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第三章「花の蜜」
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思い出せる範囲で魚を思い出し再現する。少しマシにはなったが、動きが単調になりがちだ。もっと魚らしくとこだわりすぎると今度は制御が上手くいかず霧散してしまう。
「オズ様のように使いこなすにはまだまだですね」
制御の練習の段階でこれなのだ。オズのように自然に、早く展開するに至るまで道は長い。
「僕も最初はそんなものだったんだよ」
スカーレットは胡乱気に目を細めた。最初から上手くできたはず、とまでは言わないが自分の今よりは出来ていたのではという疑惑のためだ。
「本当だって」
スカーレットの視線を受けて居心地が悪いのかオズは頬をかきながら視線を逸らす。
「出来なくて何度も不貞腐れてたんだから」
自分の不甲斐なさに落ち込む気持ちは理解出来る。スカーレットは瞬きを一つすると生徒の顔になった。
「そういう時はどうしていたのですか?」
「忘れる」
「わすれる」
意図が掴みきれずつい反芻してしまった。
オズは芝居がかった神妙な面持ちで言葉を続ける。
「そして違うことに打ち込む」
ひとつの事を突き詰めるのは大事だ。だが、視野が狭くなってしまうのはいただけない。自分が冷静ではないと気付く冷静さがあるうちに一度離れて気持ちを切り替えるのだ、と補足する。
そして、もう一度向き合うための準備が出来たなら
「戻ってくる」
何度でも、自分が納得できるまで繰り返すと大概何とかなるものだ、そう言ってオズは笑う。
非常に含蓄のある言葉だが、スカーレットの瞳は陰ってしまった。
「逃げられない時は?」
不安に揺れるスカーレットの表情は想定外だったのか、オズは目を瞬かせる。逡巡のうちに胸の前に握り拳を掲げた
「頑張る」
地面に両の足で立って踏ん張る、耐える。とどのつまり、それしかない。
「なる、ほど」
つられたのかスカーレットも両手を胸の前で握りしめる。
緊迫感があるようでない沈黙が訪れた。先に口火を切ったのはオズだ。
「あとは、頼ってよ」
緩やかに風が吹き始める。張り詰めた空気をほどくように、笑い飛ばすように。
「僕じゃなくても、ローニャもティムだっているんだ」
オズの言葉はいつも優しい。つい甘えそうになる。
スカーレットは噛み締めるように口を噤んだ。
「私も……」
与えられてばかりは嫌だ。自分も頼られる側がいい。支えられるようになりたい。他でもない、目の前にいる好きな人を。
「うん?」
そんなスカーレットの心情に気付かないままオズは首を傾けた。
きっ、とスカーレットの柳眉が釣り上がる。喉に力を込めて心のままに言葉を紡ぐ。
「オズ様。私、魔法使いになりたいです」
最初はなんとなくだった。ひとり立ちする時、国の外に出る時に役に立つからと。でも今は違う。そんなついでではなく自分の歩む道として進んでみたいのだ。
「魔法が使える人、ではなく魔法使いに」
スカーレットの鮮やかな紅玉の瞳は覚悟に煌めいている。本気であるとオズもその気概を信じたようだ。
「道は険しいよ」
「頼りになる師匠がいますから」
澱みのない信頼にオズの眦が和む。
「それはずるいよ」
それなら、うん、そういうことなら。そう頷くとスカーレットに向き直った。
「見ててあげるから、ちゃんと着いてくるんだよ」
「はい!」
約束の一年と言わずちゃんと一人前になるまで、その先も、ここにいさせて欲しい。そんな我儘を胸の内にしまって、スカーレットは唇に笑みを刻んだ。
「オズ様のように使いこなすにはまだまだですね」
制御の練習の段階でこれなのだ。オズのように自然に、早く展開するに至るまで道は長い。
「僕も最初はそんなものだったんだよ」
スカーレットは胡乱気に目を細めた。最初から上手くできたはず、とまでは言わないが自分の今よりは出来ていたのではという疑惑のためだ。
「本当だって」
スカーレットの視線を受けて居心地が悪いのかオズは頬をかきながら視線を逸らす。
「出来なくて何度も不貞腐れてたんだから」
自分の不甲斐なさに落ち込む気持ちは理解出来る。スカーレットは瞬きを一つすると生徒の顔になった。
「そういう時はどうしていたのですか?」
「忘れる」
「わすれる」
意図が掴みきれずつい反芻してしまった。
オズは芝居がかった神妙な面持ちで言葉を続ける。
「そして違うことに打ち込む」
ひとつの事を突き詰めるのは大事だ。だが、視野が狭くなってしまうのはいただけない。自分が冷静ではないと気付く冷静さがあるうちに一度離れて気持ちを切り替えるのだ、と補足する。
そして、もう一度向き合うための準備が出来たなら
「戻ってくる」
何度でも、自分が納得できるまで繰り返すと大概何とかなるものだ、そう言ってオズは笑う。
非常に含蓄のある言葉だが、スカーレットの瞳は陰ってしまった。
「逃げられない時は?」
不安に揺れるスカーレットの表情は想定外だったのか、オズは目を瞬かせる。逡巡のうちに胸の前に握り拳を掲げた
「頑張る」
地面に両の足で立って踏ん張る、耐える。とどのつまり、それしかない。
「なる、ほど」
つられたのかスカーレットも両手を胸の前で握りしめる。
緊迫感があるようでない沈黙が訪れた。先に口火を切ったのはオズだ。
「あとは、頼ってよ」
緩やかに風が吹き始める。張り詰めた空気をほどくように、笑い飛ばすように。
「僕じゃなくても、ローニャもティムだっているんだ」
オズの言葉はいつも優しい。つい甘えそうになる。
スカーレットは噛み締めるように口を噤んだ。
「私も……」
与えられてばかりは嫌だ。自分も頼られる側がいい。支えられるようになりたい。他でもない、目の前にいる好きな人を。
「うん?」
そんなスカーレットの心情に気付かないままオズは首を傾けた。
きっ、とスカーレットの柳眉が釣り上がる。喉に力を込めて心のままに言葉を紡ぐ。
「オズ様。私、魔法使いになりたいです」
最初はなんとなくだった。ひとり立ちする時、国の外に出る時に役に立つからと。でも今は違う。そんなついでではなく自分の歩む道として進んでみたいのだ。
「魔法が使える人、ではなく魔法使いに」
スカーレットの鮮やかな紅玉の瞳は覚悟に煌めいている。本気であるとオズもその気概を信じたようだ。
「道は険しいよ」
「頼りになる師匠がいますから」
澱みのない信頼にオズの眦が和む。
「それはずるいよ」
それなら、うん、そういうことなら。そう頷くとスカーレットに向き直った。
「見ててあげるから、ちゃんと着いてくるんだよ」
「はい!」
約束の一年と言わずちゃんと一人前になるまで、その先も、ここにいさせて欲しい。そんな我儘を胸の内にしまって、スカーレットは唇に笑みを刻んだ。
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