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1-15  訪問の理由

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(パティのヤツ、ガッツリ見つかっているじゃないか!)

「どうして、あの子がこの家にいるのですか?」

 張り詰める空気の中、心の中でパティにそう突っ込むと、月読宮様は少し厳しい表情で押し入れを見ながら問い詰めてくる。

(あの月読宮様があんな圧を出しているのは、きっと日本語が不自由な事をいいことに、パティがハーフタレントみたいに、月読宮様にタメ口きいたに違いない。俺にもタメ口だからな…)

 俺はすぐさま手に持った食料品の入った買い物袋を床に置き、押入れの前に立つと襖を開ける。

「ウゥ~ トモヤ~ アノ オンナ コワイヨ~」

 押入れの上の段で、パティは怯えた子猫のよう目をして、体を少し震わせながら訴えかけてくる。

「月読宮様を“あの女”とか失礼だから、言ってはいけません!」 

 俺は月読宮様の前にスライディング土下座して、パティが“あの女”呼ばわりした事を謝罪した後に、こうなった経緯を説明する。

「 ―というわけで、パティは可愛そうな子なんです! 悪い事とは承知していますが、もう少し彼女にこの国で、楽しい思い出を作らせてやってください!!」

 額を絨毯に擦りつけながら、俺は月読宮様の慈悲に縋る。

「こら、パティ! お前からも、月読宮様にお願いしなさい!」

 そして、押し入れにいるパティにも、一緒にお願いするように言うと、

「ワタシ ソノ オンナ キライダヨー!」

 パティはそう言って、押し入れから出てこない。

「そもそも、君が俺の言いつけを守らずに、来訪者の対応をしたのが悪いんだろう!?」

 俺がそう言うとパティは押入れから、顔を半分だけ出して反論してくる。

「チガウヨー! ワタシガ テレビ ミテイタラ ソノ オンナキタヨ。ソレデ パティ トモヤ ニ イワレタトオリ アイテセズニ テレビ ミツヅケタヨ。ソシタラ ソノオンナ カッテニ ハイッテキタヨ!」  

 パティは最後に不敬にも月読宮様に指を差すが、俺はそれよりも彼女の言った“勝手に入ってきた”という言葉で困惑する。

「えっ!?」

(まさかの不法侵入!!?)

「あの… どういうことでしょうか…?」

 俺は恐る恐る伺いを立てると、月読宮様は冷静な表情でこう答える。

「智也がいなかったので、大家さんに頼み鍵を開けてもらいました」

(大家さん! それって、プライバシーの侵害ではないのか!?)

 解答を聞いた俺は心の中でそう思ったが、月読宮様に頼まれては恐れ多くて、俺でも鍵を開けるであろう、それ故に大家さんを一概には責められない。

 月読宮様は顎に手を添えて、しばらく考え込み始める。
 おそらくパティの処遇を考えているのであろう。

 数分の間、部屋を緊張感と沈黙が支配した後、月読宮様がパティの処遇を話始める。

「いいでしょう。特別に彼女の… パティの滞在を許可しましょう。ただし、ちゃんと彼女の面倒と監視をするのですよ。もし、彼女が問題を起こしたり、逃げ出したりした時は、アナタにも責任を負ってもらいます」

「本当ですか! ありがとうございます! よかったな、パティ! まだ、この国に滞在できるぞ!」

「ホントウ!? ヤッタヨー!」

 俺が押し入れに向かって報告すると、パティは嬉しそうに押し入れから飛び出して、その場で小躍りする。

 そして、俺は気になるあの言葉の意味を、一応聞いてみることにする。

「因みに、責任を負うとは・・・?」
「もちろん、“死”です」

 月読宮様は表情一つ変えずに、言葉の意味を淡々と答えてくれた。

「パティ! 問題を起こしたり、逃げ出したりしないでくれよ! 俺死んじゃうから!!」

「モチロンダヨ! パティ トモヤ スキダカラ ゴハン クレルカギリ ソンナコト シナイヨ」

 パティは小悪魔の笑みを浮かべてこう言ってくる。

(チョップを叩き込みたい、この笑顔…)

