本好き魔導士の溺愛

夾竹桃

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上京

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「お嬢様、都は初めてですか?」

「ええ、初めてです。人が沢山いて、みんなオシャレですね」

「そうですね。あ、あそこ、今一番流行っているお店、マダム ポワンです。都にいる貴婦人方がこぞってドレスを買い求めているらしいですよ。それで、あの青い屋根の建物は、人気のレストランでなかなか予約が取れないらしいです」

 馬車の御者が、いろいろと指さしながら、都について案内してくれている。
国都は、想像していたより遥かに大きく、華やかで洗練されている。
前世の近世ヨーロッパの雰囲気があるが、衛生面が良く、浴場施設もある。
貴族の邸宅であれば専用の浴室があり、トイレもある。

 今度こそ、ここ国都でカッコイイ誠実な彼氏を見つけて、幸せな結婚をしたい。
彼氏はやっぱり、騎士とか憧れちゃう。
それで運よく騎士と結婚できたら、一軒家に住み、子供を2人産んで、結婚記念日には高級ディナーを楽しむ、そんな夢のような生活を送りたい。
私は、これからの生活に心躍らせ、都の景色を楽しんでいると、明らかに今までとは違う雰囲気の街道に入った。
その街道は、おそらくアルテ聖教会に続く道であり、両脇には聖なる木と言われているヒーラキが等間隔に植えられている。

 その後、馬車はアルテ聖教会の隣にある施設、聖女や聖人達が暮らす建物に停車した。
その建物の玄関に優雅に佇む女性がいる。
そう、私の姉のレーナお姉様が待ち構えていた。

「久しぶりね、アメリア。会えて嬉しいわ」

 馬車から降りると、私をギュッと抱きしめる。
レーナお姉様からは、清々しい花の香りがした。

「うん、本当に久しぶり。これからよろしくお願いします」

 レーナお姉様は、馬車の御者に代金を払い、聖なる加護を与えた。
聖なる加護を与えられると一定期間、病にはならず幸運が続くと言われている。
そんな加護を与えられた御者は、膝をつき、這いつくばって頭を垂れ、お礼を何度も言っている。
そうなのだ、レーナお姉様は、聖女。
それも最上級の癒しの力があり、誰もが羨むほどの絶世の美女。
ちなみに、癒しの力がある人は皆、聖女や聖人になれる。
けれど、そもそも癒しの力がある人なんて世界に数える程しかいない。
そんな優秀な姉とは違い私は、中の上レベルの人間。
幼少時、必死に勉学に励んだにも関わらず、天才にはなれなかった。
胸がいい感じに大きいことと、髪の毛がピンク色なのは良いけど、美少女レベルには程遠い。
良く言えば、愛想がいい看板娘レベルの容姿だ。
だから私みたいなレベルの小娘では到底、国都で職を見つけることは不可能。
けれど、私はなんとしても国都に来たかったので、姉にお願いし、国都の職を紹介して貰えることとなった。
また貴族なのにお金がないから、住むところも姉の住居で、当分居候させてもらう。

 荷物を御者に運んでもらい、いざ姉の部屋に入ったが、広い、広すぎる。
さすが聖女、扱われ方が王女並みのようだ。
天蓋付きのキングベッド、真っ白な美しい浴室、調度品も全て一級品。
専用の広いベランダまであり、そこから外を見渡すと美しい池が広がっている。

「凄い、凄すぎるね。この部屋」

「ええ、そうね。わたくしは、あまり部屋にいることがないから、好きに使っていいわ」

「ありがとう、レーナお姉様。それで就職先への挨拶はいつ行けばいいのかな?」

「軽く荷解きしたら、すぐに行くわよ」

「はーい。着替えもしたいからちょっと待ってて」

「ええ。それでわかっているわよね?」

 姉の声色が突如変わった。
聖女から悪女へと変化したに違いない。
姉は2面性があり表面上は聖女として振舞っているが、中身は悪女だ。
人殺しとかは、さすがにしないけど、心の奥底には悪い心が渦巻いている。

