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第1章 少女、冒険者目指して奮闘する。
20.8話 天才魔法使いの悩み
しおりを挟む時は少し遡り、約一ヶ月前―
行政府、ミレーヌの執務室
ミレーヌ=ウルスクラフトは、自身の執務室内を落ち着かない様子で歩き回っていた。
彼女は、今とても重大な問題に直面し仕事に手が付かない状態にある。
「あー、どうしたらいいんだ……。あー、どうしたらいいんだ……」
そう言って、仕事もせずに部屋を歩き回っている上司に彼女の秘書であるエルフリーデ・ツィエンテク(エルフィ)は意見してみた。
「落ち着いてください、ミレーヌ様。そうやって部屋の中を歩き回っても、問題は解決しませんよ」
エルフィは、20代前半で眼鏡を掛けた優秀な秘書である。
「これが、落ち着いていられるか! このままミリアちゃんが部屋に引き籠もって、試験を受けなければ落第してしまうのだぞ! もし、落第したことがショックで部屋から二度と出てこなくなったら、私は死んだ姉さんになんて言えばいいのだ……」
「大丈夫ですよ、ミレーヌ様。ミリアさんはミレーヌ様の背中を見て育ってきたのですよ。きっとこんな試練だって乗り越えてみせますよ」
悲しそうに天を見上げるミレーヌに、エルフィはそう言って尊敬する上司を励ました。
「エルフィ……」
ミレーヌはエルフィに近づくと
「だから! もし落第したことがショックで、部屋から二度と出てこなくなった時、どうするんだって心配してるんだろうが! わかったふうなこと言ってんじゃねえぞ!」
そう言って、エルフィの頭に怒りのアイアンクローを繰り出す。
さすがは総合スキルS、身体能力も高い。
「あたたたたた! スミマセン、スミマセン……」
ミレーヌは、エルフィをアイアンクローから解放すると、再び部屋の中を歩き始める。
(姪御さんのことになると人格が変わるのさえなければ、完璧な上司なのに……)
エルフィはそう思いながら自分の仕事に戻ると、そこに急な面会者が現れた。
紫音と極秘に会った後のフィオナ・シューリスである。
ミレーヌとフィオナは、冒険者育成高等学校の同期であり親友であった。
「お久しぶりね、ミレーヌ」
「フィオナ、どうしたの? この街に来るという話は聞いていなかったけど?」
「フェミニース様の神託で、お忍びで来たのよ」
「そうなの、エルフィ。すまないが、お茶の用意を」
ミレーヌは彼女とミリアとの会話のときだけ、公人の喋り方から素の喋り方に戻る。
二人はお茶を飲みながら、雑談を交わしているとフィオナの方から話を切り出した。
「ミレーヌ、貴女は今ミリアちゃんの事で困っているのでしょう?」
「耳が早いのね、もう王都にまで伝わっているの?」
「違うわ。これは私の独自の情報網で知ったことなの。それより、いい解決策を持ってきたの。冒険者組合に、こう依頼すればいいの。”冒険者育成学校入学条件の冒険者ランクF以下、18歳以下、そして、強くないと試験で合格できないから、総合スキルランクA以上の強い人”と」
フィオナの独自の情報網とはフェミニースからの神託で、この解決策も女神の指示によるものである。
「それは、私も考えたわ。だけど、そんな者がいるわけが……」
ミレーヌがそう言うと、フィオナはこう唱えた。
「全ては、フェミニース様の御心のままに……」
その言葉で何かを察し親友の提案に、ミレーヌは藁をも掴む思いで、冒険者組合に依頼を出すことにする。
卒業試験期間終了6日前―
「ミレーヌ様、そうやって部屋の中を歩き回っても問題は解決しませんよ。今のミレーヌ様ができるのは、依頼を受ける者を待つだけですよ。それに、フィオナ様も仰っていたではないですか、”全ては、フェミニース様の御心のままに……“と」
(あっ、やばい!?)
エルフィは、また余計なこと言ったかなと思ったが、ミレーヌは反応しなかった。
「だが、現れなければどうする! このままではミリアちゃんが……ミリアちゃんが!!落第のショックで世の中を恨んで不良になって、屋敷のガラスを割り始めたらどうするつもりだ!?」
「いやー、ミリアちゃんの性格からしてそれはないと思いますよ?」
「だから、そうなったらどうするんだって、言ってるんだよ?! 他人事だと思って気軽に言いやがって! そもそもエルフリーデ・ツィエンテクって何だよ! 呼びづらいんだよ! 今日からお前、メガネな!!」
エルフィの頭に怒りのアイアンクローをしながら、そう言うミレーヌ。
今日もゴッドハンドは健在だ。
「あたたたたた! スミマセン、スミマセン……」
エルフィがアイアンクローから解放され、半泣きで書類を整理していると冒険者組合から依頼の条件にあった冒険者が現れたと、【女神の栞・業務用】に通信が送られてきた。
この【女神の栞・業務用】は、栞となっているが備え付けの大型魔法道具で、栞の形など一切していない。
昔の大型の通信機械のような見た目で、中身はフェミニース教会によってブラックボックス化されている。
「本当に現れたのか……」
「名前はシオン・テンカワさんだそうです」
(シオン・テンカワ…… 確か一周間前ぐらいに、スギハラを倒したと噂になっていた名前だな……)
「エルフィ! すぐに会うから、今すぐ時間を調整してくれ!」
「はい!」
エルフィは至急スケジュールの調整を始める。
「全ては、フェミニース様の御心のままに……か」
そして、ミレーヌは窓から外を見ながら呟いた。
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