外骨格と踊る

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石に映る林

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庭のダリアに水を撒く。人の頭ほどもある真っ赤な花が咲いていた。林堂と出会った頃にはまだ蕾だったが、これから冬にかけて見頃だ。私は園芸が趣味というわけではなく、ダリアの他には何も世話していない。これも、かつてここにいた友人に押し付けられたようなものだ。いや、忘れ形見というべきか。

「お姉さん、ここの人ですか?」

不意に幼い声で呼びかけられ、顔を上げる。自分に対する言葉だと気付くまでワンクッションあった。初対面で、声も聞かないうちから私が女だと判断できる人は珍しい。身長は林堂を少し越すくらいある。振り返ると、門の向こうにひとりの少女が立っていた。高校生くらいに見える。声色から想像したものより三、四歳ほど年上の容姿だった。

「そうだよ、私はここに住んでいる者だ。君は?」
「私はただの学生。学校の帰り」

近くにある高校の名前が即座に浮かんだ。あそこは私服通学なので、根拠は全くないのだが。蛇口を捻って水を止めてから彼女の方へ歩み寄った。

「ここって単なる住居なんですか? それとも何かやってるの?」

近寄る間にも質問を浴びせてくる。しかし不快ではなかった。劇団に所属していた頃、無遠慮な記者に嫌な思いをさせられたことがあったが、この少女の質問には裏も下心も感じない。声に見合う純真無垢な好奇心を読み取った。

「今は、ただの住居。もう少ししたら個展を開く予定」

門越しに呼応する。とはいえ、腰の高さほどしかない形ばかりの境界だ。散歩中の老人が気付かぬ間に庭先まで入ってしまうことも多々あった。それでも少女は一定の距離を保ったまま、こちらのテリトリーを侵さない。育ちの良い、いわゆるお嬢様なのだろうと推測した。上流階級向けの学校は、案外とこのような片田舎にあったりする。

「個展? お姉さん、絵を描くの?」
「いや、私ではなく知り合いの写真家の個展だ」

少し移動すればサンルームがあり、その中を見せれば説明が早いのだが、さすがにまだ公開するわけにはいかない。写真展の入場は無料なので、興味さえあれば彼女も訪れてくれるだろう。宣伝しておこう、と考えた。口頭で会期を伝える。ダイレクトメールのようなものは、まだ用意できていなかった。

「面白そう。行けたら行きますね――あ、これは社交辞令とかじゃなくて。秋期講習が始まると、塾が忙しくなるから。講義が早く終わればいいのだけど」

取り繕うように微笑み、少女は立ち去った。ふたつ括りの三つ編みが遠ざかっていく。頭の良さそうな子だ。通っている塾も、やはりレベルが高いのだろうか。長期休暇のある夏や冬ならともかく、秋期講習まであるなんて、一年中勉強漬けではないか。

とはいえ、赤の他人が気に病んでも仕方がない。子供を抱える家庭にはその家庭なりの方針がある。私は残りの水やりを終えると、ホースを束ねてから屋内へ戻った。
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