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後編
幸せな命
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〇
「ねぇ父さん。何で僕の名前『紅命』にしたのさー」
少年は、本を読んでいる父親にそう声を掛けた。
父は本を閉じて、不満げな息子に目をやる。
「なんだ、嫌だったか?」
「だって、紅って女の子みたいじゃん! どうせなら、父さんみたいにカッコいいのがよかった」
どうやら、紅というのが主に女性に使われる言葉であると言う事を知ってしまったらしい。それは、思春期である少年からすれば、あまり好ましくなかったのだ。
「ははっ、そうか。確かに紅は女の方が多いかもなぁ。けどよ、俺も俺の名前が好きじゃなかった。俺な、海は嫌いだったんだ」
「……? 父さんの名前に海ないじゃん」
「ま、今はな」
紅命は首をかしげる。名前って途中で変わるようなモノじゃないだろう。しかし、名前が好きじゃなかったから改名したのか。
「それじゃあ」
「お前はダメ」
紅命の要求へ、先回りをして断る。まだなにも言っていないのに。
「なんでー!」
「そりゃ、俺と母さんが考えて付けた名前だからな」
正論だ。しかし、その理由では一つ不満が生まれる。親が付けた名前を変えていけないのだったら、そう言う彼も名を変えているのだ。
「父さんの名前だってそうじゃん」
「残念ながら俺は薄情者なんですー。大体、母親を母親とも思って無かったんだよ、俺は」
「むー……」
大人はいつもこうだと、紅命は頬を膨らませる。
「まぁ、そう膨れなさんな。いいか? 紅ってのは、幸せの色なんだ」
「俺も母さんも、お前には幸せになって欲しい」
父は優しく微笑んで、そう言った。
幸せな色である紅に、命。つまり、幸せな命だ。
「もう、そんな事言われたら文句言えないじゃん。卑怯者」
「はっはっ、何とでも言うがいい」
息子の頭をぺしんと叩いて、けらけら笑う。そんな所に、母親が部屋の中に入って来くる。そしてその様子をみて、微笑ましそうに目を細めた。
「あらあら、親子揃って仲よしねぇ」
「あ、母さん。僕の名前の話してたんだー」
「ふふっ、そう」
息子の報告に微笑むと、母は緩やかに微笑み、広げた扇で口を隠しながら話す。
「名前に込められた親の願望、無理に応える必要はないけれども。ワタシ達のその願いだけは、なんとしても成し遂げてほしいものねぇ」
「うん!」
母と父の想いに元気な返答をして、子は弾けるような笑みを見せた。
それは、父と母と子の家族三人、何気ないひと時だった。
しかし、死というモノが訪れるのはあまりにも突然で。
ある日、紅命は森の中を散歩していた時だった。
「……ん。女の子の、泣き声?」
耳を澄ませると、確かに向こうから小さな泣き声が聞こえる。きっと迷子になってしまったのだろう。紅命が一種の使命感に狩られ、声のする方向に向かう。
「ねぇ君。どうかしたの?」
「ここ、どこ?」
やはり迷子のようだ。幸いこの森の道は把握している。集落のある所まで連れて行ってあげれば、あとはそこの村人達が親を探してくれるだろう。
少女は優しそうなお兄さんに声を掛けられ、ぱぁっと表情を明るくして何かを言おうとした。しかし、その表情は一瞬にして切り替わる。
「お、おにい、さん?」
目の前で噴き出した赤い物。そして、先程自身に微笑みかけてくれたお兄さんが、その場に倒れた。その背後には、黒い靄のような化け物がいる。
少女は叫んだ。目一杯に甲高い幼女の声が、森の木々を潜り抜けて響く。魔の者はそれに驚き、逃げてしまった。
「なんだ! 何があったんだ!?」
咄嗟に駆け付けた大男。紅命の父である彼はその光景を見て目を見開く。
「紅命!!」
慌てて駆け寄り、応急処置として治癒の術を使う。それと同時に、恐怖で震えている少女に声を掛けた。
「嬢ちゃんは、嬢ちゃんは大丈夫か?」
「おにいさんがっ……!」
少女も、目の前で人が殺され混乱している。
紅命は、背中を深く伐られたようだ。そんな所を目撃して、こんな幼い子の心にどれ程深い傷になってしまうだろうか。
一時的に眠らせ、その数秒の事を記憶から消す。この子は、きっと親が探して見つけるだろう。人寄せの効果がある術を張って、彼は息子を抱え上げる。
「扇羅! 直ぐに来てくれ、大変だ!」
「なぁに? 帰ってそうそう大声上げて……」
屋敷の奥から出て来た彼女は、最初は少し不機嫌そうに出てきたが、その旦那と息子から状況を受け取り、青ざめる。
「なっ、何があったの!?」
「魔の者だ! とにかく早くしないとっ」
必死だった。
その時、紅命の手がぴくりと動き、力の動きが変わる。
両親共に、術や力に関しては知識があった。だから、それが何を示すかは、はっきりと理解した。
力を持つ者は、死ぬ直後に体の中に存在する力全てを使い、言葉を残そうとする。
「父さん、母さん。ごめん。僕、こんな事になるなんて、思ってなかったよ」
「けど、僕ね。二人の願いしっかり叶えたよ。僕、幸せだった」
涙を流しながら微笑み、その力が底をつくと同時に、魂が肉体から立ち去る。
その命は、確かにその名の使命を果たして消えていった。
「……ね、金砂」
「なぁに、銀砂」
「第二組織が潰されたんだって」
「そうらしいね。という事は、次はとうさんとかあさんの所に来るって事だよね」
