楽園遊記

紅創花優雷

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中編

山砕の夢

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 そこは、どこかの村だろうか。畑が連なる中に、民家がちょくちょく建っている。四壁のどこかの、中心地からは離れた村だろう。白刃には少なからず堅壁の領土ではないのは分かった。
 周りの風景を確認し、尖岩はこれが誰の夢かを確信する。
「これ、三歳児だな」
 その視線の先に、綺麗なピンク色の豚が畑で立派に育った野菜を我が物顔で食べていた。なんともはた迷惑な豚だろうか。豚は一通り食べ終わると、ナスを咥えて走り出す。
 三人はそれを追いかけた。豚がいると言う事は、その向かう先に彼奴がいるだろう。
 そして、それは案の定で。豚が向かった先、山砕が木の上に座っていた。
「ブヒ!」
「ん、あぁお帰りー」
 豚が一声かけると、山砕はそれに気が付いて山から飛び降りる。そして豚は、持ってきたナスを山砕に渡した。
「これ、お土産? 結構美味しそうなナスだねぇ、ありがと」
「ブヒィ」
 心なしか誇らしげに胸を張る豚。それから何匹もの豚や猪がやってきて、何やら会話をしている。豚達は全く何を言っているのか分からないが、山砕の反応で大体は伝わる。
 三人は、声を掛けるタイミングが掴めないまま、彼らの会話を聞いていた。しかし、ずっと続けられていた会話にも一区切りついたようで、間が出来上がる。
「なぁさんさ」
 尖岩が声を掛けようと、一歩踏み出したと同時だった。
「貴方が、山砕さんですか?」
 おしとやかな女の子の声が聞こえ、豚達も含め、その場にいた全員がその方向に顔を向ける。
 そこには十代後半くらいの、可愛らしい娘がいた。そしてこの顔には見覚えがある。この子は、将来の山砕の奥さんだ。まだ子どものようだが、その面影ははっきりとある。
 山砕は愛想よく笑って、彼女の問いに答える。
「そうだよ。俺は山砕」
「美味しそうな名前ですね」
 ふふっと笑って、冗談交じりにそう返す。彼女が思い浮かべたのは山菜の方だろう。そして核心に迫るように、「天ぷらにしたら美味しいですよね」と加える。
「山菜じゃないよ! 山を砕くって書いて山砕。山菜は初めて言われたなぁ」
 同音異義の名前ネタは慣れているが、そっちの方はお初だ。苦笑いを浮かべる山砕に、彼女は問いかける。
「他に何かあるのですか?」
「んー、『三歳児』」
「あぁ、確かにそれもサンサイですね」
「そうそう。まぁ俺の事そう呼ぶ奴は、俺より小さいチビなんだけどな」
 これは尖岩の事だろう。若干ツッコみたくなったが、これは山砕と奥さんの馴れ初めだろう。それは普通に気になる尖岩、勿論、覇白も気になるみたいで、黙って二人の観察をしていた。
 そして、山砕は彼女の名前を尋ねる。
「それで。お姉さん、名前は?」
「結猫です。皆からは、猫ちゃんと呼ばれています」
「ゆーまお? 可愛い名前だね、それでマオちゃんか。じゃあ、俺もそう呼んでいい?」
 まるでナンパでもしているかのような口ぶりではあるが、これがこいつの、他人に対しての対応のテンプレート、言えば外面だ。
 その笑顔に、彼女はここぞとばかりに望む条件をだす。
「貴方が悪戯を止めてくれたら良いですよ」
 狙っていたかのような誘導に、山砕は笑う。これは一本取られたといった風だ。
「えー、等価交換って事? 超越者の奴と同じ事言うんだねぇ。んー、どうしよっかな。これ、俺の暇潰しなんだよな」
 山砕だって退屈はしたくない。それを理由に渋ると、結猫はそれが分かっていたかのように条件を付けくわえる。
「では、私が貴方の暇潰し相手になりましょう。超越者に誓って、退屈はさせませんよ」
「彼奴には誓うだけ損だと思うけどなぁ。けど、そこまで言うのなら。君の望み通り、悪戯は止めるよ」
「聞いてた? 皆。この遊び、今日で終わりね」
 豚達は不満げな声を上げるが、自分たちがしていた事が良い事ではないのは流石に彼等も知っている為、悪乗りもここまでかと諦める。
「ブヒブヒー」
「ブブ、ヒー」
 山砕の耳に届いていなかった、二匹の小さな声での会話。「山砕にも春が来たね」「それ、青春ってな」。その内容が分かるのは、同類の猪科の生物と山砕、あとは超越者だけだろう。
 それから、いつの間にか景色は飛ぶ。あの、山にあった屋敷の中で、少し大人になった結猫と、山砕がご飯を食べている所だ。
「んー、美味しい! やっぱ猫ちゃんのご飯はとっても美味しいよ、つい食べ過ぎちゃう」
「うふふ、料理人としては最高の褒め言葉ですわ」
 美味しそうに自分の作った料理を食べられると、結猫としても嬉しい。微笑みを漏らし、彼女は旦那である山砕に尋ねる。
「ねぇ、旦那様。今日は結婚して一年の記念ですのよ」
