ」

 ヨルトの言葉に、僕の頬がヒクッと引き攣った。巨人族と小人族の国って、そんなに思いやりのない国なんだろうか。怖いから一生行かなくてもいいかもしれない。

 ドルグが感極まったとばかりに目尻をそっと拭う。華奢で妖艶な姿だけど、これに騙されちゃいけないんだな、ということを今回のことで僕は学んだ。他種族の常識は人間族の常識ではない。怖い怖い。

「ええ、ヨルト……! 正直巨人族は気に食いませんが、貴方とだけは友人になれそうです」
「それは俺の言葉だ、ドルグ。アーウィンの愛らしさを語り合う相手としては、ドルグ以上に最適な相手はおるまい。これからよろしくな!」

 ガッチリと握手を交わす二人。というか、この二人って仲よくなかったのか。てっきり仲良しだと思っていた。

「……ということで、今後の方針を話し合いたい。併せて、貴殿らの協力も得たい」

 胡座を掻いていたワドナンさんが、スッと背筋を伸ばす。

「頼む。この通りだ。不甲斐ない守り人がしでかした罪を、取り返しがつかなくなる前に是正したいのだ」
「ワ、ワドナンさんっ!?」

 床に額がつきそうな角度で、ワドナンさんが頭を下げたのだ。

 ヨルトが、ワドナンさんの肩に大きな手を置く。

「……頭を上げられよ。元より我々は、世界樹が枯れゆく事態を憂いて行動していたのだから」

 もう片方の肩に、ドルグが小さな手を置いた。

「ええ。これは守り人だけの問題ではなく、世界の生き物全ての問題ですよ。声が聞けないだけで世界が滅びる原因にはなり得ませんからね。そこには別の要因が必ずある。研究者ならば誰もが知っていることです」

 二人が、笑顔で僕を見る。

 二人の僕に対する執着度合いははっきり言って異常だけど、それ以上に彼らは研究者なのだ。

「ええ。僕らは研究者、そして各種族の代表としてここに来ているんですからね!」
「おお、やるぞ!」
「当然です、我々の力があれば不可能も可能にできますよ!」

 力強く頷く僕らを見て、ゆっくりと顔を上げていたワドナンさんの顔がクシャリと歪んだ。
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