宝珠の神子は優しい狼とスローライフを送りたい

緑虫

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32 なんかおかしいぞ

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 グイードってもしかして俺のことを!? と気付いたら、注意力が逸れていた。

 俺のことを引き寄せたセドリックの唇が、俺の耳に触れる。

 へっ? うわあっ!

「あの場に妹がいなければ、私はッ!」
「セ、セド、」
「――皆様、陛下の到着でございます!」

 宣言と共に、楽隊の演奏が唐突に始まった。押し寄せてくる音色に我に返ったのか、セドリックがパッと俺から離れる。

 あ……っぶなかったあああ! 俺は心の中で大きく息を吐いた。

 前回同様、ステンドグラスの横の扉から入ってきた獣王。何となく草臥れた雰囲気が香ってきている。あの人、前もそうだったけどいつもどことなく気怠げだよな。余程宰相に振り回されているのかもしれない。

 で、対照的なのは獣王に追従して入場してきたその宰相だ。スパンコールでも使ってんのかっていうくらい金銀にド派手で豪華絢爛な衣装に身を包んで、どこからどう見ても浮かれている。スキップでもしそうな雰囲気っていうのかな。皺だらけの顔に浮かぶ狂人っぽい笑みが純粋に怖い。

 玉座の前に獣王が立ち、その右横に宰相が並ぶ。二人の視線が、スッと俺を捉えた。うわ、嫌な予感しかしない。

 そして俺の予感は的中した。

「神子様、そのような場所におらず、前においで下さいませ! そして是非共帝国を支える者たちへの有り難きお言葉を!」
「げ」

 みんなの注目を浴びながら挨拶? や、やだ! 俺そういう目立つの大っ嫌いなんだってば! 思わず一歩下がったら、トン、と頭と背中が何かに当たる。うわっと思って振り仰ぐと、何故か少し息が荒くて苦しそうな表情のセドリックがいた。

 君さ、やっぱり具合悪いよね? だからさっきからなんか危なげな発言を連発しちゃってるのかな? 分かるよ、具合悪い時って後になって「言わなきゃよかった」って発言しちゃって後悔しがちだよね。

 なんて一瞬で考えたけど、となると今の状態のセドリックに挨拶を手伝ってもらったりしたら、この間の宰相と揉めた時みたいに暴走する可能性だってある。言っちゃ悪いが、俺はもうこれ以上邪魔はされたくない。ということは――自分で頑張るしかないってことだ。すっごい嫌だけど。だけど、俺はグイードを探しに行くんだ。だからここで立ち止まっている訳にはいかないんだよ。気張れ、俺!

 俺は自分で自分を鼓舞すると、両手の拳をギュッと握り込んだ。

「い、行ってくる」
「ヨウタ様……ご無理は」

 セドリックが、熱に浮かされているような虚な声で俺を呼び止めようとした。だけど、俺はもう振り返らなかった。手足が左右同時に出ている気がする中、大股でずんずん玉座に向かう。と、宰相はすすっと横へずれ、俺を獣王の隣に立たせた。

「神子様、尊いお言葉を頂戴いただけますかな」

 ニヤリと笑う表情から、俺のことを尊いなんて欠片も思ってないのが単細胞な俺にだって分かった。こいつの頭の中は、獣国の為か、はたまた自分の権威を守る為か、いずれにせよ俺をそっちの利益の為に使ってやろうという打算しかないのが見てとれた。なーにが神子様、だ。

 ちらりと横に立つ獣王を見上げる。首が痛くなるくらい上にある獣王の仮面の下の目が、何故か驚いたように俺を見ていた。え、なにその顔。牙が覗く獣王の口から、「ギリ……ギリリ……ッ」て耳を塞ぎたくなる音が聞こえてくるんだけど。

「神子様、ご挨拶を」

 唸るような声で促されたお陰で右隣の方が恐ろしくなり、会場にいる獣人たちの目が一切気にならなくなった。最早どうでもいい。

「こっ、今回神様に選ばれた神子の陽太です! まだこちらの世界のことはよく分かってませんが、そのっ、少しずつ慣れていきたいと思います! よろしくお願いします!」

 一気に喋った勢いでそのままお辞儀しそうになったけど、「あ、首を差し出しちゃいけないんだった!」と直前で思い出しググッと堪える。へ、へへ……! と愛想笑いを浮かべながら会場を見渡すと、やっぱり令嬢っぽい人は全然いない。視界の片隅に目をギラギラさせたセドリックが見えたけど、今は見ないようにした。

 パン! と宰相が手を叩いた後、会場の人たちに向かって声を張り上げる。

「ではこれより神子様の番い候補に選ばれた者を紹介して参ります! あっ、神子様はそのままで! ――候補者の者よ、前に整列し、神子様に顔をお見せするのだ!」

 すると、手前で歓談していた人たちが後ろに下がり、代わりに続々と前に出てくる着飾った若い男たち。……は? なんでセドリックも前に出てきてるんだ?

「え……あの、どういう……?」

 見る間にずらりと俺の前に整列したのは、二十人ほどの獣人の男性だ。もう一度言う。男性だ。全員種族が違うのか、背の高さも横幅もフォルムもバラバラだ。だけど共通しているのは、どいつもこいつも高そうな仕立てのいい服を着てるってことだった。

 宰相が、俺の隣に突っ立っている獣王に声を掛ける。

「獣王様も、今回名乗りを挙げておられる! 神子様の寵愛を得る者の一族が次代獣王となる! 心して勝負に挑むように!」

 宰相の言葉の後、うおおおーっ! という雄叫びやら拍手やらで会場が一気に騒がしくなった。

「お前が候補者なのか! 頑張れよ!」
「陛下も参戦されるとは! 猫族一強かと思ったが、これは分からなくなってきたぞ!」

 とかいう興奮気味の声が聞こえるけど、だからちょっと待って、俺の頭がついていけてないんだよ。

 呆然としながら、相変わらず無言で横に突っ立っているだけの獣王を見上げた。

「あの……俺、男なんすけど」
「……そうですね」

 苦しそうな唸り声で返される。だから怖いって。

「候補者、みんな男に見えるんですけど」
「そうですね」

 お前はそうですね以外言えないのか! て叫びたくなったけど、懸命に欲求を抑え込んだ。耐えろ俺、今は問い質すのが先決だ。

「俺、子供は生めないよ……?」

 すると獣王が、仮面の下にあってもありありと分かる苦渋に満ちた顔をして答えた。

「宝珠の神子は、男女どちらかを問わず宝珠の力により子を宿すと言われております。これまで男の神子も幾人もおりましたが、全員子を生み落とされております」
「……はい?」

 俺の顔から、取り繕う表情が消え失せた。
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