「僕が、守らないと」
「ううん。違うよ、金砂。僕『達』が、守るんだよ」
「うん。そうだね、銀砂」
「ねぇ父さん。何で僕の名前『紅命』にしたのさー」
少年は、本を読んでいる父親にそう声を掛けた。
父は本を閉じて、不満げな息子に目をやる。
「なんだ、嫌だったか?」
「だって、紅って女の子みたいじゃん! どうせなら、父さんみたいにカッコいいのがよかった」
どうやら、紅というのが主に女性に使われる言葉であると言う事を知ってしまったらしい。それは、思春期である少年からすれば、あまり好ましくなかったのだ。
「ははっ、そうか。確かに紅は女の方が多いかもなぁ。けどよ、俺も俺の名前が好きじゃなかった。俺な、海は嫌いだったんだ」
「……? 父さんの名前に海ないじゃん」
「ま、今はな」
紅命は首をかしげる。名前って途中で変わるようなモノじゃないだろう。しかし、名前が好きじゃなかったから改名したのか。
「それじゃあ」
「お前はダメ」
紅命の要求へ、先回りをして断る。まだなにも言っていないのに。
「なんでー!」
「そりゃ、俺と母さんが考えて付けた名前だからな」
正論だ。しかし、その理由では一つ不満が生まれる。親が付けた名前を変えていけないのだったら、そう言う彼も名を変えているのだ。
「父さんの名前だってそうじゃん」
「残念ながら俺は薄情者なんですー。大体、母親を母親とも思って無かったんだよ、俺は」
「むー……」
大人はいつもこうだと、紅命は頬を膨らませる。
「まぁ、そう膨れなさんな。いいか? 紅ってのは、幸せの色なんだ」
「俺も母さんも、お前には幸せになって欲しい」
父は優しく微笑んで、そう言った。
幸せな色である紅に、命。つまり、幸せな命だ。
「もう、そんな事言われたら文句言えないじゃん。卑怯者」
「はっはっ、何とでも言うがいい」
息子の頭をぺしんと叩いて、けらけら笑う。そんな所に、母親が部屋の中に入って来くる。そしてその様子をみて、微笑ましそうに目を細めた。
「あらあら、親子揃って仲よしねぇ」
「あ、母さん。僕の名前の話してたんだー」
「ふふっ、そう」
息子の報告に微笑むと、母は緩やかに微笑み、広げた扇で口を隠しながら話す。
「名前に込められた親の願望、無理に応える必要はないけれども。ワタシ達のその願いだけは、なんとしても成し遂げてほしいものねぇ」
「うん!」
母と父の想いに元気な返答をして、子は弾けるような笑みを見せた。
それは、父と母と子の家族三人、何気ないひと時だった。
しかし、死というモノが訪れるのはあまりにも突然で。
ある日、紅命は森の中を散歩していた時だった。
「……ん。女の子の、泣き声?」
耳を澄ませると、確かに向こうから小さな泣き声が聞こえる。きっと迷子になってしまったのだろう。紅命が一種の使命感に狩られ、声のする方向に向かう。
「ねぇ君。どうかしたの?」
「ここ、どこ?」
やはり迷子のようだ。幸いこの森の道は把握している。集落のある所まで連れて行ってあげれば、あとはそこの村人達が親を探してくれるだろう。
少女は優しそうなお兄さんに声を掛けられ、ぱぁっと表情を明るくして何かを言おうとした。しかし、その表情は一瞬にして切り替わる。
「お、おにい、さん?」
目の前で噴き出した赤い物。そして、先程自身に微笑みかけてくれたお兄さんが、その場に倒れた。その背後には、黒い靄のような化け物がいる。
少女は叫んだ。目一杯に甲高い幼女の声が、森の木々を潜り抜けて響く。魔の者はそれに驚き、逃げてしまった。
「なんだ! 何があったんだ!?」
咄嗟に駆け付けた大男。紅命の父である彼はその光景を見て目を見開く。
「紅命!!」
慌てて駆け寄り、応急処置として治癒の術を使う。それと同時に、恐怖で震えている少女に声を掛けた。
「嬢ちゃんは、嬢ちゃんは大丈夫か?」
「おにいさんがっ……!」
少女も、目の前で人が殺され混乱している。
紅命は、背中を深く伐られたようだ。そんな所を目撃して、こんな幼い子の心にどれ程深い傷になってしまうだろうか。
一時的に眠らせ、その数秒の事を記憶から消す。この子は、きっと親が探して見つけるだろう。人寄せの効果がある術を張って、彼は息子を抱え上げる。
「扇羅! 直ぐに来てくれ、大変だ!」
「なぁに? 帰ってそうそう大声上げて……」
屋敷の奥から出て来た彼女は、最初は少し不機嫌そうに出てきたが、その旦那と息子から状況を受け取り、青ざめる。
「なっ、何があったの!?」
「魔の者だ! とにかく早くしないとっ」
必死だった。
その時、紅命の手がぴくりと動き、力の動きが変わる。
両親共に、術や力に関しては知識があった。だから、それが何を示すかは、はっきりと理解した。
力を持つ者は、死ぬ直後に体の中に存在する力全てを使い、言葉を残そうとする。
「父さん、母さん。ごめん。僕、こんな事になるなんて、思ってなかったよ」
「けど、僕ね。二人の願いしっかり叶えたよ。僕、幸せだった」
涙を流しながら微笑み、その力が底をつくと同時に、魂が肉体から立ち去る。
その命は、確かにその名の使命を果たして消えていった。
「……ね、金砂」
「なぁに、銀砂」
「第二組織が潰されたんだって」
「そうらしいね。という事は、次はとうさんとかあさんの所に来るって事だよね」
「僕が、守らないと」
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