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第二章「薔薇の朝露」
3-2
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二人の背中を見送るとローニャは身を翻した。
「じゃあ私達も行きましょうか」
進む先は玄関と反対方向である。厨房を通り過ぎ立ち止まった先の扉は掃除用具などをしまう倉庫の扉だった。
「ここって………」
胡乱気にスカーレットは小首を傾げる。ローニャはポケットに手を入れると握ったものを得意げに見せた。
その手にあったのは黒い鍵だった。光沢からして木ではなく黒曜石か黒く塗りつぶされた金属製。柄の部分には透明な紫色の石がはめ込まれていた。
慣れた手つきで鍵を持ち直すと手のひらで扉に触れる。次の瞬間、風が巻き起こった。何の変哲もなかった木の扉に魔法陣が浮かび上がる。
『私はお前の錠を回すもの
お前は私の道を繋ぐもの
対価はここに
開いて繋げ』
歌のように呪文を諳んじるとローニャは鍵を差し込んで回した。扉を開いた先にあったのは賑わう街並み。そびえ立つ王城からして王都の商店街である事が伺える。
「転移術式……?」
頭に入れた魔導書のページを必死でめくる。転移術式は物体を瞬時に移動させる術式だ。魔法として扱えるものはほとんどおらず、並大抵の魔法使いでは正常に術式を発動させる事が出来ない。
「ローニャもオズ様から魔法を?」
スカーレットの問にローニャは首を横に振った。
「私には魔法は使えても魔術は使えませんから」
先程のは魔法陣と触媒が用意されていて魔力があるものなら誰でも使えるものだ。そう答えながら色を失った黒い鍵をポケットに仕舞い、もう一つ白金に琥珀色の宝石がはまった鍵を見せる。復路の鍵がそれになるらしい。
「触媒と詩で行き来が出来るよう調整して下さったんです」
オズの屋敷からここまでは距離がある。買い出しの度にその長い道程を使うのは時間がかかってしまい非効率的だ。馬車を出せれば良いが、それぞれに都合があり毎度馬車を出せるとは限らない。負担軽減と実験も兼ねてオズが施したのが先程のどこでも転移ドアだ。実験の段階は既に終わり、行先に応じた鍵があればどこでもつながる扉になっている。
街へと降り立ち振り返ると扉は普通の扉に戻っていた。黒い鍵を差して回しても繋がるのは誰も住んでいない以外一般的な民家だ。
扉を閉じて触れる。ほんの少し魔力を巡らせると魔法陣の全貌に触れることが出来た。緻密で無駄がなく、繊細で美しい。
「スカーレット様?」
ローニャに呼びかけられてスカーレットは我に返った。慌てて扉から身を離す。
「先生の凄さを思い知っていただけ」
オズへの賞賛を自分の事のように喜ぶローニャは自慢げに笑みを深くした。ふと、その笑顔にほんの少しのほろ苦さが混ざる。
「その分厄介事も抱え込んでいるのがご主人様なんですよね」
宮廷魔道士が一人しかいない分、彼の双肩にかかる負担は察して余りあるものがある。その上で魔法使いとしての研鑽を積み、時には奇術師として表舞台に立たなければならないのだ。
「私も……」
いつかそこに到れるだろうか。並び立って、彼の背中を支えられるように。
ちり、と憧れから来る焦燥感がスカーレットの胸を焼いた。どうやらまだ、自分には遠い所のようだ。
言葉の続きを待つローニャへ首を振ってかき消す。
「なんでもないの」
出来ることを一つずつ、少しづつ増やしていかなければ。我儘を出すのはそのあとだ。スカーレットはそう胸に刻み込むと前を向いた。
「じゃあ私達も行きましょうか」
進む先は玄関と反対方向である。厨房を通り過ぎ立ち止まった先の扉は掃除用具などをしまう倉庫の扉だった。
「ここって………」
胡乱気にスカーレットは小首を傾げる。ローニャはポケットに手を入れると握ったものを得意げに見せた。
その手にあったのは黒い鍵だった。光沢からして木ではなく黒曜石か黒く塗りつぶされた金属製。柄の部分には透明な紫色の石がはめ込まれていた。
慣れた手つきで鍵を持ち直すと手のひらで扉に触れる。次の瞬間、風が巻き起こった。何の変哲もなかった木の扉に魔法陣が浮かび上がる。
『私はお前の錠を回すもの
お前は私の道を繋ぐもの
対価はここに
開いて繋げ』
歌のように呪文を諳んじるとローニャは鍵を差し込んで回した。扉を開いた先にあったのは賑わう街並み。そびえ立つ王城からして王都の商店街である事が伺える。
「転移術式……?」
頭に入れた魔導書のページを必死でめくる。転移術式は物体を瞬時に移動させる術式だ。魔法として扱えるものはほとんどおらず、並大抵の魔法使いでは正常に術式を発動させる事が出来ない。
「ローニャもオズ様から魔法を?」
スカーレットの問にローニャは首を横に振った。
「私には魔法は使えても魔術は使えませんから」
先程のは魔法陣と触媒が用意されていて魔力があるものなら誰でも使えるものだ。そう答えながら色を失った黒い鍵をポケットに仕舞い、もう一つ白金に琥珀色の宝石がはまった鍵を見せる。復路の鍵がそれになるらしい。
「触媒と詩で行き来が出来るよう調整して下さったんです」
オズの屋敷からここまでは距離がある。買い出しの度にその長い道程を使うのは時間がかかってしまい非効率的だ。馬車を出せれば良いが、それぞれに都合があり毎度馬車を出せるとは限らない。負担軽減と実験も兼ねてオズが施したのが先程のどこでも転移ドアだ。実験の段階は既に終わり、行先に応じた鍵があればどこでもつながる扉になっている。
街へと降り立ち振り返ると扉は普通の扉に戻っていた。黒い鍵を差して回しても繋がるのは誰も住んでいない以外一般的な民家だ。
扉を閉じて触れる。ほんの少し魔力を巡らせると魔法陣の全貌に触れることが出来た。緻密で無駄がなく、繊細で美しい。
「スカーレット様?」
ローニャに呼びかけられてスカーレットは我に返った。慌てて扉から身を離す。
「先生の凄さを思い知っていただけ」
オズへの賞賛を自分の事のように喜ぶローニャは自慢げに笑みを深くした。ふと、その笑顔にほんの少しのほろ苦さが混ざる。
「その分厄介事も抱え込んでいるのがご主人様なんですよね」
宮廷魔道士が一人しかいない分、彼の双肩にかかる負担は察して余りあるものがある。その上で魔法使いとしての研鑽を積み、時には奇術師として表舞台に立たなければならないのだ。
「私も……」
いつかそこに到れるだろうか。並び立って、彼の背中を支えられるように。
ちり、と憧れから来る焦燥感がスカーレットの胸を焼いた。どうやらまだ、自分には遠い所のようだ。
言葉の続きを待つローニャへ首を振ってかき消す。
「なんでもないの」
出来ることを一つずつ、少しづつ増やしていかなければ。我儘を出すのはそのあとだ。スカーレットはそう胸に刻み込むと前を向いた。
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