「わかっているけど、うまく聞き出せるか不安だよ」

「もし全く駄目なら、田舎に帰ってもらうから」

「うっ、うん」

「まぁ、そんなに気負わなくていいわ。ただ情報を持ってくればいいだけだから」

「全くなかったら?」

「何かあるはずよ。誰でも叩けば埃は出てくるものよ」

「わかったよ」

 レーナお姉様にはライバルの聖女がいるらしく、その聖女を蹴落としたいらしい。
その聖女の名前はイザベラ・マーレンベルク。
イザベラ様は公爵家の御令嬢で、レーナお姉様と同じくらい癒しの力があるとのこと。
けれど、相手は公爵家の御令嬢なので、私たち貧乏田舎男爵家には到底歯が立たない。
だから何か弱みを握り、イザベラ様を失脚できればとレーナお姉様は画策している。
そのために、イザベラ様の兄が働いているところに私を就職させ、その兄からイザベラ様の弱みとなる情報を私に引き出させる作戦だ。

 実はイザベラ様の兄が働いているのは魔塔。
字のごとく、魔導士が集う所だ。
魔導士も聖女と同様、数える程しかいない。
実は、私は魔塔で働くことが、小さい頃からの夢だった。
魔導士になれる才能は持ち合わせていなかったけど、何か携われればと夢見ていた。

 実際、魔塔に着いてみると、想像していたイメージとかなり違った。
塔のように天高くそびえ立っているのかと思いきや、レンガ造りの大きな洋館で、学校みたいだ。
4階建てで、裏庭には憩いの場所まである。
意外にも快適な職場かもしれない。

 早速、私とレーナお姉さまは、魔塔の責任者に会いに行った。

「お久しぶりです。所長」

 レーナお姉様は、いつものように聖女スマイルで所長と挨拶した。
所長は、ヨボヨボのおじいさんで今にも死んでしまいそう。
魔塔を管理しきれているのか、怪しいものだ。

「ええっと……、誰じゃったかな?」

「アルテ聖教会に所属している、レーナ・リヒターです。それでこちらが、私の妹、アメリアです」

 所長とは違い、レーナお姉さまはハキハキと早口で答える。

「ええっと……、」

 所長は、首をかしげ何かを思い出さそうとしている。

「アメリアは、魔導士様の助手として、働くことになっています。確か、テオバルト・マーレンベルク様の助手です」

「ああ……、そうじゃった。そうじゃったな。テオバルトの助手はすぐにやめてしまうからな。万年募集中じゃわい。ずいぶん、可愛らしいお嬢さんのようだが、大丈夫かいのぉ……」

 所長は、心配そうに私の方を見る。

「初めまして、アメリア・リヒターです。一生懸命頑張りますので、よろしくお願い致します」

 私は、大丈夫だと思ってもらうために、満面のスマイルで元気よく所長に挨拶した。

「ほほほっ、元気な娘じゃな。だがますます心配じゃ」

「だっ、大丈夫です。頑張ります」

 所長との挨拶が済むと、所長の秘書が仕事内容について話してくれた。
仕事内容は、個々の魔導士によって千差万別とのこと。
見習い魔導士みたいな助手は、実際に魔法を使い魔導士のサポートをするが、そうでない者は、魔導書の解読や魔法道具の調達、書類整理や伝達業務など多岐にわたるらしい。

 説明がいち段落すると、レーナお姉様は仕事があるため、聖教会に戻ってしまう。
私は、これから上司になる魔導士のテオバルト様に、早速、お目通りすることとなった。
秘書がテオバルト様の部屋まで案内してくれたが、その部屋は地下にある。
なんだか、かび臭いし、陰気臭い。

「アメリアさん、テオバルト様はこちらにいます。どうぞ中にお入り下さい。私はここで失礼させて頂きます」

 秘書は、私の返事を待たずに、そそくさと速足で来た道を戻ってしまった。
テオバルト様に私のことを紹介してもらえると思っていのに……。
いきなり一人で上司とご対面は、さすがに緊張するが、私は意を決して、扉をノックした。

コンコン、「失礼します。テオバルト様。中に入ってもよろしいでしょうか? テオバルト様の助手として配属された、アメリア・リヒターです」

……。
しーーん。
いくら待っても中から返事がない。
仕方なく、もう一度ノック。
それでも返事なし。
仕方がないので、私は恐る恐る扉を開け、中に入った。

 部屋の中は、数本のロウソクの明かりがあるだけで、全体的に暗い。
それに、埃臭い。
至る所に本や書類が山積みされていて、どこが机なのか、どこが床なのか、まったくわからない。
肝心のテオバルト様も、どこにいるのか不明。

