嘘つき達の秘密基地

王子

文字の大きさ
5 / 8

五、ユウの嘘

しおりを挟む
 自分は嘘を付いた。
「何も願っていない」わけがない。誰よりも強く願った自負さえある。叶うはずがなくとも、滑稽であろうとも、願わずにはいられなかった。不謹慎ですらあったかもしれない。だから言えなかった。ケンが聞いたら「言っていいことと悪いことがある」と怒るだろう。タビですら眉をひそめるに違いない。
 今日はいなり様が言うところの三日目だ。サキは「花火大会に行こう」と言っていた。町内掲示板でポスターを見たらしい。
 午後七時から打ち上げが始まる。花火大会といっても、夏祭りの終わり三十分間で六千発ほど。夜空に騒々しく爆発が連鎖するような花火より、一発ずつ丁寧に咲くこの町の花火は自分にあっている。
 事件の後は、夏祭りに足が向かなかった。区画整理で立ち退きになり別の町に移り住んでからも(提示された移転先は測って切り分けた羊羹みたいな小綺麗さで土地が隣接していて、「狭っ苦しくてやってられるか」と父が激怒して新たに土地を購入したのだった)。
 サキが失踪したのは夏祭りの最中だった。大勢の人がいて、自分達と直前まで一緒にいたにも関わらず、誰の目にも触れることなくサキは姿を消した。
 秘密基地がある山(高くも広くもなく、ほとんど丘と言っていいし、遊歩道や駐車場もある)や、用水路やら川やらも捜索されたが(水辺を探されるのは可能性を早くも視野に入れているようで気分が悪かった)何の痕跡もなく、『ヒト族女児神隠し事件』は誘拐として捜査が進められた。
 父は「他の種族に関わるから危ない目に遭うんだ」と言った。自分が被害に遭ったわけではない、とは言い返せなかった。父は口答えを許さないし、羆族至上主義だった。「小物種族とつるむのは羆族の恥」と常に言っていた。何を言っても無駄だった。
 父を憎んではいない。大人になって分かった。父もまた言い聞かせられて育ってきたのだ。なにより、悪いのはヒト族でも、羆族以外と遊ぶことでも、それを咎める父でもなく、子供を拐った奴なのだ。
 父に内緒で捜索隊に志願したが、子供では相手にされなかった。神社で子供用の水色のスポーツサンダルが右足だけ見付かったと聞けば、早朝にランニングと嘘をついて神社に赴き一人で探した。引っ越すまで毎日。捜索隊が解散した後も。
 何も見つからなかった。まさに神隠しだった。かくれんぼの鬼が得意であろうと何の意味も無かった。
 日が沈むにつれて、屋台の白熱電球は輝きを増す。呼び込みの声が響き、鉄板から香ばしい匂いが立ちのぼる。夏祭りの雰囲気は、ほとんどが屋台によって作り出されていると思う。夏祭りでしか着ない浴衣、賑やかしのお囃子はやし、普段は埃を被っているであろう神輿みこしなんかは添え物でしかないのかもしれない。屋台が無かったらどれだけの人が集まるだろう。あまつさえ花火も無かったら。祭りとは、もはや神のものではなく人のものだ。
 皆と連れ立って屋台を回るが、気乗りはしない。事件と同日の夏祭りに自分達はいる(ケンもタビも気にしていないようだが)。一抹の不安、考えたくもない可能性が何度も脳裏をよぎる。
 サキの神隠しが再演されるのではないか。
 起こるはずがない。映画のフィルムを巻き戻したわけではないのだ。いなり様は自分達で願いを叶えるように言ったのだから、決められたシナリオに沿っているのではない。
 サキはここにいる。あの時みたいに過ちを犯さなければ、サキが離れる原因を作らなければ、連れ去られることはないはずだ。
 打ち上げ時間まであと数分。タビが神妙な顔で「あの、」と弱々しく言った。
「ケンくんとユウくんに、お話ししなければいけないことがあります」
 サキの名前は挙がらない。ふとサキの顔を盗み見ると、一瞬だけ寂しそうな表情をしてから、茶化すような笑みを浮かべた。
「また秘密の会議? 仕方ないなあ、みんなの焼きそば買ってきてあげるから、ちゃっちゃと済ませてよ」
 一歩踏み出したサキの腕を、咄嗟とっさに掴む。
「行かなくていい」
「ちょっと、痛いよ」
 ごめん、と手を引っ込める。力加減は昔から苦手だ。タビは困惑気味に眉を寄せ、ケンが「どうして」と非難するように言った。
「サキを一人にさせられないだろう」
「言いたいことは分かるけど、サキが気を遣ってくれてるんだから」
 気を遣ってくれているから、一人で行かせろと?
「お前、本気で言ってるのか」
「何を怒ってるの」
「怒らずにいられるか。忘れたのか、あれは夏祭りの日だっただろ」
「ちょっとユウさん」と口を挟んだタビにも腹が立った。
「自分達が原因じゃないか。くだらないことで喧嘩してサキを放っておいたから」
 タビの表情が悲痛に耐えるように歪んだ。冗談じゃない、むしろ泣きたいのはこっちだっていうのに。
「そんなむきにならないでよ。とりあえずタビの話を聞こうよ、ね」
 ケンは普段と変わらない温度で言った。子供をなだすかすように。なんて薄情な、と思った。昔のケンはこんな奴だったか。いや、もっと芯のある奴で、やけに正義感が強くて、真っ直ぐな奴だった。変な噂にまみれた余所者よそもののタビも、ヒト族のサキも、「放っておけない」と真っ先に受け入れた。自分は後に付いてきただけだ。それなのに。今ここにいるケンは、大人になったケンは、まるで別人のようだった。ケンの心のベクトルが分からない。こんなのは悔しすぎる。
 ケンの胸ぐらを掴んでいた。驚く様子も怯える気配も無く、やれやれといった具合に一つ溜息をついた。昂ぶった感情が鎮まっていくのを感じる。頭が冷えたからではない。これは、諦念だ。かつてのケンは、もう戻ってこないのかもしれない、と。
「サキちゃんがいません!」
 タビが張り上げた声で、ケンを解放する。一番近くにある焼きそばの屋台、並ぶ人々の列に、サキはいない。
 血の気が引いた。寒気がした。
 再演。また自分達のせいで。
「探そう」というケンの言葉を背に、足は既に動き出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...