 パティの滞在の許可を得たことを少し後悔しながら、安堵している俺に月読宮様は今回の来訪した本来の目的を話し始める。

「それでは、智也。私が今日ここに来た本題の話をするので、そこに座ってください」

 俺が促されて、食卓机の対面に座ると月読宮様は話を続ける。

「私が今日来たのは、私が新設した部門へ誘いに来たのです」
「せっかくですが、僕はもう退魔庁には…」

「あなたが退魔庁を、追われた経緯はわかっています。そこで、あなたには新兵器開発部門特別試験係になって欲しいのです。この役職は私直属なので、他の者の命令を受ける必要はありませんし退魔庁にある試験場には、呼ばれた時だけ来てくれればいいです」

 月読宮様は<新兵器開発部門特別試験係>について説明を続ける。

「アナタに新兵器の試射や実戦での試験使用をしてもらい、その評価や意見を聞きたいのです。まあ、そのような仕事内容なので、給与は少額となってしまいますが…。個人の退魔士の仕事の片手間で行って貰って構いません」

 これは、月読宮様が俺を気遣って特別に用意してくれた役職であり、俺はその心遣いに感謝して、頭を食卓机近くまで下げその申し出を受けることにする。

「月読宮様、有り難く引き受けさせてもらいます」
「それはよかった。では、これを…」

 月読宮様は、笑顔でそう答えると陰陽師の衣装のような上着の袖から、俺の身分証を取り出すと机の上に置いて俺のほうにスッと差し出す。

 身分証には<月読宮月夜直属 新兵器開発部門特別試験係 八尺瓊智也>と記されており、俺の顔写真が貼られている。

「この写真は… どこから?」
「それは、尭姫の携帯電話に― いえ、秘密です」

 月読宮様は、笑みを浮かべた口に人差し指を当てて、“秘密”のジェスチャーをする。

(守りたい、この笑顔!)

 俺はその美しさと可愛らしさが混在した笑顔を見て、胸キュンしていると先程まで押し入れ前で、滞在が許されてウキウキしていたパティが不機嫌そうな表情でこのようなことを訴えてくる。

「ワタシ オナカ ヘッタヨ! トモヤ ゴハン ツクッテ!」
「君はさっき俺の分まで食べたよね!?」

 その俺のツッコミに、パティは素早く反論してくる。

「パティ ソダチザカリ! タクサン タベタイヨ!」
「お客様が来ているのに、我儘を言うじゃありません!」

 そうは言ったが、正直俺自身も朝食を食べていないのでお腹が減っており、今までは月読宮様との対面による緊張で忘れていたが、パティの言葉で思い出すと一気にお腹が減ってしまう。

「すみません、月読宮様。おれ― 僕も朝からご飯を食べていないので、ご飯を作って食べてもいいですか?」

「そうでしたか…、 わかりました。我々は、一度駐屯地に戻るとしましょう。ご飯を食べ終わったら、私の携帯に連絡してください。迎えを寄越しますから」

 月読宮様は、裾からスマホを取り出すと手慣れた感じで操作して、連絡先の交換を手早くおこなう。

 俺はその古風な出で立ちから、勝手に機械は苦手だと思い込んでいたので、驚きの表情でその姿を見てしまい、

「どうしました?」

 それに気づいた月読宮様は不思議そうな顔で質問してくる。

「いえ、月読宮様がスマホを巧みに操作しているのを見て、意外だなと思いまして… 勝手に最新の機械は苦手だと思っていたので…」

 俺は失礼だとは思いながら、正直にそう述べると

「フフフ… 私は時代に乗り遅れないように、便利なモノは積極的に使用するようにしています。家では、お掃除ロボットだって、使っています。因みにこれだって、YAKUMOの最新鋭機種ですよ?」

 月読宮様は大人の余裕からか、失礼なことを言った俺に気を使わせないように、自分の携帯を見せながら笑顔でそう答えてくれる。

(素敵すぎる、この笑顔!)

 俺が再びその素敵な笑顔を見とれていると、再びパティが不機嫌な感じでご飯を催促してくる。

「トモヤ! ハヤク ゴハン!」

「パティ、いい加減にしなさい! というか、君いつからそんな腹ペコキャラになったの!?」

 俺の突っ込みに、パティは解り易く頬っぺたを膨らませて、不機嫌をアピールしてくる。

「では、私はこれで失礼しますね」

 月読宮様は気を使って立ち上がると、そう言って玄関に歩き始める。

「月読宮様、本当にすみません。パティには、後で言っておくので…」
「気にしないでいいわ。では、お邪魔しました」

 俺がそう謝罪すると月読宮様は笑みを浮かべて、玄関先でもう一度軽く頭を下げると部屋から出ていった。

 俺は緊張から解放されて、大きく息を吐くとご飯を作る準備を始める。


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