【完結】悪役令嬢だった僕は、蛮族の国で拳で人生を切り拓く(予定)

緑虫

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 暫くして何かから立ち直ったエンジに朝稽古をつけてもらっていると、デジャヴのように双子が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「アーネス! どこも何ともないか!?」
「あ、ウキョウおはよう!」

 ウキョウは僕の両肩を掴むと、上から下まで異常がないことを確認していく。

「ちゃんと寝られたの? クマはできていない? アーネスの肌は綺麗だけど皮膚が薄いから……っ」

 サキョウはというと、人の顔を両手で挟み込んで、僕のお肌チェックを始めてしまった。

「サキョウ、爆睡だったから大丈夫だってば」

 実は僕は、これまで曲がりなりにも侯爵令嬢としての立場があったので、お肌には結構気遣ってきた。

 だけど正直、ケアは面倒でしかない。女装解除にこれ幸いとサボったところ、サキョウに滅茶苦茶怒られてしまったんだよね。

 以来、こうしてしょっちゅうお肌チェックが入る。女装はしてないから、もうよくない?

 僕におかしな様子がないことを確認した双子が、ほっと肩を撫で下ろす。

「昨夜、お風呂上がりにエンジ様が『アーネスが俺の部屋でぐっすり寝てるんだが』って言ってきて、もう驚いたのなんのって!」
「ご、ごめん……ベニに捕まっちゃって」

 風呂上がりに自分の部屋で爆睡している人間がいたら、そりゃ驚くだろうな。聞かされた方だって、「また!?」てなるのも分かる。

「しかもあまりにもスヤスヤ寝てるし、近付くとベニが威嚇するから連れ出せなくて! エンジ様が見てくれるっていうからお言葉に甘えたけど、心配したのよ!」

 かったるそうに寝そべっているベニをチラリと見る。君、威嚇したの? 何やってんだよ。

 ベニはどうでもよさそうな顔で欠伸をした。ベニさ、誤魔化そうとする時に欠伸してない?

「ベニが離してくれない内に、温かくなってつい……ごめんね」
「まあ魔獣相手に逃げるのは無理だとは分かるけど、せめて声を上げるとかなかったの?」
「――あ、その手があったか!」

 すると、三人ともに可哀想な子を見るような目で見られてしまった。な、なんだよその目は!

「しかもいい夢を見てたのか笑ってたし」
「は?」

 え、みんな僕の寝顔を見たの? そっか、そりゃそうだよな。でもうわあ、恥ずかしい、涎は垂らしてなかったかな……。

 サキョウが腰に手を当てて、鼻息荒く続ける。

「とにかく! 今夜からは私かウキョウがアーネスの護衛をもっと厳しく――」
「ああ、そのことなんだが」

 エンジが、言いにくそうにサキョウの言葉を遮った。

「多分、いやきっとベニはこれから毎日、隙あらばアーネスを確保しようとするだろう。無理に引き離そうとすれば、お前らが怪我をする可能性が高い。だからやめておいた方がいい」
「はっ!? どういうことですエンジ様!」

 ウキョウがエンジに食ってかかる。エンジにいつもの飄々とした様子はなかった。ベニを止められる気がそもそもしていないのか、諦観を漂わせながら続ける。

「ベニがアーネスに危害を加えることはまずない。だが多分、毎晩俺の部屋に連れてくる」

 これに、サキョウが食い下がった。

「私たちはアーネスの祖父であらせられますエーリッヒ・ブフタール様に、アーネスの身を何としてでも守るよう言いつかっております。絶対に危険がないと仰られる根拠がないことには、エンジ様とはいえ了承はできかねます」

 これまでエンジに対しては一貫して敬う態度を示してきたサキョウだけに、この反論は意外だった。

 エンジが、不貞腐れた顔をして答える。

「理由は言えない。だが絶対に平気だ。俺が保証する」
「何故断言できるのですか」

 サキョウが更に尋ねた。気不味そうに黙り込んで目を逸らすエンジを、じっと見つめるサキョウ。

 すると何かに気付いたのか、ハッと口を手で押さえた。

「まさか、使い魔の特性……!」

 それまではいつもより弱々しい様子だったエンジが、サキョウをギッと睨みつける。途端、一気に空気が緊迫したものに変わった。

「――何故そのことを知っている」
「……以前ミカゲ様よりお聞きしたことがありまして」

 ピリピリした空気が、肌に痛い。

「あのクソジジイ……機密事項だぞ」

 エンジが吐き捨てるように言った。て、え!? クソジジイなんて言っちゃっていい関係なの!?