「あっ、あの……、テオバルト様? どこにいらっしゃいますか?」

「ちっ、誰だ」

 部屋の奥の方から、低い声がした。

「あ、あの、アメリアです。テオバルト様の助手として配属されたアメリア・リヒターです」

 その時、一番奥にある本の山が崩れ、代わりに大きな黒い影がニョキっと現れた。
私はその影の方へ、目を凝らしながらゆっくり近づいた。
あともう少しで、その影の全容が掴めると思ったとき、今度は突き放すような冷たい声が響いた。

「助手などいらない。さっさと出ていけ」

「えっ、そんなっ……、お願いです。ここで働かせて下さいっ」

 一日も働かないで、いきなりクビになったら、レーナお姉様は私を容赦なく田舎に送り返すだろう。
それは絶対に嫌だ、阻止しなければ。
私は、なんとか働けるよう懇願するため、さらに黒い影に近づいた。

「それ以上近づくな。さっさと出ていけ」

 そう言われた時には、既に私はその影にかなり近づいてしまっていた。
おそらく1メートルぐらいの近距離に。
暗くて距離感が掴めず、予想よりも大幅に近づいてしまったようだ。

「あの、テオバルト様ですよね?」

「そうだ。いいから早く出ていけ」

 横を向いていたテオバルト様は、私の方を振り向き、シッ、シッ、あっちへ行けと言うように手を振った。
その瞬間、テオバルト様の顔がはっきり見えた。

「わっ、かっ……、かっこいい……」

 思わず声に出てしまった。
でもほんと、それぐらい、かっこいい。
ダークブルーの鋭い目に、同じくダークブルーの艶やかな髪、身長も高く190センチほどありそう。
そして顔の左上半分に精霊との契約が刻まれた刻印がなにより魅力的。
その風貌はまるで、前世の時に私が夢中になった恋愛ゲーム、“貴族の戯れ”の魔導士様みたいだ。

「なっ、ふざけるな」

 テオバルト様は、その刻印を隠すように、また横を向いてしまった。

「ふざけていません。本当のことです。テオバルト様はかっこいいです。それもすっごくかっこいいです」

 そう答える私に、テオバルト様はとうとう後ろを向いてしまった。
そして、後ろを向いたまま、私に話しかけた。

「おまえ、リヒターと言ったな」

「はい。アメリア・リヒターです。よろしくお願いします」

「あの聖女、レーナ・リヒターの親族か」

「はい。妹です」

「妹か。何を企んでいる?」

「えっ……、なっ、何も企んでいません」

「ふんっ、まあいい。どうせ、おまえは今日でクビだ。何度も言っているが、今すぐここから出ていけ」

「そっ、そんな、困ります。もし今ここを追い出されたら私、野垂れ死んでしまいます」

「はっ、そんなわけあるか。曲がりなりにも男爵家、貴族の御令嬢だろう。野垂れ死ぬものか」

「お恥ずかしい話ですが、私の家は貧しいのです。働かなければ生きていけません。それに田舎の家に帰るお金もありません」

「聖女の姉がいるじゃないか。妹が田舎に帰る金ぐらい出せるはずだ」

「……、今日、ここを追い出されたら、私は、姉からも追い出されます。間違いありません」

「まぁ確かに、あの聖女ならやりかねん」

「そっ、そうなんです。本当に、追い出されます。だからここで働かせてくださいっ、お願いします」

「はぁ……、ここで働きたい、働きたいと言うが、お前は俺が気味悪くないのか? 俺の噂を知らないのか?」

 テオバルト様の噂はもちろん、知っている。
テオバルト様は光火水風土闇すべての魔法が使え、最強の闇の精霊王ラーゾ様と契約している。闇の精霊王ラーゾ様の力は強大で先の大戦で大活躍したとのこと。
ただ、あまりに大活躍しすぎて、多くの人や魔物を殺戮し、テオバルト様は常に血まみれだった。また顔にある精霊との契約の刻印が、赤黒い血色であるため、尚且つ、幼少の頃から身近な人、両親や侍者などの人が亡くなっていることから、人々から血まみれ公爵と呼ばれ、恐れられ、忌み嫌われている。
確か、年齢は27歳くらいとレーナお姉様が言っていた。

「気味悪くないです。テオバルト様はカッコイイです。噂ももちろん知っています。すっごい最強の魔導士様だって聞いています」

 ここで押しの一手だ。褒めて褒めて褒めまくって、テオバルト様のご機嫌を取ろう。
そして、なんとしてもクビを回避するんだ。

「わかった。そんなにここで働きたいなら働かせてやる。ただし、企んでいることを正直に話せ。嘘を言ったら強制的に追い出すから、よく考えて発言しろ」

 テオバルト様は私の方を振り返り、鋭い視線を向けた。
自慢じゃないが、私は嘘が苦手だ。
嘘をつくと、なぜか顔がニヤけてしまう。
レーナお姉様には怒られるかもしれないが、白状してしまおう。
今はクビにならない方が重要だ。

