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29.薔薇の下で
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視界の端でそよそよと揺れる薔薇の花たちが見える。
葉のこすれる音。
はらりと落ちる赤い花びら。
エヴァの瞳が見開かれる。
心音がトクトクと音を立てているのが聞こえる。
「本当?」
声が震える。
じわりと瞳に薄い涙の膜がはる。
「当たり前だよ」
「だって、だって私……」
アルバートがそっとエヴァの頬に手を添えた。
いつくしむように親指で優しく頬を撫でられる。
「ずっと不安だったの。あなたの気持ちを無視してたこと」
「無視?」
「私はあなたが断れない状況で結婚を口に出したのよ」
アルバートはちょっと驚いた顔をしたが、眉を下げて微笑んだ。
エヴァが好きなちょっと困ったような笑みだ。
彼の優しさが表れているようで愛おしい。けれど、優しいだけの人じゃないことはもう知っている。責任感があり、領民や家族を守るという強い意志も持っている。
ほんの少し抜けているところもあるけれど。
「確かに、あの時は僕の家の危機だった。でも、僕の方こそ危機を利用して君を手に入れたのかもしれないって思わない?」
「え?」
「だって、どうにかする方法は他にもあったんだ。でも僕は君と結婚することを選んだ。こんな情けない状況だったけど君を諦めきれなかったんだ。君の人の良さに付け込んだって思わない?」
「思わないわよ。それにいくら私でも、あなたに何の気持ちもなくって結婚なんて言い出さない!」
アルバートはゆるりと微笑んだ。
「君も僕を愛してくれてる?」
「もちろんよ!」
エヴァは小さく叫んだ。
「じゃあ、僕たちは相思相愛だ」
アルバートが本当に嬉しそうに微笑む。
白い頬が赤らんでいて、ヘーゼルの瞳が陽の光を反射してゆらゆらと煌めいている。
「実はね、僕も初めはちょっと君に想われているか自信なかったんだ。君が屋敷に来たのは、求婚者から逃げるためだって言ってたから。僕はちょうどいい風よけになるって思ったんじゃないかと思ったんだ。腐っても伯爵家だからね。君のお父君にも面目は立つだろう」
「私そんな自分勝手な女に見えてたの?」
「まさか! そんなわけないじゃないか。君はいつでも僕を励ましてくれていた。優しくて、強くて、前向きな素敵な女性だ。そしてとても美しい……。僕は世界一の幸せ者だよ、君を手に入れたのだから。どんなに言葉を尽くしても伝えきれない。君を愛しているんだ」
エヴァは顔が熱くなり、ふたたび花束に顔をうずめた。
恥ずかしくて顔があげられない。
アルバートは小さく笑うと、薔薇のアーチの下にあるベンチへ導いた。
しなやかな枝がアーチに絡みつき、赤い花びらが緑の葉の中でルビーのように輝いている。
「ねぇ、あの街でテートしていた女性は好きじゃなかったの?」
「え? あの街? 誰のことかな? もう顔も思い出せないけど」
「南の屋敷に居た時にお食事されてた方よ」
「えーっと……。誰かなぁ。いろんな人が来てたからなぁ」
アルバートが頭を少し掻いて唸る。
ふたりで並んで座ると、アルバートは懐から日記帳を取り出した。
「僕の気持ちを知ってもらうにはこれが一番いいかも」
「日記帳、いつも持ち歩いているの?」
「まさか。今日は、君とデートの日だったから持って来た」
「デートだから?」
「忘れたくないから書き留めておきたくて」
照れ臭そうに笑う。
その笑みにエヴァはますます心が満たされ、いっぱいになるのを感じた。
「僕の本心は言葉よりもこっちを読んでもらった方が分かると思う」
はい、と渡される日記帳。
エヴァは大きな花束をベンチの脇に置くと、日記帳を受け取った。
「見てもいいの?」
「うん。ちょっと恥ずかしいんだけどね」
そっとページを開く。
パラパラとページをめくる。
毎日つけている日記の中に、何度もエヴァの名前が出てくる。
今日はエヴァと話したとか、エヴァにおすすめの本を教えたとか。
そんなたわいないこと。
けれど、どのページにも欠かさずエヴァの事が書かれていた。
会ってない日にも。
今日は会えなかった。明日は話せるかな。とか。
目が離せない。いつまでも見ていたい。とか。
アルバートの流麗な文字を読んでいると、熱い想いがこみあげてくる。
日記を読み進めていたエヴァだったが、ふと、頁をめくる指が止まった。とある日曜日のページに目が釘付けになる。
そこに書かれていたのは。
――
日曜日が待ちきれない。
彼女の笑顔をいつまでも見ていたい。
もしかして、僕は運命と出会ったのかもしれない。
――
END
最後までお読みくださいありがとうございました。
皆さまに少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
また次のお話をよろしくお願いします!
