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第二章「薔薇の朝露」
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書斎までやって来ると、もう一度気を取り直して扉を三回ほどノックする。
「オズ様、私です。スカーレットです」
入室の許可を求めたいのだが、部屋の中は物音一つすることがない。もう一度ノックをして中の気配をうかがっても変わりは無い。
中で倒れているのではないか、最悪が思い至りとりあえず扉を開く。
「失礼します」
視線を巡らせるとソファに深く腰掛け目を閉じているオズに気がついた。
午後の乳白色の陽光がその姿を包んでいる。心臓が一際大きく跳ねた。
淑女ならここで毛布をかけて退散するべきなのだろう。だが、スカーレットはオズの前まで来ると腰を落とし、その寝顔を覗き込んだ。
もともと整った顔立ちではあるが、眠ると少しのあどけなさが顔を出す。寝息は規則的なのに眉間の深い皺が疲労を顕にしていた。
頬にかかっている髪へ手を伸ばす。
その手が不意に掴まれた。
「あっ」
「レティ?」
眠気が滲んだ瞳だった。
起こしてしまったことを詫びて、その後は。言葉を選んで発する余裕もなく、ソファに引き寄せられその上に倒れ込まれてしまった。
「お、おずさま……っ」
顔が近づく。他人の体温に、香りに包まれ心臓が早鐘を打った。背中を這う手に体が反応してしまう。
「久しぶりのスカーレットだ」
寝ぼけているのか、ぼやけた声のままオズはスカーレットの肩口に顔を埋めた。
「甘い匂いがする」
「えっと、先程まで厨房にいて」
首筋の弱い所にオズの吐息がかかる。
「ひゃん」
「甘い……?」
耳元で舌なめずりをする気配がした。
「気のせいですわ!」
過度なスキンシップに思わずスカーレットの声が大きくなる。
不意に体が引き離された。思わず顔を上げると蜜色の視線に絡め取られる。
「レティ」
蕩けた瞳にかすれがちな声音。普段とは空気の違うオズに翻弄される。
「逃げないの?」
教えてもらった魔法や魔術を使えば逃れることは容易い。だが、逃げるくらいなら最初からここに来ていない。スカーレットが返したのはそんな沈黙だった。
紅玉の瞳が放つ感情の彩にオズの表情が緩む。
「じゃあ、少しだけこうしてていい?」
スカーレットを腕の中にすっぽりと包み込むと瞼を落とした。
「疲れたんだ」
それはそうだろう、とスカーレットは心の中で呟いた。オズの多忙さは話に聞いている。むしろここまでよく保っている方だ。
「私に何か手伝えることはありますか?」
オズの瞼が僅かに震えた。うめき声とも鳴き声ともつかない声をあげながらスカーレットを抱きしめる腕に力が込もる。
「やだ」
やだってなんだ。そう問い返しそうになってスカーレットは唇を引き結ぶ。
「だって僕の仕事を手伝えるくらい一人前になったら」
背中に回っている手はまるで縋り付いているようだなと、スカーレットは思った。
「君は遠いところに行っちゃうんだろう」
限界だったのかそれだけ口にすると規則的な寝息を上げ始めた。
穏やかで余裕のある男の大人の人だったオズが泣きじゃくる少年のように見えた。せめて体勢を変えようと腕に力を込めてもビクともしない。
口では距離を置いているくせに全く見え透いた本心だ。
「オズ様、私です。スカーレットです」
入室の許可を求めたいのだが、部屋の中は物音一つすることがない。もう一度ノックをして中の気配をうかがっても変わりは無い。
中で倒れているのではないか、最悪が思い至りとりあえず扉を開く。
「失礼します」
視線を巡らせるとソファに深く腰掛け目を閉じているオズに気がついた。
午後の乳白色の陽光がその姿を包んでいる。心臓が一際大きく跳ねた。
淑女ならここで毛布をかけて退散するべきなのだろう。だが、スカーレットはオズの前まで来ると腰を落とし、その寝顔を覗き込んだ。
もともと整った顔立ちではあるが、眠ると少しのあどけなさが顔を出す。寝息は規則的なのに眉間の深い皺が疲労を顕にしていた。
頬にかかっている髪へ手を伸ばす。
その手が不意に掴まれた。
「あっ」
「レティ?」
眠気が滲んだ瞳だった。
起こしてしまったことを詫びて、その後は。言葉を選んで発する余裕もなく、ソファに引き寄せられその上に倒れ込まれてしまった。
「お、おずさま……っ」
顔が近づく。他人の体温に、香りに包まれ心臓が早鐘を打った。背中を這う手に体が反応してしまう。
「久しぶりのスカーレットだ」
寝ぼけているのか、ぼやけた声のままオズはスカーレットの肩口に顔を埋めた。
「甘い匂いがする」
「えっと、先程まで厨房にいて」
首筋の弱い所にオズの吐息がかかる。
「ひゃん」
「甘い……?」
耳元で舌なめずりをする気配がした。
「気のせいですわ!」
過度なスキンシップに思わずスカーレットの声が大きくなる。
不意に体が引き離された。思わず顔を上げると蜜色の視線に絡め取られる。
「レティ」
蕩けた瞳にかすれがちな声音。普段とは空気の違うオズに翻弄される。
「逃げないの?」
教えてもらった魔法や魔術を使えば逃れることは容易い。だが、逃げるくらいなら最初からここに来ていない。スカーレットが返したのはそんな沈黙だった。
紅玉の瞳が放つ感情の彩にオズの表情が緩む。
「じゃあ、少しだけこうしてていい?」
スカーレットを腕の中にすっぽりと包み込むと瞼を落とした。
「疲れたんだ」
それはそうだろう、とスカーレットは心の中で呟いた。オズの多忙さは話に聞いている。むしろここまでよく保っている方だ。
「私に何か手伝えることはありますか?」
オズの瞼が僅かに震えた。うめき声とも鳴き声ともつかない声をあげながらスカーレットを抱きしめる腕に力が込もる。
「やだ」
やだってなんだ。そう問い返しそうになってスカーレットは唇を引き結ぶ。
「だって僕の仕事を手伝えるくらい一人前になったら」
背中に回っている手はまるで縋り付いているようだなと、スカーレットは思った。
「君は遠いところに行っちゃうんだろう」
限界だったのかそれだけ口にすると規則的な寝息を上げ始めた。
穏やかで余裕のある男の大人の人だったオズが泣きじゃくる少年のように見えた。せめて体勢を変えようと腕に力を込めてもビクともしない。
口では距離を置いているくせに全く見え透いた本心だ。
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