「わかりました。正直にお話しします。企みってほどじゃないと思いますが……、実は私の姉が、テオバルト様の妹さん、イザベラ様に興味があるらしく、イザベラさんの事を詳しく知りたいそうなんです。ですので、テオバルト様から、妹さんであるイザベラ様の情報を引き出してきて欲しいという依頼を姉から受けています。きっと姉はイザベラ様と仲良くしたいんですよ」

 私にしては上手く説明できた気がする。
テオバルト様はというと、説明している間、一瞬も視線を逸らすことなく私を凝視していた。
話しが終わると、テオバルト様は用紙を取り出し、何かを書き始めた。

「よくわかった。お前は口が軽いことがよく分かった」

「口が軽いんじゃなく、嘘をつけない性格なんです」

「物は言いようだな。だが、安心しろ。約束どおりここで働かせてやるが、機密保持契約を結んでもらう」

「機密保持契約……?」

「俺の仕事内容を外に漏らしたら、罰を受けるという約束だ」

「罰って、どんなのですか?」

「そうだな……、舌を焼き切られる罰がいいだろう」

「ええっ、それは……、あまりに酷くないですか?」

「そんなことはない。情報というのは時として国家を揺るがすほどの影響力がある。どうする? やはりここで働くのは諦めるか? 今ならまだ間に合う」

「あの……、その契約って、テオバルト様の妹さんの事も、私の姉に漏らしたらダメなのでしょうか?」

「それは問題ない」

「本当ですか!」

「ああ」

「わかりました。契約します」

「じゃあ、ここにサインしろ」

 私は言われるがままサインした。

「お前、もう少し気を付けたほうがいいぞ」

「何がですか?」

「この契約書、よく読まずにサインしただろう。契約書にサインするときは上から下まで、裏面まで確認するものだ」

「何か、騙したんですか?」

「さあな」

「じゃあ、じっくり読みます」

「もう遅い。これからは肝に銘じたほうがいい」

 テオバルト様はそう言うと、契約書を私の手から奪い、消してしまった。
おそらく契約書を魔法でどこかに移動したに違いない。

「わかりました。これからは肝に銘じます」

「それと、ここで働くなら香水は付けてくるな。あと、そのヒラヒラした服装もどうにかしろ」

 テオバルト様って、顔はいいのに、性格は微妙だな…。
うるさい小姑みたいだ。
せっかくこの日のために買った香水なのに、もう使えないなんて残念。
服も、私が持っているなかで一番のお気に入りなのに。
でも、まあここは素直に従おう。

「はい。わかりました」

「じゃあ、もう帰っていい」

「まだ時間もあるので、何か仕事させてください」

「ではお茶でも淹れろ。隣の部屋に小さな台所がある」

「はい。わかりました」

 隣の部屋の台所に行くと、茶葉が10種類以上もあり、ティーカップも何種類もある。
どうやらテオバルト様は、紅茶にこだわりがありそう。
私はといえば、美味しければ何でもいい派。
もちろん人に紅茶を淹れるのは、人生初だ。

「テオバルト様、紅茶どうぞ」
 
 テオバルト様の本で埋め尽くされた机に、なんとかスペースを作り、そっと紅茶を置いた。
けれど、テオバルト様は無言。
ありがとうの一言ぐらい、言えないのだろうか。
まあ、イケメンだから許しちゃうけど。
それにしても、なかなか飲まない。
飲まないどころか、テオバルト様は紅茶を一瞥すると怪訝な表情を浮かべた。
そして、あろうことか、私が淹れた紅茶を再度台所に持って行き、流し台に捨ててしまった。
なんで、どうして、ありえない!

「どうして捨てたのですか? テオバルト様」

「まずいからだ」

「飲んでいませんよね?」

「飲まなくてもわかる」

「そんなっ。じゃあもう一度、淹れ直して来ます」

「茶葉がもったいないから、もう淹れなくていい。もうお前に頼む仕事もないから、今日は帰れ。命令だ」

「わかりました。帰らせて頂きますっ。失礼します」

 テオバルト様は、なんてむかつく男なんだ。
はぁーー、最悪、最悪、最悪だーーー。
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