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第四章「月光苺」
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「気持ち……」
スカーレットは自分の胸に手を当てた。
〝夢〟は既に最期まで見終えている。思うまま、感情のままに力を使い暴虐の限りを尽くした呪炎の魔女スカーレットは愛と希望のために立ち上がった少年少女たちに倒された。今、最大限の力を引き出せないのはその自戒のつもりなのだろうか。
「前線で戦うだけが魔法使いじゃない」
慰めるようにオズは言葉を続けた。
「回復魔法だって大事な仕事だよ」
「そう、ですね……」
軍だって戦地に身を置く兵士だけが戦っている訳では無い。彼らが傷を癒す場所、その技術をどんな場所であっても臆することなく発揮する。それも立派な戦いだ。
「でも、なんだか……」
無理やり納得しようとして心が波立つ。形容しがたい居心地の悪さにスカーレットは唇を噛み締めた。
「嫌?」
首肯する首の動きに合わせて金の髪がさら、と揺れる。
「逃げたような気がするんです」
戦場で意気揚々と敵の命を狩りとってきた自分が貞淑な淑女の振りをしている姿が許せない。だって、前線で命を張っている兵士たちが一番危険で一番怖いはずだ。一番前で戦える、その力があるのに守られた後方にいるのは許されない、そんな気がするのだ。
罪悪感を抱えて黙り込むスカーレットに向けられているのは不思議なほど透明な視線だった。
「そっか」
様々な感情が揺れる金色をまぶたの下に一度隠すとオズは目を細める。
「今のレティならもう大丈夫かな」
顔を上げると手招きをするオズの手がスカーレットに目にとまった。
「こっちに」
差し出された手を取ると、もう片方の手に杖が握られた。どこから出したのか、そう訝っているとオズは一際大きく杖を振りかぶる。杖を付いた先は芝生の上であるはず、だというのにガラスを突いたような甲高い音が周囲に反響した。同時に魔法陣が起動する。見覚えのあるそれは屋敷の用具入れに彫り込まれた転移の魔法陣。説明すらろくにしないままにオズは魔法陣に魔力を送り込んだ。
目を閉じてもなお眩しい光に包まれる。
やがて光が収まったのか目の裏側に闇が戻ってきた。そう感じたのもつかの間、重苦しい空気が肺になだれ込む。
「ここは……?」
目の前に広がっているのは森だった。だが、見知った森とは少し違う印象だ。植生も知らないものばかりだと言うのに、漠然とした違和感がスカーレットを襲う。
「命の山脈」
オズの答えにスカーレットの息が止まった。
「その荒野側の麓だよ」
人間たちが住まう土地と魔物たちが蔓延る土地を分けているのが命の山脈だ。その境界の向こう側に居る。どこか遠くにあった恐怖を身近に突きつけられたスカーレットはオズを見上げた。
「な、なんで……」
ふと、その薄い唇に指が宛てがわれた。手を引かれるまま草むらに身を隠す。
先程までスカーレットたちがいた場所に姿を見せたのは半分ほどの身の丈の人。否、人では無い。見慣れない緑色の肌。つり上がった白目のない瞳。鋭い牙、爪。
『グルルルル…………』
人語ではない呻き声を上げるソレが何であるかスカーレットは知っている。
ゴブリンだ。
「なんでもいい、攻撃してみて」
「ファイア……」
魔力を練り上げていると、足の位置を変えたせいで枝を踏み折ってしまったらしい。乾いた音が響いた。小さな物音であるが、ゴブリンの耳に届いてしまったようだ。
『ギ……?』
目が、合った。
互いにそう認識した後、先に動いたのはゴブリンの方だった。餌であり玩具である人間の女の存在に気づいたのか気持ちの悪い笑を浮かべる。
『ギャツ、ギャツ、グギギギギギ!』
狂喜に地団駄を踏んだかと思うとゴブリンが一気に距離を詰めた。ヨダレを撒き散らしながら棍棒を振り回してくる。嫌悪に染まったスカーレットに魔力を制御する余裕は無かった。
「来ないで!」
絶叫するとスカーレットの魔力を帯びた炎がゴブリンを襲う。
『ギィヤァァァァァァァァァァァァ』
焼けこげた肌が黒く変色していく。激昂が勝っているのか憎悪に染まった瞳でゴブリンがこちらに足を踏み出した。
「あ、あ……」
後ずさりそうになる足を押しとどめて再び魔力を練る。
「ファイア・アロー!」
