馬鹿共の部屋

王子

文字の大きさ
1 / 1

馬鹿共の部屋

しおりを挟む
 猫を拾った。この古アパートの駐車場をうろつかれては危ないと思ったからではなく、かわいくて堪らなかったからでもなく、ただ何となくでもなく。むしゃくしゃしていたからだった。動物を飼うのは責任の伴うことだと分かっている。衣食住を保障してやる代わりに自由を奪う、人間の身勝手さと残酷さも。
 衣食住を全て整えてもらい自由も保障される人間が、昨日までこの部屋にいたのだから腹立たしい。いなくなってみると、この部屋はこんなにも広かったのだと気付かされた。ダメだと分かっていながらも漫然と関係を続けてしまったのは、私の弱さか、彼のずる賢さか。
 下手に出ていて人が良さそうに見せてはいるが、実のところ全くそんなことはないのだろうというのが、彼の第一印象だった。傲慢で、わがままで、何の苦労もせず甘ったれて生きてきたような声。横っ面を思い切りひっぱたいてやりたくなった。
 それでも彼は人に取り入ることだけは上手かった。自分の弱さを隠そうともせず、悲しそうに笑う。何も持っていないこと、何もできないことを後ろめたそうにしながら、虚勢を張ることを忘れない。どこからどこまでが本心なのか、全てに正直なのか、何もかも虚像なのか。曖昧で不安定と見せること。自分をどう見せれば優しくされるのかを心得ていた。厄介なのは、その術中にまんまとはまってしまうことなのだが。
 何度も「もう出ていって」と口にしていたから、昨日も大丈夫だと思っていた。だから五回目の文句にだって素直に従うとは思ってもみなかった。彼はお得意の悲しそうな笑顔で「ごめんね、今までありがとう。本当にごめんね」と私に罪悪感を植え付けて、まるでこの部屋には私以外誰もいなかったように、きれいに痕跡を消して出ていった。そんなつもりじゃなかったのに。
 足元で猫が一声「にゃー」と鳴いた。つぶらな目で私を見上げて「か弱い私にどうか施しを!」とでも言うように媚びた鳴き声。
 ドライフードが紙皿をカラカラと叩き、キッチンに響く。
「いっぱい食べてね」
 日は落ちているのに、開け放した窓からは生ぬるい風が入り込む。例年ならば、もうとっくに秋なのに、今年の残暑は執念深い。部屋が暗くなっていたことに気付いて照明を付けると、室内が余計に広く感じられた。
 猫が紙皿に尻尾を向けたので、愛情もくれてやろうと抱えあげると、じたばたと足掻いて私の手から逃れようとした。手を引っかかれては面倒だから、すぐに離してやる。トトトと歩いてカーペットの上まで来ると、図々しく横になって尻尾をパタパタと上下させて私を睨み付けた。
 お前もかと思う。お前も優しくされる術を知っている。そして私から貰うものを貰ったら、もうお前には用は無いとばかりに振る舞う。しまいには、ふらりとこの部屋を出ていって、「どこに行ったのだろう、窓を開けっ放しにしたばかりに」と、何も悪くない私が悪者になるよう仕向けるのか。
 馬鹿馬鹿しい。猫を相手にこんな下らないことを考える私が、一番、馬鹿馬鹿しい。

-----------------------------

(Twitter企画タグ:#週一創作ワンライ)
お題
・残暑
・5(五)回目の
・足掻く(足掻いて)
・いっぱい食べてね
・そんなつもりじゃ
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...