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第四章「月光苺」
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しおりを挟む「皆様、随分と熱心なのですね」
それぞれのテーブルで簡単な講義を受けたスカーレットの感想だ。
それぞれ自分の研究に誇りを持っていた。だが、国は打倒魔族を掲げており戦争と関係のない研究には予算を割いて貰えない。だからより効果的な強力な戦争集結の一助となる成果をあげるのだ。そう息巻く姿は勇ましくもどこか切ない。
「帝国軍人の殆どは幼い頃から魔族たちの脅威に晒されてきましたから」
ユリアの声もどこか寂しそうだった。
果ての荒野に加え命の山脈、頼もしい辺境伯たち、そしてオズという強力な魔法使い。スカーレットが当たり前に享受してきたその平和を、猶予を帝国は与えられなかったのだ。
黙り込んでしまったスカーレットにユリアはある提案を持ちかける。
「スカーレット様、帝国に来る気はありませんか?」
「帝国に?」
ユリアの瞳は真に迫っていた。ずっと燻っていた思いなのだろう。
「メイジスでの魔法使いの冷遇ぶりは目に余ります」
脳裏にオズの寂しそうな笑みが浮かんだ。あの忘れ去られたような屋敷でずっと研究を重ねていた背中。どれほどの功績を挙げても忌み嫌われた魔法使いであるが故に賞賛を受けることは無い。
オズの功績を身近に知る帝国の彼らだからこそ。ユリアの勧誘はスカーレットだけではなくオズにもかけられているようだった。
「オズワルド様の庇護があるとはいえ、あちらでは不利なことが多すぎます」
はっ、と何かを思い出したのかスカーレットは目を見開いた。
「お気持ちは有難く」
固く握られたユリアの手を包む。
「ですがお断りさせて頂きますわ」
なぜ、とユリアの瞳は言外に訴えていた。
その問いにスカーレットは答えを返せない。パズルを完成させるためのピースが揃っていないのだ。だが、理想は、描きたい画はスカーレットの胸の中に定まった。
確固たる意思に輝く紅玉に重ねられる言葉をユリアは持ち合わせていないようだった。提案を引き下げる代わりに目を伏せる。彼女も中々強情だ。
「それともう一つ」
スカーレットは片目を眇る。令嬢然とした笑みにほんの少し魔女と呼ばれた傲慢さと意地悪さが混ざったような笑みだ。
「私、オズ様の庇護に頼る気はありませんの」
彼の背中はとても頼もしい。幾度となく庇われ、背中を見てきたから実感も強い。だが、その背中を支え時に重責を分け合うのなら、いつまでも庇護に甘んじている訳には行かない。
初めて見るスカーレットの表情に驚いたのかユリアがきょとんと目を瞬かせた。
「だってさ」
突如として降ってきた声に少女二人の視線が滑る。
声の主マルセルは三日月に歪んだ笑みで隣にいるオズを見つめていた。
「うるさい」
語気に覇気がない。少し疲れているのだろうか。
「オズ様」
「レティ」
スカーレットが歩み寄るとオズの表情が安心したように緩んだ。やはりこちらの方が見慣れている。
「用事は終わったのですか?」
「うん、とりあえずは」
確認の為にマルセルを一瞥すると同意の首肯を返された。確認のための書類が手渡される。これを元に上層部に報告して終了らしい。
その後、二人に見送られて屋敷に帰還した。
見慣れた光景が間の前に広がる。安堵したのかオズがその場にしゃがみ込んだ。
「つっかれたぁ」
「お疲れ様でした」
視線を合わせようとスカーレットもその場に腰を下ろす。
「明日は休みにしよっか」
オズは国王への報告があるためそのあとからということになるが。
「明日、お話聞いてくださいますか?」
帝国の魔導師団視察はスカーレットにとって確かに良い刺激になった。話したいことが、オズの考えを聞きたいことが沢山ある。きらきらと輝くその瞳が明らかな証拠だ。
「ん、いーよ」
オズとの約束にスカーレットの表情がさらに輝く。
夕日に染まった世界で二人は手を取り合った。
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