【完結済】婚約破棄されたので魔法使いになろうと思います【R18】

風待芒

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第三章「花の蜜」

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 翌朝、スカーレットは自室で目覚めた。自分を長い間慰めていたベッドにその気配はなく、いつも通りの目覚めに昨夜の出来事を夢かと思いかけた。だが、素肌に一枚だけまとったシャツは自分のものでは無い。オズの匂いがするシャツ、そこから覗く肌には赤い花弁が散っていた。
 そしてスカーレットに今の刻限を教える、どう見ても中天近くにある太陽。
 手早く支度を整え、朝食兼昼食を食べ、今に至る。
 いつもの教室にはスカーレットが昨日使用した召喚魔術の触媒がそのまま再現されていた。
「昨日の確認からしようか」
「はい」
 使った触媒も魔法陣もそっくりそのままである。
 暫く食い入るようにそれぞれを眺めていたオズが得心顔で顔を上げた。
「なるほど」
 どうやら誤召喚の理由が分かったらしい。スカーレットは大人しく次の句を待つ。
「レティ、魔力あんまり流さなかったでしょ」
 スカーレットの肩が跳ねた。
 やっぱり、と言いたげな表情でオズは肩を竦める。
「召喚魔術は流す魔力の量で召喚対象の強さが変わるんだ」
 魔力の量が多ければ多いほど、より強力なものに声が届きやすい。逆に少ないほど生まれたてや力の弱いものが召喚されるのだという。
 今回の場合、最悪の噛み合い方をしたのだとオズは言葉を続ける。
「フランの花は基本的に水とか日光で成長するんだけどね?」
 だが、花を咲かせる準備段階では魔力を求めて妖精や魔物を取り込むことがあるのだと言う。スカーレットの声が届いたピクシーはフランの花に取り込まれかけの力の弱い個体だったのだろう。その魔力に興味を持ったフランの花が召喚に割り込み顕現した、ということだ。
「貴重かつ高エネルギーの栄養を摂取した後だった、ってのが運の悪い話だね」
 自我を持つほどまでに力を得た妖精は強力だ。本来ならフランの花に遅れを取るようなものでは無いはずなのだが、何故か捕まり吸収された。つまりスカーレットを襲った花はご馳走を食べて力をつけた個体だったのだ。
 念入りに擦り込まれ、種付けされたのに、理性を保てていたスカーレットの精神力は相当なものだ。
「体は平気?」
 平気だ、そう言葉を返しかけてスカーレットは口を噤んだ。
 誤魔化して取り繕うことは可能だ。だが、オズの心配りに対して不誠実にならないだろうか。それは、少し、嫌だ。
「少し、怠さが残っています」
 素直に不調を口にしたスカーレットにオズは軽く目を見開く。感嘆の後にその眦に笑みが滲んだ。
「素直でよろしい」
 俯いているとオズに頭を撫でられる。屈託なく褒められて頬が熱い。
「座学ばっかりで実技は疎かだった僕にも非はある、か」
 そんなことはない、そう言葉にする代わりにスカーレットは首を横に振った。
「実践だって疎かにするのはよくないんだよ」
 普通の魔法使いであれば実技も座学も同じくらいの進度で会得していくものだ。だが、それは幼少の頃から鍛えられる場合である。スカーレットのようにある程度歳を重ねてからだと成長曲線はまた変わってくる。
 先に知識をなるたけ詰め込んでから、とオズは考えていたのだ。
「肌で覚えるのも学び方として優劣は無い」
 どうしてその事象が起きるのか、知識があるのと無いのとでは応用の幅広さに雲泥の差が出る。もちろん、感覚であっさり掴んでしまう者もいるが。そのどちらにも長所と短所があり、どちらが当人に向いているのかはやってみないと分からないものだ。
「それに、レティ」
 オズの語気が僅かに変化する。ひた、と自分を見据える蜜色の瞳にスカーレットは息を止めた。
「魔法使うの怖がってたでしょ」
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