凝縮された灼熱の矢がゴブリンに突き刺さる。急所では無かったようだが、先の炎もあってか呻き声を上げて地に伏した。
スカーレットは自分の胸に手を当てた。
〝夢〟は既に最期まで見終えている。思うまま、感情のままに力を使い暴虐の限りを尽くした呪炎の魔女スカーレットは愛と希望のために立ち上がった少年少女たちに倒された。今、最大限の力を引き出せないのはその自戒のつもりなのだろうか。
「前線で戦うだけが魔法使いじゃない」
慰めるようにオズは言葉を続けた。
「回復魔法だって大事な仕事だよ」
「そう、ですね……」
軍だって戦地に身を置く兵士だけが戦っている訳では無い。彼らが傷を癒す場所、その技術をどんな場所であっても臆することなく発揮する。それも立派な戦いだ。
「でも、なんだか……」
無理やり納得しようとして心が波立つ。形容しがたい居心地の悪さにスカーレットは唇を噛み締めた。
「嫌?」
首肯する首の動きに合わせて金の髪がさら、と揺れる。
「逃げたような気がするんです」
戦場で意気揚々と敵の命を狩りとってきた自分が貞淑な淑女の振りをしている姿が許せない。だって、前線で命を張っている兵士たちが一番危険で一番怖いはずだ。一番前で戦える、その力があるのに守られた後方にいるのは許されない、そんな気がするのだ。
罪悪感を抱えて黙り込むスカーレットに向けられているのは不思議なほど透明な視線だった。
「そっか」
様々な感情が揺れる金色をまぶたの下に一度隠すとオズは目を細める。
「今のレティならもう大丈夫かな」
顔を上げると手招きをするオズの手がスカーレットに目にとまった。
「こっちに」
差し出された手を取ると、もう片方の手に杖が握られた。どこから出したのか、そう訝っているとオズは一際大きく杖を振りかぶる。杖を付いた先は芝生の上であるはず、だというのにガラスを突いたような甲高い音が周囲に反響した。同時に魔法陣が起動する。見覚えのあるそれは屋敷の用具入れに彫り込まれた転移の魔法陣。説明すらろくにしないままにオズは魔法陣に魔力を送り込んだ。
目を閉じてもなお眩しい光に包まれる。
やがて光が収まったのか目の裏側に闇が戻ってきた。そう感じたのもつかの間、重苦しい空気が肺になだれ込む。
「ここは……?」
目の前に広がっているのは森だった。だが、見知った森とは少し違う印象だ。植生も知らないものばかりだと言うのに、漠然とした違和感がスカーレットを襲う。
「命の山脈」
オズの答えにスカーレットの息が止まった。
「その荒野側の麓だよ」
人間たちが住まう土地と魔物たちが蔓延る土地を分けているのが命の山脈だ。その境界の向こう側に居る。どこか遠くにあった恐怖を身近に突きつけられたスカーレットはオズを見上げた。
「な、なんで……」
ふと、その薄い唇に指が宛てがわれた。手を引かれるまま草むらに身を隠す。
先程までスカーレットたちがいた場所に姿を見せたのは半分ほどの身の丈の人。否、人では無い。見慣れない緑色の肌。つり上がった白目のない瞳。鋭い牙、爪。
『グルルルル…………』
人語ではない呻き声を上げるソレが何であるかスカーレットは知っている。
ゴブリンだ。
「なんでもいい、攻撃してみて」
「ファイア……」
魔力を練り上げていると、足の位置を変えたせいで枝を踏み折ってしまったらしい。乾いた音が響いた。小さな物音であるが、ゴブリンの耳に届いてしまったようだ。
『ギ……?』
目が、合った。
互いにそう認識した後、先に動いたのはゴブリンの方だった。餌であり玩具である人間の女の存在に気づいたのか気持ちの悪い笑を浮かべる。
『ギャツ、ギャツ、グギギギギギ!』
狂喜に地団駄を踏んだかと思うとゴブリンが一気に距離を詰めた。ヨダレを撒き散らしながら棍棒を振り回してくる。嫌悪に染まったスカーレットに魔力を制御する余裕は無かった。
「来ないで!」
絶叫するとスカーレットの魔力を帯びた炎がゴブリンを襲う。
『ギィヤァァァァァァァァァァァァ』
焼けこげた肌が黒く変色していく。激昂が勝っているのか憎悪に染まった瞳でゴブリンがこちらに足を踏み出した。
「あ、あ……」
後ずさりそうになる足を押しとどめて再び魔力を練る。
「ファイア・アロー!」
凝縮された灼熱の矢がゴブリンに突き刺さる。急所では無かったようだが、先の炎もあってか呻き声を上げて地に伏した。
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