「そう言えばそうだねぇ。……あ、なんかプレゼントとか用意した方がよかった?」
「いいえ。私は世の女性ほど記念日を気にするタイプではありません事よ。ただ、貴方にプレゼントをする口実ですの」
 照れくさそうに笑い、山砕を招く。
「旦那様に似合うと思って、お召し物を買ってきましたの」
 そう言って渡してきたのは、服だ。真っ白な布地に、「猪」という一文字が書かれている。いつも山砕が着ている奴だ。
「異世界の品なのですよ~、とってもオシャレだと思いません?」
 一瞬、オシャレの概念が分からなくなったが、彼女の思いやりを無下にするのは嫌だ。
「うん! とってもいいね。ちょっと着てみるよ」
「えぇ」
 上の服を脱いで、もらったばかりのそれに袖を通す。サイズはぴったりで、丁度いい。いつもの緑の上着を羽織って、妻の前に出てみる。
「わぁ~、やっぱりいいですねぇ。旦那様、どうです?」
「うん、すっごくいいよ。ありがとう、猫ちゃん」
 そういえば、所々服のセンスが変な方向に向いていたなーっと思い出す。しかし、そこもなんとも可愛い事やら。山砕は、彼女からの気持ちが純粋に嬉しかった。
「今度俺からもプレゼント渡すからね」
「本当ですか? 楽しみにしていますね!」
 幸せな夫婦の光景だ。文句の付け所もない、仲良し夫婦の日常。しかし、これが崩れる未来がすぐそこにある事を、尖岩達は知っている。
「なぁ白刃、確か、あの奥さんって」
「あぁ」
 白刃は頷き、山砕の肩を掴む。
「山砕」
 しかし、それはほんの少しだけ遅かった。白刃が声を掛けた一拍前に、再び景色が切り替わる。
 そしてそこには、床に臥せる結猫がいる。
「まお、ちゃん」
 白刃の手から抜け、山砕は彼女の横にひざを付く。
 呼びかけても、彼女は返事をしない。ただ、弱々しく山砕の手を握り、微笑む。
「嫌だよ。ねぇ、猫ちゃん。俺、まだ一緒にいたいよ」
「俺だって、いつかお別れなきゃいけない事知ってたけど、まだ準備も出来てないよ。猫ちゃん、まだ……」
 結猫は震えながら、声に出さずに五文字の言葉を紡ぐ。
 愛してる。その言葉を最期に、彼女の全ては終わる。
 静かになった部屋に、足音が入って来る。その男は、眠る結猫から視線を外して、山砕を呼び掛けた。
「旦那様」
「……嫌だ。俺は、認めない」
 その時、山砕から出ていた力。しっかりと、主の望みを聞き届け、術を創り上げる。そして、無くなったはずの一つの魂と、同じ形をしたそれが現れ、結猫の体に溶け入った。
 彼の表情は見えない。しかし、その感情は伝わって来る。
 馴れ初めが気になるとか言っている場合ではなかった。早いところ、戻してやらなければ。その使命感にかられた尖岩が、勢いで山砕の肩を掴んで声を掛ける。
「山砕。おい、三歳児!」
「っ……尖岩、なんで。まだ五百年は経ってなかったはずじゃ」
「寝ぼけてるんじゃない。思い出せ、お前は今、俺等と一緒に白刃の玩具にされてんだろうが!」
 白刃の事を指すと、山砕もそちらを見る。そして少しの間の後、小さな声で「すまない」と立ち上がった。
「揃いも揃って、俺のモノだって事忘れて過去にひかれやがって。後で分かってるんだろうな?」
 そして同時に、何かのフラグも立ち上がった。
「待って、俺は何もやってない。お仕置きするなら俺抜きで頼むぞ! 元はと言えばこの二人が逃げたからだろ!」
「待て、それを言うなら白刃の夢を覗きたいとか言ったお前が元凶であろう。私は止めたぞ!?」
「いやお前がぁ!」
「連帯責任だ。いいから行くぞ」
 どうでもいい言い争いが始まりそうになった為、白刃は便利な言葉を突き付ける。団体行動の基本、連帯責任。なんとも便利な言葉だ。しかし、尖岩はそれを好かない。
 俺はそんなに悪くないのにと顔を顰めると、山砕が明らかな話題変換を行う。
「ところで、覇白。なんで龍の姿なの?」
「諸事情だ」
「諸事情って」
 その言葉もまた便利なモノだ。しかし、そこを詳しく訊く必要もないだろう。あとは鏡月だけだ。さっさと見つけて、夢から覚めなければならない。この間にも、現実世界では時が経っているはずなのだ。
 三人は、速足で歩く白刃の後を付いて行く。
「なぁ白刃。過去の記憶が夢に出てるんだよな」
 何かを感じ取った尖岩が、確認をするために白刃に尋ねる。
「あぁ。見ているのは、俺もこいつ等も、何かしらの魔を抱えた時の記憶のはずだ」
 自分にはいない存在を羨んだり致し方無しに一人でいたり、そして大切な人とのお別れのその寂しさや悲しみも列記とした魔となる感情。この仮想夢は、まるでそれ等を思い出させようとしているかのようだ。
 そしてこれは、誰かが故意的に魔を引き出そうとしていると考えられる。
 考えて、山砕は気付く。
「それって、鏡月ヤバくない?」
「だから急いでいるんだろ」
 心なしか白刃も焦っているように見えた。
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