平凡な僕らの、いつもの放課後。

たんさん

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46.夏木と紫苑

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 思い出した。思い出したんだ。全て。

 あの、月に照らされた綺麗な顔を、忘れていた。淋しく笑う。泣きそうに死にたいと俺に懇願したあの顔を、思い出した。

 俺の知ってる栗花落くんは、目の前のこいつじゃない。

 俺を魅了した栗花落くんは、俺を置いて、1人で逝ったんだ。俺に愛という最高の呪いを掛けて。それが、栗花落くんの、栗花落紫苑の、最期の願いだった。

 目の前のこいつが、紫苑くんを殺した、紫苑くんの存在を殺したんだ。僕以外の全てから、紫苑くんを消したんだ。

 俺が殺人犯だと言うなら、お前はなんだ蕾斗。お前は、ただの被害者遺族か?違う。お前が殺したんだ!!!

 怒りが込み上げる。気付けば蕾斗の首元を締め上げていた。蕾斗は恨みの満ちた目で俺を見つめている。

 俺が犯罪者になって、それで紫苑が戻ってくるなら、俺は俺の一生を捧げてもいい。でもそんなことは出来ないのはわかっている。あの時一瞬だけ見た蕾斗の存在を視認して、怒りが収まらない。

 紫苑くんと同じ顔で、同じ声で、同じ髪型で、俺を罵るこいつが、蕾斗だ。紫苑くんを栄養分に、紫苑くんに寄生して成長してきた。

 悲しくなる。あの頃の紫苑くんに比べると、身長も伸び、俺より少し低いくらいの。声も変声期を終え、少し低くなっている。あの切かれ長の目も更に涼やかになっていて、美少年だった顔は美青年に成長していた。

 紫苑くんがもし生きていたら……。

 紫苑くんの命を奪ったこいつ、蕾斗は生きている。なんで、こいつが生きて、紫苑くんが死ななくちゃいけかなかったのか。見れば見るほど憎くなる。

 俺が犯罪者だろうと、こいつが犯罪者だろうと、俺が死んでも、俺が今こいつを手に掛けても、紫苑くんは帰ってこない。

 なんで。
 どうして、俺は大切な紫苑くんを忘れていたんだろうか。なんで俺は、兄貴が、栗花落家を誘拐犯に仕立て上げたことだけを覚えていたんだろうか。

 思い出さないといけない。
 俺だけが知っている紫苑くんを。

 ───

 中学1年生の頃、帰ってくるのが遅い兄貴を待つ間、一人の僕は近所の塾に通っていた。学校の違う栗花落くんとは、そこで出会った。

 栗花落くんは僕と違って、いつもキラキラしてて、周りには自然に人が集まっていた。

「友達なんてつまらんもん作らんでええで。にーちゃんおるから十分やろ?」

 物心ついた頃からそう言われていた僕には友達なんていなくて、僕はそんな栗花落くんを眺めているのが好きだった。見ているだけで良かったんだ。

 栗花落くんはそんな僕に時々気付いて、目が合うとニコッと笑ってくれた。僕は恥ずかしくなっていつも、目を逸らした。栗花落くんとはそれだけだった。

 ある日、栗花落くんの顔が曇り、誰が話しかけても返事をしなかった。その日はみんなが栗花落くんを怖がり、誰が塾のプリントを配るのかザワザワしていた。

 僕は遠巻きにされていて誰も近づかない栗花落くんが段々可哀想になってきて、栗花落くん用のプリントを取ると、栗花落くんの前まで行って目の前に置いた。

「今日のプリントやで。体調悪いなら、今日はお休みした方がええと思うけど。」

 そう言って、俯いてる顔を覗きこんだ。すると、目が合って、僕にニコッと笑いかけてくれた。俺は、いつも遠巻きに見てたあの笑顔を間近で受けて、顔が真っ赤になってしまった。

「君、恥ずかしがりの林檎ちゃんだ。僕と目が合った時、いつも目を逸らして顔赤くしてるの。ほら、今も真っ赤で林檎みたい。僕の髪色と一緒だね。」

 そう言ってサラサラのストロベリーブロンドの髪を撫でた。いつもの調子に戻った栗花落くんを見て、遠巻きに見てた子達は一気に栗花落くんの周りに集まり始めた。僕は、その隙に自分の席に戻った。

 まだ顔も火照ったまま、きっと赤いままの顔で、俯いてプリントを解くフリをし続けた。塾が終わり、片付けをして皆が帰っていく。席を立ち、みんなが靴箱でワイワイ話しながらそれぞれの方向に帰っていく。僕はそれを眺める。
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