宝珠の神子は優しい狼とスローライフを送りたい

緑虫

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38 涙の再会

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 城の中庭から中門を潜る。

 雑草が生い茂る暗い塀と塀の間を通り抜けると、苔むした古そうな塔があった。塔の入口には、医者っぽい人と、騎士団の服を着ている人が何人か待機している。みんなセドリックを見るとホッとした顔になって、その後から来た俺の顔を見ると悲しそうな顔になった。

 セドリックが問う。

「狼族の者の容態は」

 医者っぽい人が、首を横に振りながら答えた。

「大量出血に複数の骨折が遠目からでも確認できました。このままでは失血死は免れないでしょう。すぐに手当てしたとしても、今後歩けるようになるかは……」
「俺が行く。ここだよね?」

 二人の間を押し通る。内部の壁に松明が掛けられているのが見えた。医者っぽい人が慌てた様子で俺を止める。

「神子様、危険です! 近寄った者は片っ端から攻撃され、怪我人も出ているのです!」
「いいから心配しないで。俺は死なないし怪我もしないから」

 入口の前まで行くと、振り返ってセドリックを見上げた。

「セドリック、絶対捕まえろよ。あいつだけは許さないからな」
「――御意」

 セドリックの真剣そのものな顔を見て、俺はひとつ頷いてから中に入った。入ってすぐに、地下に続く螺旋階段がある。

「グイード! 俺だよ、ヨウタだよ!」

 足早に階段を下りていくと、冷たい印象を与える石畳の階に出た。壁に掛けられた松明の明かりを頼りに、鉄格子が両サイドに並ぶ通路を進んでいく。

「グイード? どこ?」

 すると、奥の方から「……グルル」という低い唸り声が聞こえてきた。

「グイード!」

 カビ臭くて暗い通路を一気に奥まで駆け抜けると、突き当りに開け放たれた鉄格子が見える。その奥に、グイードはいた。

 ――血溜まりの中で、今にも死にそうな弱い呼吸をしながら。

「ヨ……タ……」

 グイードの血まみれの顔の中で、目だけが弱々しく俺の方に向けられる。

 頭の中が、真っ白になった。

 次の瞬間、ドゴオオオオンッ! という耳をつんざくような音と共に、雷がすぐ近くに落ちた振動が伝わってくる。直後、ドワアアアッ! という歓声のようにも聞こえる雨が地面を叩く音が、世界の音を全て奪っていった。

 滲む視界の中、グイードの元に急いで駆け寄る。

「グイード……遅くなってごめん、俺が全部悪かったんだ」
「ヨ、タ、お前は……悪く……な……、守……なく……すまな……」
「ううん、あんな最低な奴の口約束を信じちゃった俺が馬鹿だったんだ」

 疑わないといけない場面でも信じちゃうとか、本当俺は単細胞でダメな奴だ。自分が嫌になる。

 周囲を見渡すと、趣味の悪い拷問道具が乱雑に置かれている。その中のひとつに、クナイのようなただ相手を刺す為だけに作られたのだろう武器が置いてあった。

「ヨ……なに、を」
「グイード、俺が絶対死なせないからね」

 クナイを手に取ると、反対の手の手首を出す。グイードの目が見開かれ、「まっ」という止める声がしたけど、無視して一気にぐさりと突き刺した。激痛が走る。

「ツ――ッ」

 突き刺さったクナイの周りからは血が滲んでいるけど、これじゃ全然駄目だ。俺はグイードの前に座りグイードの大きな頭を俺の膝の上に乗せると、にっこり笑ってから引き抜いた。

 ブシュッ! と血が激しく吹き出す。

「グイード、飲んで」

 それでも目を見開いたまま動かないグイード。俺はグイードの口を開くと、血がドボドボと溢れ出している手をぐいっと中まで突っ込んだ。

「ヨ、ゴボッ」
「俺は大丈夫。どうせすぐ傷は治る筈だから」

 安心させる為に更に笑顔になると、泣きそうな目のグイードが俺を見返してきた。やがて、ごくん、ごくん、と俺の血を飲む音が聞こえ始める。と、みるみる内にグイードの腫れていた目元が治っていくじゃないか。

 おお、宝珠パワーさすが! 歪な方向に折れ曲がっていた足が真っ直ぐに伸びていき、力が抜けていたグイードの身体に活力が戻ってくるのが分かった。

 ペロ、とグイードの口の中で俺の手首が舐められる。痛みは薄れ始めているから、もう治ってしまったのかもしれない。

「グイード、どう? 痛いところはない? 足りなかったらもう一回出すから」

 手を口の中からゆっくりと引っこ抜くと、案の定傷はきれいになくなっている。だけど顔を上げた瞬間、くらりと目眩が起きて後ろに倒れていった。

「ヨウタ!」

 グイードは素早く起き上がると、俺の胸元を咥えて自分の方に引っ張る。ぼふ、と大分ゴワゴワしちゃったけど大好きな俺だけのもふもふに倒れ込んだ。

「馬鹿なことを……! お前こそ具合は大丈夫なのか?」
「グイード……治った?」

 ひし、とグイードにしがみつく。……グイードのもふもふが減ってきてる。そうなるかもなってちょっと期待してたんだ、実は。

「グイード、残ってる血も舐め取って。お願い」
「え? わ、分かった」

 グイードの前に重く感じる腕を差し出すと、マズルが短くなっていくグイードが舌を出し、あれ? という表情になった。

 あは、グイードはまだ気付いてないんだ。グイードの胸に、甘えるようにしなだれかかる。

「グイード、俺グイードが大好きなんだ」

 グイードは俺の腕に付着した血を舐めながら、嬉しそうに目を細めた。いつもそんな表情をしてたんだね。狼の顔じゃ分かりにくいから、こんなにも艶やかなものだとは思ってなかったよ。

 その分、行動で表してくれるところも大好きだけどね。

「オレもヨウタが大好きだ」
「俺は世界で一番グイードが好きだよ。グイードは?」

 俺の言葉を聞いて、グイードが純粋な笑みを惜しげもなく見せてくれた。もしかしたら、笑ってる自覚もないのかもしれないけど。

「当然世界で一番だ。他など考えられない」
「じゃあさ、抱き締めてよ。俺、グイードと離れてずっと怖かったんだ。もう会えなかったらどうしようって、ずっとずっと不安だった。だからここにいるって分かるように抱き締めてよ」

 すると、グイードが野性味を感じさせる端整な顔を歪ませる。グイードは狼の時から滅茶苦茶格好よかったから絶対格好いいと思ってたけど、やっぱり予想通り滅茶苦茶格好いい。へへ、俺の予想が当たったじゃん。

「だが、オレには抱き締める腕は……」
「何言ってんの、あるだろ」
「え?」

 グイードが、鳩が豆鉄砲を食らったような表情になった。
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