葉のこすれる音。
はらりと落ちる赤い花びら。
エヴァの瞳が見開かれる。
心音がトクトクと音を立てているのが聞こえる。
「本当?」
声が震える。
じわりと瞳に薄い涙の膜がはる。
「当たり前だよ」
「だって、だって私……」
アルバートがそっとエヴァの頬に手を添えた。
いつくしむように親指で優しく頬を撫でられる。
「ずっと不安だったの。あなたの気持ちを無視してたこと」
「無視?」
「私はあなたが断れない状況で結婚を口に出したのよ」
アルバートはちょっと驚いた顔をしたが、眉を下げて微笑んだ。
エヴァが好きなちょっと困ったような笑みだ。
彼の優しさが表れているようで愛おしい。けれど、優しいだけの人じゃないことはもう知っている。責任感があり、領民や家族を守るという強い意志も持っている。
ほんの少し抜けているところもあるけれど。
「確かに、あの時は僕の家の危機だった。でも、僕の方こそ危機を利用して君を手に入れたのかもしれないって思わない?」
「え?」
「だって、どうにかする方法は他にもあったんだ。でも僕は君と結婚することを選んだ。こんな情けない状況だったけど君を諦めきれなかったんだ。君の人の良さに付け込んだって思わない?」
「思わないわよ。それにいくら私でも、あなたに何の気持ちもなくって結婚なんて言い出さない!」
アルバートはゆるりと微笑んだ。
「君も僕を愛してくれてる?」
「もちろんよ!」
エヴァは小さく叫んだ。
「じゃあ、僕たちは相思相愛だ」
アルバートが本当に嬉しそうに微笑む。
白い頬が赤らんでいて、ヘーゼルの瞳が陽の光を反射してゆらゆらと煌めいている。
「実はね、僕も初めはちょっと君に想われているか自信なかったんだ。君が屋敷に来たのは、求婚者から逃げるためだって言ってたから。僕はちょうどいい風よけになるって思ったんじゃないかと思ったんだ。腐っても伯爵家だからね。君のお父君にも面目は立つだろう」
「私そんな自分勝手な女に見えてたの?」
「まさか! そんなわけないじゃないか。君はいつでも僕を励ましてくれていた。優しくて、強くて、前向きな素敵な女性だ。そしてとても美しい……。僕は世界一の幸せ者だよ、君を手に入れたのだから。どんなに言葉を尽くしても伝えきれない。君を愛しているんだ」
エヴァは顔が熱くなり、ふたたび花束に顔をうずめた。
恥ずかしくて顔があげられない。
アルバートは小さく笑うと、薔薇のアーチの下にあるベンチへ導いた。
しなやかな枝がアーチに絡みつき、赤い花びらが緑の葉の中でルビーのように輝いている。
「ねぇ、あの街でテートしていた女性は好きじゃなかったの?」
「え? あの街? 誰のことかな? もう顔も思い出せないけど」
「南の屋敷に居た時にお食事されてた方よ」
「えーっと……。誰かなぁ。いろんな人が来てたからなぁ」
アルバートが頭を少し掻いて唸る。
ふたりで並んで座ると、アルバートは懐から日記帳を取り出した。
「僕の気持ちを知ってもらうにはこれが一番いいかも」
「日記帳、いつも持ち歩いているの?」
「まさか。今日は、君とデートの日だったから持って来た」
「デートだから?」
「忘れたくないから書き留めておきたくて」
照れ臭そうに笑う。
その笑みにエヴァはますます心が満たされ、いっぱいになるのを感じた。
「僕の本心は言葉よりもこっちを読んでもらった方が分かると思う」
はい、と渡される日記帳。
エヴァは大きな花束をベンチの脇に置くと、日記帳を受け取った。
「見てもいいの?」
「うん。ちょっと恥ずかしいんだけどね」
そっとページを開く。
パラパラとページをめくる。
毎日つけている日記の中に、何度もエヴァの名前が出てくる。
今日はエヴァと話したとか、エヴァにおすすめの本を教えたとか。
そんなたわいないこと。
けれど、どのページにも欠かさずエヴァの事が書かれていた。
会ってない日にも。
今日は会えなかった。明日は話せるかな。とか。
目が離せない。いつまでも見ていたい。とか。
アルバートの流麗な文字を読んでいると、熱い想いがこみあげてくる。
日記を読み進めていたエヴァだったが、ふと、頁をめくる指が止まった。とある日曜日のページに目が釘付けになる。
そこに書かれていたのは。
――
日曜日が待ちきれない。
彼女の笑顔をいつまでも見ていたい。
もしかして、僕は運命と出会ったのかもしれない。
――
END
最後までお読みくださいありがとうございました。
皆さまに少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
また次のお話をよろしくお願いします!
応援ありがとうございます!
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