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〖第20話〗
しおりを挟む彰の日課は、起きたらまずカーテンを開け、お湯を沸かす。外を見ながら豆から淹れた珈琲を飲むためだ。
昔母が言っていた。
『美味しさは手間がかかるものなのよ。彰が好きなトマトソースで煮込んだロールキャベツも、ちょっとだけ面倒なの。でも、美味しいでしょう?時間と手間と愛情をかければ、うまくいくものなの。料理だけじゃないわ。全てのことがそうよ』
『じゃあ、おとうさんはどうして、お家に帰ってこないんだろう。毎日おかあさんは美味しいご飯と、綺麗なお洋服を着て、夜遅くまでおとうさんが帰ってくるのを待っているのに』
幼い頃の彰はそう思った。そしてそれを決して口にしてはいけないことも知っていた。
ヤカンに火をかけ湯を沸かす。卓上ポットは邪道だと、にわか風情を語る自分に、苦笑する。
お湯を沸かす間、流行りの歌なんかを口ずさんだりする自分に照れる。
速い英語の歌詞には上手くついていけないのに。
もう自分も若くない。
仕切り直すように、お気に入りのウエッジウッドのマグカップに珈琲を淹れて、プレイヤーで、CDをかける。チェット・ベイカーという有名なジャズシンガーらしいが、詳しくは知らない。
前に別れた彼女がCDを忘れていった。そのCDが、朝聴くのに心地良いから、プレイヤーで流す。それだけだ。
飽きたらタカラにあげればいい。タカラは音楽の趣味が雑食だから、どんなジャンルのCDも、あげると喜んでくれる。
タカラの車のBGMもそんなタカラらしく、重厚なクラシックの後に軽快なリズムの洋楽のラップが流れたりする。最初は驚いたが、今は慣れて楽しい。
そんな同僚であり親友のタカラは、踏込みの線引きが上手い。
「あ、あの」
声をかけられ、彰は、窓の外からベッドから身体を起こした女性に視線を移した。
珈琲の温度が丁度いい。
「目、覚めました?」
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