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第二章「薔薇の朝露」
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だからこんな馬鹿な質問をしたくなった。
「あの、この世界によく似た世界ってあるんでしょうか」
唐突な質問に虚を突かれたのかオズの目が大きく開く。少し迷ったように考え込んで口を開いた。
「あるかないかならあると思うよ」
おためごかしのようでもなく、茶化しているわけでもない。
スカーレットの張り詰めた空気が少しだけ和らいだ。
「並列世界って言ってね」
蝶の羽ばたき一つで分岐してしまうほどこの世界は可能性に満ちている。数ある分岐した先で世界が続いているのなら、それはここでは無いけれどここであったかもしれない別の世界になるのだろう。
「物語の世界だって探せばあるかもしれないし」
とはいえ、実際に探そうと思えば魔術的にも物理的にも一人の生涯では足りないかもしれないが。そこでようやくオズはいつものいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「その世界に私がいたとして……」
それ以上どう言葉を続ければいいかわからなくてスカーレットは口を噤んだ。
「なんでもありません」
その自分が魔法であなたを殺しに来たらどうしますか、なんて聞けるわけが無い。きっと今の穏やかな関係が壊れてしまう。もう笑いかけてくれなくなるかもしれない。それが酷く恐ろしい。
再び沈んでしまった端正なその憂い顔をオズはまじまじと覗き込む。
「レティは子供の頃の夢って何か覚えてる?」
つられて顔を上げたスカーレットの瞳に僅かに光が戻った。
「……、鳥」
厳しい王妃教育も大変ではあったが辛くはなかった。ただよく晴れた青空を渡り鳥が飛び立つ瞬間、思ったことがある。こんな快晴の中を飛べたならきっと気持ちがいいだろう、と。空から見る王都はどんな風にこの目に映るのだろうかと。
子供の頃の夢、と呼ぶにはあまりにもささやかでそのくせ叶いそうにもない願い。
ぽつりと呟いた後でスカーレットは自分の言葉を撤回したい衝動に駆られた。もう少し何かあったのではないか。今度こそ子供っぽいと笑われてしまいやしないか。
「こことは違うどこかには背中に羽を生やしたレティがいるかもしれないね」
だが返ってきた言葉はスカーレットをいい意味で裏切ってくれた。
鳥の羽を模した純白の翼も良いけれど、蝶の翅でもきっと良く似合う。そう目を細めるオズは何故か楽しそうだった。
「追いかけるのが大変そうだ」
「追いかけてきて下さるんですか?」
反射的に尋ねてしまった口をスカーレットは慌てて塞ぐ。
コンロを注視していたオズの視線がつい、と滑った。
「葉っぱだって蜘蛛の巣だって払いに行くよ」
納得してしまった自分に待ったをかけてスカーレットは頭の中で言葉を並べる。
それではまるで自分が墜落したり突っ込んだりする前提ではないか。きっともう少し上手く飛べるはずだし自分で制御できる速度を見誤ったりはしない。飛んだことは無いが、多分、きっと。
「私、そんなにお転婆じゃないです」
スカーレットが頬を膨らませるとおたまのカルメ焼きもぷっくりと膨らんだ。
「あの、この世界によく似た世界ってあるんでしょうか」
唐突な質問に虚を突かれたのかオズの目が大きく開く。少し迷ったように考え込んで口を開いた。
「あるかないかならあると思うよ」
おためごかしのようでもなく、茶化しているわけでもない。
スカーレットの張り詰めた空気が少しだけ和らいだ。
「並列世界って言ってね」
蝶の羽ばたき一つで分岐してしまうほどこの世界は可能性に満ちている。数ある分岐した先で世界が続いているのなら、それはここでは無いけれどここであったかもしれない別の世界になるのだろう。
「物語の世界だって探せばあるかもしれないし」
とはいえ、実際に探そうと思えば魔術的にも物理的にも一人の生涯では足りないかもしれないが。そこでようやくオズはいつものいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「その世界に私がいたとして……」
それ以上どう言葉を続ければいいかわからなくてスカーレットは口を噤んだ。
「なんでもありません」
その自分が魔法であなたを殺しに来たらどうしますか、なんて聞けるわけが無い。きっと今の穏やかな関係が壊れてしまう。もう笑いかけてくれなくなるかもしれない。それが酷く恐ろしい。
再び沈んでしまった端正なその憂い顔をオズはまじまじと覗き込む。
「レティは子供の頃の夢って何か覚えてる?」
つられて顔を上げたスカーレットの瞳に僅かに光が戻った。
「……、鳥」
厳しい王妃教育も大変ではあったが辛くはなかった。ただよく晴れた青空を渡り鳥が飛び立つ瞬間、思ったことがある。こんな快晴の中を飛べたならきっと気持ちがいいだろう、と。空から見る王都はどんな風にこの目に映るのだろうかと。
子供の頃の夢、と呼ぶにはあまりにもささやかでそのくせ叶いそうにもない願い。
ぽつりと呟いた後でスカーレットは自分の言葉を撤回したい衝動に駆られた。もう少し何かあったのではないか。今度こそ子供っぽいと笑われてしまいやしないか。
「こことは違うどこかには背中に羽を生やしたレティがいるかもしれないね」
だが返ってきた言葉はスカーレットをいい意味で裏切ってくれた。
鳥の羽を模した純白の翼も良いけれど、蝶の翅でもきっと良く似合う。そう目を細めるオズは何故か楽しそうだった。
「追いかけるのが大変そうだ」
「追いかけてきて下さるんですか?」
反射的に尋ねてしまった口をスカーレットは慌てて塞ぐ。
コンロを注視していたオズの視線がつい、と滑った。
「葉っぱだって蜘蛛の巣だって払いに行くよ」
納得してしまった自分に待ったをかけてスカーレットは頭の中で言葉を並べる。
それではまるで自分が墜落したり突っ込んだりする前提ではないか。きっともう少し上手く飛べるはずだし自分で制御できる速度を見誤ったりはしない。飛んだことは無いが、多分、きっと。
「私、そんなにお転婆じゃないです」
スカーレットが頬を膨らませるとおたまのカルメ焼きもぷっくりと膨らんだ。
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