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賢者の恋心(3)
しおりを挟む恋心、自覚しちゃえば、戻れない。
「明日はノルの召喚紋様を詳しく解析したいから、悪いけど一人で動いてもらえるかな」
何事もなくキャンプから戻り依頼を終えると、僕は極力ノルから視線を外しつつ宣言した。
唐突な僕の言葉にノルは疑問を持たずに頷く。まぁ、召喚紋様に関してはずっと手付かずだったから、そこまで変なことは言ってないもんね。
「わかった、外には出てもいいんだよな?」
「もちろんだよ、ただ一人じゃまだ危険だからなるべく街から出ない方がいいかも」
と言うか一人で街から出られたら、きっと僕が不安で何もできなくなる。
平常心、平常心。そう思ってる時点でもうアウトなのは自覚しているけども。
一度、ちゃんと意識しちゃったらもう駄目だった。ずっと二人でいるとまるで初恋を知った子供みたいにドキドキソワソワするし、頭が完全に浮かれモードだしで正気でいられない。
少し。ほんの少しだけ今は距離が欲しかった。せめてもうちょっと僕が落ち着くまで。
だから正当な理由を作って、ノルから一時避難することにしたんだ。
でも自分から遠ざける癖に目が届かないのは不安なんだから、僕ってば面倒くさい奴になってる。ノルに危険がないように、絶対に怪我ひとつしないように、それでいて距離を取りたいなんて。我儘だなぁ。
「これは守護全般と通信ができる紋様が刻んであるから、肌見放さず持っててね。もしノルが動けなくなっても、それが割れたら自動で家まで転送してくれるから、できれば服の下に隠しておいて」
言って紋様がびっしりと刻まれたペンダントをノルの首にかけた。
使いやすいように小さめにしたから効力はそれなりだけど、街で起きる程度の危険からは確実にノルを守ってくれる。
僕という天才が隣にいなくても安全はばっちり確保したかった。
これでノルが人攫いにあったり怪我なんてしたら、きっと情緒不安定な今の僕なら大泣きとかしちゃうだろうし。大人の癖に。やっぱり面倒猫だ。
何かあったらすぐ連絡すること、日暮れまでには帰ること、と言ったら幼稚園児じゃないんだからとまた拗ねられてしまった。
違うんだよ。大好きなノルだから心配なんだ。
なんて言えるはずもなく、僕は子ども扱いしてごめんねと謝った。
そしてノルの機嫌が直ってきたところで街の区画や施設についてもざっくりと説明する。
ちょっと一人だと治安が悪い場所とかもあるからね。
「リューエ」
「なっ、なにか質問とかあった!?」
「いやそうじゃなくて。もしあてがあれば、リューエの手の空いてない日に俺を鍛えてくれるような人を紹介して欲しいんだ」
「……紹介?」
「ここにいる間だけでも、できる限り強くなりたいって思うんだ。リューエの負担にならない範囲でいいからさ」
お願い。と手を合わせてくるノルに少しだけ悩む。
確かに一人よりは僕が信頼する誰かに託したほうが安全だ。それなら街から出てもほんの少し、少しだけ安心できる。
護衛を任せられて、それでいて鍛錬にもなるようにとなると冒険者……ノルとパーティを組んでくれるような面倒見の良い先輩が適任だろう。
それなら僕の知人友人にも何人か思い当たる顔がいる。
「んー。わかった! じゃあ最適な奴を紹介するね。そいつは冒険者だし、ノルが経験を積みながら強くなれるように手助けしてくれるはずだよ」
ノルが誰かと仲良くするなんて見たくない、なんてまた青臭い恋愛感情が湧き上がってくるけど。さすがにそんなのは無視だ。
我慢するのは嫌だけど、他人の迷惑を顧みずに喚き散らすのだって、それで嫌われてしまうのだって嫌だ。
これが恋人同士だったら我慢しなかったかもしれない。
でも現状、僕とノルはそんな関係じゃないし、それを望んでもいなかった。
だから、そう。
シンプルな話だ。ノルと仲良くなっても僕が嫉妬しないような相手を選べばいい。ようは既婚者とか、恋人一筋で浮気なんて思いつきもしないような性格の奴。うん、僕ってば天才。面倒猫も回避できたはずだ!
早速ススっと書いた依頼書を紋様に乗せてギルドに転送する。上手くいけばすぐにでも連絡がつくはずだ。
「早ければ昼前には来ると思うから、ちょっと待機しててね」
「ありがとうリューエ」
「どういたしまして! 僕が籠ってる間、暇にならなそうで良かったよ」
ノルには帰っても後悔しないように、楽しい経験をいっぱい積ませてあげたいからね。僕ってば健気!
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