アンティーク魔導玩具店、アンヌの日常

野々宮なつの

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すごろく

4.アイスティーをどうぞ

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 コロコロと転がるサイコロ。
 出た目は5。
 これならもうゴールできるはずだ。

「やった、ゴールね」
「これで出られるかな?」

 ふわりとした浮遊感に包まれると、私たちは王宮の目の前の広場に移動していた。
 城壁の中に入れたようだ。
 眼前に広がる美しい王宮に圧倒される。

「どこから出られるのかしら」

 王宮の中に出口があるのかな?
 異国の城の中に入るなんてまたとない機会でわくわくしてしまう。
 
 私は浮足立った気持ちを押さえられないままマリアスを振り返ると、彼は何故かすごく微妙そうな顔をしていた。

 ゴール、嬉しくないの?

「どうしたの?」
「これ」

 ずいっ、と右手が私の前に差し出される。彼の手には、さっきのチェスで見たのと似たような剣が握られていた。
 ぎょっと身を引く私に眉を下げたマリアスが困ったように微笑む。

「僕、剣は使ったことがないんだ」
「兵士じゃないんだもの、普通ないわよ! そうじゃなくて、それどうすればいいの?」

 顔を見合わせて困惑する私達。
 
 すると突然空が陰った。
 空があるのかないのかわからない空間だけれど、大きな陰が私たちの上を通り過ぎたのだ。
 次いで巻き起こる強い風。
 
 今までふたりしかいない空間だったのに。
 きょろきょろと空間を見回す。

「なに……?」

 ぼんやりとした反応しかできなかった私とは違い、マリアスは何かを見て目を見開くと慌てたように私の側へやってきた。
 
「アンヌ!」

 切羽詰まったような声色だった。
 落ち着いたマリアスからは今まで聞いたことのないような慌てた声。

「え?」

 ドォンという地響きが起きたかと思うと、地面が大きく揺れた。
 強く巻きあがる風にさらされ、私は両腕で顔を覆って目を瞑る。
 とてもじゃないけど、この風の中目なんて開けてられない。

「嘘だろ……」

 マリアスの呆然とした呟きが聞こえてきた。
 私は恐る恐る目を開けた。
 初めに飛び込んできたのは、マリアスの背中。いつの間にか、彼にかばわれるような形になっていたようだった。
 でも何から?

 私はマリアスの肩越しにその姿を見て、信じられない気持ちだった。
 だって、そこには物語の中にしかいない生き物がいたんだから。

「ド、ラゴン?」

 固そうな皮膚、大きな翼、金色に光るぎょろりとした目玉。
 圧倒的な存在感に私の身体が震える。

「そんな……」

 だって、これはただのおもちゃだったはずだ。
 王族が遊ぶおもちゃ。危険なんてないはずだった。
 でも実際はどうだ?
 あのドラゴンの鋭い爪にひとかきされるだけで、私達の脆い身体は砕けてしまうだろう。
 もしあのドラゴンから伝説にあるように炎のブレスが吹かれたら? きっと私達は骨さえも残らず溶けてしまうだろう。

 私は震える手で、マリアスの肩をそっと掴んだ。
 マリアスの肩が大きく揺れる。

 マリアスも怖いんだ。
 私はこのすごろくにマリアスを巻き込んでしまったことを今になって悔やんだ。
 自分だけならいい。自業自得だもの。
 でもマリアスは違う。
 私のせいで。
 
 マリアスを守らなきゃ!

「マリアス、貸して!」

 私は震える手でマリアスの持つ剣を掴むと、彼から強引に奪い取った。
 重い。
 見よう見まねで構えたけれど、グラグラと揺れる剣。
 ずっしりと両腕にかかる重みに負けないように、私は腰を低くしてドラゴンに向かって剣を構えた。
 ドラゴンからしてみたら、何の脅威にもならないだろうけれど。

「今のうちに逃げて!」
「な、馬鹿! そんなことできるわけないだろう!!」
「でもそれしかないの」
「俺がお前を置いて行けるわけないだろ――!」
 
 叫ぶ私たちの声に触発されたのか、ドラゴンが大きくいなないた。
 鳥の鳴き声のような、でももっと重さのある声が響き渡り、その声から出る風に吹き飛ばされそうになるのをぐっとこらえる。
 すると、ドラゴンはおもむろに私達へ向かって右手を持ち上げた。
 大きな山のような体から無慈悲に振り下ろされる右手。とっさにマリアスが覆いかぶさるように私をぎゅっと抱きしめる。
 