 ギロリとした目でエンジがサキョウを見下ろす。

「いいかサキョウ。それは使い魔を持つ人間と周りのごく一部の人間のみが知る情報だ。安易に広めていいものではない。理由は分かるな」

 サキョウの表情が真剣なものに変わった。

「は。特性を利用し悪用される可能性があるからです」
「そこまで理解しているならいいが、このことは他言無用だ。そっちのミカゲのところの坊主にもだぞ」
「は。しかと心得ました」

 サキョウがスッと頭を下げる。

 これでこの話は終わったのか、エンジがくるりと背中を向けて屋敷に戻り始めた。

「腹が減った。朝食を頼む、アーネス」
「あ、はいっ!」

 返事をして、パタパタとエンジの後を追いかける。

 後ろから、ウキョウの納得のいかなそうな声が聞こえてきた。

「なんでサキョウは名前なのに俺だけ坊主なんだよ……」
「まあまあ」

 それは僕も思った。

 それにしても、使い魔の特性ってなんだろう? 機密事項だと言っていたから、聞いたところで無駄だとは思う。だけど、これだけベニに構われている立場としてはとっても気になるんだよなあ。

 ああでも、僕だってエンジに話していないことがまだまだあるからお互い様だし……うう、聞き辛い。

 走ってもなかなか追いつかないエンジの背中を見つめながら、やっぱりこの人は謎だらけだな、なんて思った。



 エンジが言っていたことは、現実になった。

 日中はエンジが「ベニ、お前は俺と来るんだ!」と面倒くさそうな表情のベニの耳を引っ張って仕事に連れて行ってくれるから、ベニに攫われずに済んだ。

 だけど、晩ごはんとお風呂が終わって寝る準備が整った段階になると、必ずベニがやってきて、当然のように僕を持ち上げてエンジの部屋に連れて行く。

 そして始まる毛繕いと言う名の舐めまくり……。

 エンジがベニに「顔中を舐めるのはやめろ! アーネスが苦しそうだろうが!」と言って守ってくれるようになったので、助かった。

 だけど、その代わりとばかり、今度は隙あらば僕に尻尾を絡ませてこようとする。そんなベニから守るべくエンジが取った手段は、僕を正面から筋肉で包んでくるというものだったから堪らない。

 これ何のご褒美……!? と興奮の毎日が始まった。

 ある日、あまりの弾力の心地よさに調子に乗った僕は、エンジに頼み込んだ。

「エンジの筋肉、触ってみていいですか?」と。

 エンジは変な顔をしていたけど、「……好きなだけ触れ」と許可してくれた。なので、お言葉に甘えてまずは上腕二頭筋から上腕三頭筋の流れで弾力を楽しむ。それから大胸筋に腹斜筋の膨らみと溝の高低差に感動し、更にずっと気になっていた発達した肩の筋肉である僧帽筋を手で挟み込み、興奮して垂れそうになった涎を啜った。

 触られている間、エンジはずっと無の表情で僕を見ていた。興奮し過ぎてごめんなさい。だから本当は触ってみたかった腿の大きな筋肉である大腿四頭筋と、お尻である大臀筋、更に「絶対板みたいに硬いんだろうな!?」て思える鼠径部の腹直筋下部は遠慮したんだ。でもいつか機会があったら触ってみたいと思っている。

 エンジが呆れ顔で聞いてきた。

「……そんなに筋肉が好きか」
「大好きです! もう憧れです! 僕もムキムキの漢になるのが夢ですから!」

 にっこにこの笑顔をエンジに見せると、エンジは僕の頭をボールみたいに掴んで「……頑張れ」と言ってくれた。

 エンジは「ベニに連れ去られないようにする為」と、僕に腕枕をしてぎゅうぎゅうに抱き締めながら寝る。筋肉布団にウッハウハな僕は、最初こそ照れていた。だけも数日経つ内に、羞恥心をかなぐり捨てて筋肉を堪能することを選んだ。

 だってフワフワムチムチな筋肉だよ!? 僕の選択は間違っていなかった、と今でも思っている。

 それに、エンジと一緒に寝るようになっていい効果もあった。

 そう、エンジの寝酒がなくなったことだ。

 前頃エンジは、浴びるほど飲んでは、床に空の酒瓶を転がしまくっていた。だけど今はベニがさっさと僕を連れてきちゃうので、深酒をしている余裕がなくなったんだよね。

 時折飲みたそうにはしている。だけど「エンジは飲み過ぎですよ」ってチクリとやると、「……分かった」とびっくりするくらい大人しく言うことを聞いてくれるんだ。

 厳つい外見と素直な内面とのギャップに、僕は「推しが素直すぎる……!」と日々悶えている。

「……寝るぞ」
「はい!」

 ムギュッと自分からエンジに身体を預けると、エンジが僕をキツく引き寄せた。ベニは諦めたように僕の背中に身体をくっつけるだけで、もう僕を引き寄せて独り占めしようとはしない。

 ……でもよく考えたら、エンジがいる時はどこかへ連れ去ろうとしたことは一度もないかも? あれ?

「よく寝られるんだ」というお香の煙が月明かりにたゆたう様を眺めながら、エンジとベニの温かさを堪能する。

 ヘルム王国にいる時には一度も感じられなかった温もりが、ここにはあった。

 筋肉と魔獣という、普通だったら考えられないものにサンドイッチされている今の状況。「なんでだろう」感は拭えないものの、温かいから構わないと思った。

「おやすみなさい、エンジ」
「ああ。明日は早い。早く寝るんだぞ」
「はい……あふ……」

 そして、翌日。

 とうとう、王者決定国家武闘会の本選が始まった。
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