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第五章「木漏れ日の欠片」

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「ごめんね」
 オズの声でスカーレットは我に返る。
 だが、どうして謝罪なのだろう。思い浮かぶ百万語が音になる前に泡と消える。言葉が詰まって声を出すことすらままならない。
 そんなスカーレットを置き去りにオズは話を続けた。
「オズワルドはあの時に間違いなく死んだ」
 魂すら消費して世界を一つ作った。間違いなく奇跡の御業だ。未来より過去を選んだ、酷く愚かで純粋な男だったのだろう。
 スカーレットの記憶が引き継がれているのには驚いたが予兆はあった。繰り返してしまうかもしれない再演、オズワルドがスカーレットに施したのは正しく呪いだったのかもしれないと今になってぼんやり思う。
「君と過ごす日々が楽しくて、嘘をつき続けた」
 オズの瞳にようやくスカーレットが映った。だというのに、今にも泣き出しそうに揺らいで三日月を形取る。
「名前も姿も全て彼のものなのに」
 スカーレットは胸元に組んだ手を握りしめた。一歩、進んで目の前の男と向き合う。
「あなたは誰なんですか」
 スカーレットの問に躊躇うような素振りがあった。言葉を選び終わったのか自嘲的な笑みからその言葉が紡がれる。
「ボクは、消えたオズワルドの辻褄合わせに異世界から呼ばれた」
 オズワルドの魂が無くなっても、オズワルドという人間がいたことは消し去れない。誰かがその皮を被る必要があったのだ。そのために選ばれて、呼び出された
「ただの部外者だよ」

 
 ◇ ◇ ◇ ◇


 その少年は日本という国で生まれた。
 生まれたころから体が弱く、庭を走り回るなんて夢のまた夢。病室か自宅がその少年にとっての〝世界〟だった。
 少年には姉が一人いた。
 姉は病弱な弟のせいで制限を強いられているにも関わらず、いつも優しかった。
 姉は外の話を事ある毎に少年に話した。
 歳を重ねると自分の気に入った漫画を少年に渡した。
 「ロード・オブ・ブレイブ」それが姉が貸してきた本のタイトルだった。
 勇者になった少年が仲間を集め、魔物や魔族を倒し、魔王を倒すというありふれた物語。その作品は人間でありながら魔王の手下に落ちた呪炎の魔女を倒し、残るは魔王の玉座というところで休載になった。
 連載が再開される前に少年の命の火は儚くも消え去った。

 そして少年はオズワルドの記憶を見せられた。その上で懇願された。
「スカーレットに幸福を、大手を振って笑える平穏を」
 少年は嬉しかった。何も出来ずに死んだ、何者にもなれなかった自分に与えられた役職と仕事に。
 だから答えたのだ。
「はい、わかりました」と
 オズワルドの偉大さとその任務の孤高さに打ちひしがれたのは転生して間もなくの事だった。

 ◇ ◇ ◇ ◇
 
 魔法使いたちを異国に逃がし、王妃に睨まれぬよう息を殺す日々。
 母は心労がたたり死亡した。喪失感に浸ることを世界は許してくれなかった。
 その後も王国のために駆け回り力を尽くしても賞賛も脚光も願えない。
 ただ、スカーレットが平穏に暮らせるように。記憶通りに婚約破棄をされようものなら再びの好機を逃さぬように、ずっと息を潜めて生きてきた。
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