 逃げてって言ったのに。
 これじゃ、ふたりでぺちゃんこよ。

 私は空から振り下ろされる手を見ていられなくて、目を強く閉じた。


 
 * * *


 
 「――アンヌ、アンヌ?」

 耳もとから聞こえる声に私はうっすらと目を見開いた。

「マリアス?」

 私は止めていた息を吐きだすと目をきょろりと動かした。
 ドラゴンがいない。
 それどころか、マリアスの肩越しに見えるのはいつもの私の店だった。
 少し埃っぽいいつものこの店の空気。
 
「生きてる? 私達生きてる!」

 私はほっと全身から力を抜いた。
 
「そうみたいだね」

 笑い声が耳元から聞こえる。

「え?」

 ぱっと顔を上げると、やけに面白そうな表情をしたマリアスが私を見下ろしていた。
 その顔の距離がとても近い。
 瞳に映る私の顔がしっかりと見えるくらい。
 何故かわからないけれど、私達は抱き合うような恰好で床に座り込んでいた。
 剣を握っていたはずの私の手はしっかりとマリアスのシャツを握り締めている。

「きゃぁ!」

 私は焦ってのけぞったが、マリアスの手が背中を支えていたので少し身じろぎしただけだった。

「うわっ、アンヌ急に動くとひっくり返るよ」
「だ、だって……」

 マリアスと抱き合ってるなんて恥ずかしい! でもそれを言葉に出すのも恥ずかしい!
 私は顔に集まる熱を見られないように、下を向いた。

「どうやらちゃんと帰ってこれたようだね」

 そう言うと、マリアスは私の手を掴んで一緒に立ち上がらせてくれた。

「そうね」

 私は恥ずかしさを誤魔化したくて、マリアスから離れるとすごろくに向かって意味のない文句を繰り返す。

「もう、信じられない……! とっても危険だったし、死ぬかと思ったし。これじゃ売れない。大損よ!」

 腹立ちまぎれにすごろくを少しばかり乱暴にしまい込む。

「それ、どうするんだい?」
「どうしようかな。ドラゴンが出るなんて危なくて売れないわよ」

 私は唇を尖らせて不満げに言う。
 実際、知らなければ命の危機だと思うだろう。
 お后様の選定じゃなくて、王族の子ども達の力試しに使われていたのかもしれない。

「そっか」

 マリアスがなんだか残念そうに呟いた。

「そういえば、マリアスの見解聞いてなかったわ」

 私はすごろくをしまうと、ようやく顔の熱が引いたの感じた。
 売り物になりそうにないけど、このすごろくについて見解は聞いておきたい。

「ああ……うん。僕はね、王様が好きな人と過ごす時間が欲しくて作ったんじゃないかなって思ったんだ」
「へ?」

 あんなに怖い目にあったのに?
 首を傾げる私に微笑みながら続ける。

「珈琲や本、織物だって全部できなくてもすごろくは進んでた。やってもやらなくてもいいんだよ。多忙な王様が、少しでも大切な人と過ごす時間を増やしたくてこのすごろくを作ったんじゃないかな。その証拠にほら。時間はさっきからほとんど過ぎてない」

 促されて店内の時計を見る。
 確かに、マリアスが来てから15分位しか過ぎていなかった。

「本当だ。2時間は過ごしてたと思ってたのに」
「そうだろ?」
「じゃあ、最後のドラゴンは? 死ぬかと思ったわ」

 マリアスはくすっと笑うと眉を下げてこたえた。

「あれは僕も死ぬかと思った。多分だけど、かっこいいところを相手に見せたかったんじゃないかな?」
「えぇ?」
「ドラゴン退治なんて男の夢だからね。ま、僕はかっこよく退治なんて出来なかったけど」

 ドラゴン退治が男の夢……。
 確かに、あれをかっこよく退治していたら同行者もきゅんときてしまうかもしれない。
 吊り橋効果もありそうだし。
 惚れ直すかもしれない。
 
「そっかぁ……。そうかもね」

 なんだかマリアスの説が正しいような気がしてきた。
 それに、そう考えるとこの物騒なすごろくもなんだか愛おしいものにも思えてくる。

 私はフッと息を吐きだすと、すごろくをしまった箱を一度撫でた。
 
「なんだかとっても疲れたね」
 
 私は現実だとたった15分しかたっていないのに、すごろくに振り回されてすっかり疲れてしまった。
 なんだか喉もカラカラだし。
 冷たい飲み物でも飲みたい気分。
 私はそういえば、と顔を上げるとマリアスに微笑みかけた。
 
「ね、そう言えば珈琲の口直しにアイスティー飲んでいかない? 今度はちゃんと美味しく作るから」
「いただいていくよ」
 
 私たちは微笑み合いながら、今度こそ奥のテーブルへと向かって行った。


 END
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