婚約破棄された冷遇令息は、最強獣人騎士団長に番として囲われる運命らしい

まの

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02:役立たずの使い道

 バーンッッ!!
 使用人たちも追い払い、侯爵様と僕の二人きりになった無駄に広い応接間に、大きな音が壁を打ち付けた。

 あまり大きくはなれなかった華奢な体つきの僕は、簡単に軽く吹き飛ばされてしまう。体は丈夫でも、痛いことには変わりない。口の中も切れたみたい。魔法なんて使えないと思っていたから、治癒魔法の使い方だってわからない。血の味がしておいしくないから、治せるもんなら治したいけど。うーん、練習しないと無理そうだ。

 さっきまで、夢が崩れた絶望とどこに捨て置かれるかの不安でパニックだったけど、殴られて頭が少し冷静になったみたい。侯爵様のことだ。恐らくより良い条件の僕の売り先が見つかるまでは、僕を簡単に手放すことはないだろう。貧乏性だからね。もったいないことが嫌いなんだ。

 それでもやっぱり不安であることは間違いない。ここより寒くない所だといいけど。僕は家族になってくれる人がいればそれだけでもいいんだけどな。

「この役立たずめ!! ただの庶子のお前を、いままで面倒を見てやったのは誰だと思っているんだ! 恩を仇で返すとは、なんと恥知らずかっ」
 あの、僕、侯爵様に勝手につれてこられたんだけどな、五年前に。家族で仲良く暮らしていたのに、突然、息子を返せって、侯爵邸に連れていかれたんだよ?侯爵様は、忘れちゃったのかな。

「これからどうするんだ!? 伯爵家からの援助がなくなったら借金を返すことができないではないか!! いっそのこと、男色家で物好きな金持ちの妾にでもしてやろうか!? いや、それでは採算が合わんな。妊娠できるだなんて、煩わしい特性を持ちやがってっ!!」
 そんなこと僕に言われても困る。どうしようか。婿入り先が決まるまで外で働きに出なければいけなくなるかな。

 でもまあ、お金に関して手っ取り早い方法としては、奥様のお買い物を控えてもらえば少しは良くなると思う。あ、でも、嫡男様もお金の使い方が少し苦手だからなぁ。ちょっと大変かも。やっぱり、困ったね。

 侯爵様は浮気癖があるので奥様に頭が上がらない。機嫌が悪く怒鳴り散らしているときは、だいたい資金繰りが厳しい時だ。それはとてもわかりやすくてありがたいんだけどね。

 キラキラと輝く金色の花瓶や金細工を施した豪華なチェストにテーブル。食器やなんかも金ぴかりん。でっぷりとした顎のお肉に埋もれかけた宝石が幾つも埋まっている装飾品。太くて毛むくじゃらな手には、大きな粒の宝石がすべての指に光っている。うーん、それを売ったらいいと思うんだけどな。

「早急にお前の使い道を考えねばならん。もう今日は用はない。とっとと出ていけっ!」
 ずいぶんと勝手な侯爵様なのだが、ここで口を開こうものならもう一発飛んでくるので、僕は黙って邸を出た。

 トボトボと歩き、広い侯爵邸の隅に物置き小屋のような離れのボロ屋がある。この五年間暮らしている、僕の家。住めば都といったもので見た目のわりには、なかなか快適ないい暮らし。

 ここでの食事は、仕事の合間にもらえる具のないスープにパンのみ。それだけでは、栄養が偏ってしまう。侯爵邸は無駄に広くて調度品が多く掃除が大変で、かなり体力勝負だ。しっかり栄養を取らなければすぐにバテてしまう。

 なので僕は、ボロ屋の隣に畑を作って野菜を育てているんだ。土壌だけはすごく良いらしく、とても美味しい野菜が育つんだよね。今日はたくさんの芋が取れたんだ。

 いつも冬の間のための備蓄に育てていたけど、もう必要ないんだよね。きっとすぐに出ていかなければならないし、もともと婿として出ていく予定だったんだけど、なんとなく癖で育てちゃって。
 
 基本的にどの野菜も実りが良いから、余った野菜は街に売りに行って、お肉や日用品を買うお金にしてるんだ。僕の野菜は美味しいらしくて、高値で買ってもらえるのが嬉しい。はぁ、これからどうなるんだろうか。

 この世界には火・水・土・風の四元素の魔法がある。僕はどれも使えなかったんだけどね。そしてもう一つ、治癒魔法。女性に多い魔法だと言われている。だからこそ、治癒魔法の適性がある男性にそんな特殊能力があるなんて知らなかったんだ。――御子を自身に宿すことができる。

 えーと、男です。神様、わかるかな?男なんですよ、僕。

 なんだかな。まー、願ったよ。前世で、もうだめだって時に家族の顔見たら、あー、病気やケガに強くなりたいって、自分もこんな風に思い合える、幸せな家族を作りたいって。

 まさか、こんな形で応えてもらえるとは思わないよぉ。もっと普通でよかったんだけどな。そのせいでフラれちゃったみたいだし。

 僕は、普通の男だよ。たぶん、恋愛対象は女性だと思う。わかんないけどね。これからゆっくりエリザベスさんと愛を育んでいくつもりだったから、まだ恋愛未経験なんだ。難しいね、恋愛っていうものは。

 あれから一週間が経った。侯爵様とは会ってさえもいない。変わらぬ日常が、なんか逆に怖いな。
 ボロ屋と本邸を行ったり来たり、与えられた仕事をこなす日々。とりあえず今まで通り、住む場所と食事をいただいてる分はきちんと働かなきゃいけないからね。

 廊下のお掃除をしていると、執事長のお爺さんに呼び止められた。侯爵様の執務室に入る。そこには一週間前の鬼のような形相は消えニヤニヤと悪そうな顔をして、僕を近くに呼ぶ侯爵様がいた。今日は殴られることはないようで、一安心。やっぱり痛いからね。まだ治癒魔法も使えないし。

「よく聞け、お前は嫁として公爵子息に嫁ぐことになったぞ、喜べっ! 使い道があってよかったな。なんたって、あの、イリオス・フォン・カストレア公爵子息だ。ガハハハ、ついに私にも運が巡ってきたようだ。お前を引き取った甲斐があった。無駄にならなくて済んだぞ」
 
 無駄ってひどいよ、もう。ていうか、嫁って何?公爵子息?え、なんで?僕は男だよ。

 きょとんとする僕のことなんかお構いなしに、侯爵様は口の端を釣り上げて言葉を続けた。
「あのお方は、お前を“是非に”と仰ったのだ」
 えー、だから、それはなぜなの?

 ぞくりと背中を獣に睨まれたような、何かが這ったような気がした。
 ちょっと肌寒いのかな。あとで少し重ね着でもすればいいかと思って、僕は受け流した。
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