【完結】資産家令嬢、伯爵家の使用人になる ~その問題、私の持参金で解決しませんか?~

野々宮なつの

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22.結婚してください

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 「とにかく今は執事も来るから後で話そう」と言われて書斎を追い出されたエヴァ。
 先ほどまでの興奮状態がいったん収まると、指先が震えてきた。
 震えはだんだんと全身に広がり、足まで伝わるとエヴァは空き部屋に入り込んでしゃがみこんだ。

 ――私、プロポーズしちゃったわ!

 自然と顔が熱くなり赤らむのを感じた。
 興奮が全身に伝わり、今では体中が熱い。
 
 ――どうしよう、告白しちゃった!

 「え、そうよね? プロポーズってそういうことよね? 私好きって伝えたってことよね?」

 ――言わなかったっけ? わからないわ。覚えてないもの。でもそうよね?

 一時の興奮状態が収まり、自分の行動を振り返ると恥ずかしくて叫び出したい気持ちになるけれど、後悔はしていなかった。

 アルバートはああ言ってたけれど、契約通りお金を払わなければいけない場合、取れる行動はそうないはずだ。
 屋敷を売って金を作るか、何処かから借りるか。
 銀行は貸すだろうか? それとも誰か知り合いの資産家を頼るだろうか?
 それともエヴァの求婚を受けるか。
 
 姉と両親に手紙を書いておこうと思った。
 もしかしたら、使わないかもしれないけれど屋敷を手放したくないならアルバートはきっとエヴァの提案にのるだろう。

 ――でも屋敷を残すことにどれほどの価値があるのかしら?
 
 頭の片隅に、ふとそんな思いもわいた。
 ないならないなりの生活をすればいいのだ。誰もが皆そうして身の丈に合った生活をしている。
 屋敷が維持できなくなったなら、その流れに逆らわずに生活するのもまた正しい道かもしれないのだ。
 
「大きな屋敷なんてそんなに大切かしら? ……小さな家に移ればいいだけじゃない」

 唇からこぼれた言葉が、少し不満げになってしまったのは自分でもよくわからなかった。



 
 
 結局、あれからアルバートと話すことはできないまま日曜日になった。
 エヴァは先日と同じように、私服で秘密の場所にやって来た。
 今日は来ているだろうと思っていた。
 
 木の幹の裏を見ると、アルバートは持参した敷布の上に座っていた。
 ご丁寧にエヴァの場所もちゃんと残してくれている。

「いつも早いのね」
「女性を待たせるなんてできないよ」

 エヴァが腰を下ろすと、ふたりの間に沈黙が下りる。

 吹き抜ける風にエヴァが少し身を縮めた。
 それが見えたのだろう、アルバートが上着を脱ぐと肩にかけてくれた。
 ふわりと香るアルバートの香りにエヴァの心臓が少し弾む。

「ありがとうございます」
「うん、少し寒いけれど、ここは秋になるのが遅いね。まだ緑が綺麗だよ」
「そうですね」

 アルバートは雑談をしながら何かとっかかりを探しているように見えた。
 だからエヴァは黙ってそれに付き合う。

「君が来てくれてからまだ一年たってないなんて信じられないな」
「私もそう思います。なんだかいろんなことが起きて、もうずっと昔からこのお屋敷で皆さんと過ごしているみたいな気持ちになります」
「僕もだよ。ずっと昔から君が側にいてくれていたみたいだ。だからかな? なんでも話したくなるし、君に頼ってしまいたくなる」

 アルバートはそこで言葉を区切ると、緊張をほぐすためか唇を一度舐めた。
 
「実はね、屋敷を売ろうかと思ったんだ」
「えっ!」

 エヴァがバッとアルバートを振り返る。
 屋敷を売るなら結婚はしないということだ。

「でもね、それを母上に話したら泣かれてしまった」
「……」
「もう父上も兄上も死んでしまった。あの屋敷にはふたりの想い出がたくさん残っていると。想い出まで無くしたくないってね。そう言われたら何も言えなくなってしまったんだ……」
「ええ」
「あそこは、お爺様、そのずっと昔から僕らの一族が守ってきた場所だ。僕だって手放すなんて考えたくもなかった。本当に何も手段がなかったら、母上の泣き言も突っぱねることもできたかもしれない。でも、君の言葉がよぎってしまった。情けないよね」
「普通のことですよ」

 エヴァは地面についていたアルバートの左手に自分の右手をのせた。
 ほんのりと暖かい体温が手のひらから伝わってくる。
 
 エヴァは、屋敷を売りたくないのは、見栄とか矜持きょうじを保ちたいからだと思っていた。
 他の貴族に馬鹿にされたくないとか、そんな馬鹿げた理由かと思っていた。
 
 エヴァの家は祖父から始まったようなものだ。
 海を渡り一代で財を成した。
 歴史なんてない、成金だ。

 エヴァはアルバートに求婚したけれど、彼の背負う責任や奥底の大切なものに気が付けていなかった。

「エヴァ、ちゃんと恰好つけさせて欲しいんだ。君はそのまま座っていてくれ」

 アルバートは立ち上がると、片膝をついてエヴァの左手を取った。
 ポケットから小さな石のついた指輪を取り出す。
 その色合いやついている宝石から、代々伝わるものだとエヴァは気付いた。

「どうか、僕と結婚してほしい。この先何があっても君を守り、僕は一生君を大切にすると誓う」

 大きく跳ねた心臓が、全身になり響き耳の中でも鳴っているようだった。
 握られている指先に血液が集まり、アルバートの指の感触だけがやけにしっかりと感じられた。
 
 エヴァの前ではいつも少しだけ困ったような笑みを浮かべる瞳が、炎のような煌めきを宿して輝いているようだった。
 エヴァは熱い息を吐きだすと頷いた。

「私、あなたと結婚するわ」
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