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後日
疑念の真実。
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〇
その六つは、この世の全てを超越し司る者。
世に輝き人々の行く先を照らす陽、白陽相。万物の願いを留めその根となる岩、望根岩。寄り添いその間を取り持つ山、介在山。暗がりの中でも人々を優しく見守る月、月画慈。人々に試練を与える広大な海、廣勢海。そして、魂の全ての源となる原野、心命原。
かつてこの世界に存在していた。君達の世界で言う神や仏、そんな所だろう。
超越者達はその生を自由気ままに歩んでいた。美しい自然を愛で、甘い桃の実を食す。一見単調な時間であったが、だからこそ楽しく、そしてそれが守るべき全てであったのだ。
六人が揃う事はそこまで多くはなかった。何故なら、この天ノ下は六人で暮らすには聊か広いのだ。偶然に偶然を重ねなければ、約束もしていないのに全員が揃う事はない。しかし、今誰が何処にいるかは何となく分かる物なのだろう。何も言っていないのに、バッタリ集まるなんて事は珍しい事ではなかった。
平和で、穏やかで。青い空には小鳥が飛ぶ、楽しそうに歌いながら。
何時までもこの日々が続けばいい、皆そう思っていた。勿論、廣勢海もそうだった。
ある日、何とはなしに六人で写真を撮った。これは心命原の提案だ。
心命原はとても嬉しそうで、つられて廣勢海もふっと笑った。そして彼は住処に戻ると、一人一枚分用意された写真を眺め、何処に飾るかを考えている。
六人の超越者、か。そう呟いた時、彼の心に一滴の影が落ちた。
何故、六人もいる。
全てを超越し、司る者が超越者。矛盾していないか? 超越者が司るのは「全て」であると言うのに、それが六人も。自分達は全てに含まれないと言うのか。
落とされた小さな疑念は、本人も知らぬうちに膨れ上がる。その心に、否、魂に魔が忍び込み、腰を下ろしたのだ。
この中の五人が偽物だ、魔はそう囁いた。
お前は騙されている、いや、お前が騙しているのかもな。魔は続けてそう告げる。
この平和は所詮仮初だと。
そこには、綺麗な天竺葵が咲いている。魂の空間とでも言ったか、廣勢海は咲く花を眺めながら、その場で胡坐をかいていた。
仕方なし、繋がった鎖でまともにここから動けないのだ。体に繋がる紐からは、超越なる力が流れ今の尚この身の魔を浄化している。
逃げられやしない、何せかつて存在していた超越者が力を合わせて発動した術なのだ。それに、逃げる気はとうに失せている。ただ、ぼーっと花々を見るだけだ。
地に咲く天竺葵は、いつかは一面真っ白だった。大海の名を持った己の転身が、母の執念で身勝手な愛情を拒んだ結果、その花は白く色づいた。
そして花は魔に侵され枯れ始める。しかし、全滅した訳では無かった。雨の日の運命とも思える出会いにより、一部の天竺葵が黄色く色づいたのだ。
そして今は、ほとんどの花が桃色とも赤色ともとれる色を見せ、緩やかな風に揺られている。
『はぁ……暇だ』
そうぼやき、ぐぐーっと伸びをする。その時、ふと空から、桜の花びらが一枚だけ落ちてきて、手の上に乗る。
指でつまんで見てみると、自身の目の前にその姿がいた。
『退屈は平和の証ですよ、廣勢海』
彼はそう言って微笑んだ。
『あぁ、白陽相か。何の用だ』
『おや、拘束されて退屈している「友」に会いに来てはいけませんかね。折角気遣ってやったと言うのに』
意地悪く言葉を返すと、廣勢海が苦笑う。
『おいおい、別に来るなとは言ってないだろ?』
『ふふ、冗談です』
嫌な冗談だ、そう声にはせずに呟いた。
話しが無い訳ではないのは何となく分かる、何処でそう感じたかと訊かれても答えられないが、何となくだ。
しかし、粗方説教だろう。長い話は御免である為、気が付かないふりして黙っている。
『それで、どうです? 調子の方は』
『あぁ、ぼちぼち。これのせいで活力が出ねぇんだよ、なーんもする気が起きねぇ』
『そりゃそうでしょう、貴方千年以上魔に憑かれていたのですから。しかし、体は軽くなったのではありません?』
それはそうだ。ずっと、この魂は魔と共に存在し、正常であるとは言えない状態だった。しかし、久方ぶりのその魔が魂から離れたその時、とても清々しい気分になったのだ。
しかし、それを認めるのは何だか癪だ。だから何も答えずにいる。
そんな彼に、白陽相は語る。
『昔、貴方は言っていました。「全て」を超越する超越者が、何故六人もいるのかと。確かに、貴方の言う通り解釈の仕様ではその肩書は矛盾します』
『ですが、この言葉は貴方が思う解釈とは違う。あの時の貴方はろくに話も聞けない状態でしたのでね、今はっきりとお教えしましょう』
『私達は、正確に言えば六つで一つの存在、「超越者」なのです』
なんとも単純で、簡単な答えがそこにはあった。
廣勢海は微かに目を見開き、その後自嘲気味にハッと笑う。
『そりゃまぁ、俺は随分と簡単な事を考えていた訳か』
『そう言う事です』
『魔に呑まれた超越なる魂。世が混沌に陥り魔が絶えぬ世界になれば、その力は無限にもなったでしょう。力の象徴とも言える貴方が力を求めるのは当然の事。貴方は頭が足りていませんのでね、粗方それで暴走していたのでしょう』
『……おい、今頭足りないっつったか?』
『自覚しているのなら、少しは私を頼ってはどうです? 変な意地で魔に堕ちられたら超越者としての示しというモノが』
これは長くなる奴だ。廣勢海は白陽相の言葉に割って入る。
『あー分かった分かった! 悪かったよ、俺が悪かった。だからもう蒸し返さないでくれ!』
『理解しているのなら宜しい。浄化にはもうしばらく掛ります、これでも読んで大人しく、大人しくしているのですよ、廣勢海』
白陽相は念を押すようにそう言うと、一冊の本と桜の花びらを残してその場から姿を消した。
足元に置かれていたそれは、おそらく鈍器にもなれるであろう。手に取ってみれば、異常なまでの重さが手にのしかかる。
『これ、読むのにどんくらいかかるんだ……?』
廣勢海は最初のページをめくり、物語を読み始めた。そして、彼は小さく『異世界の文字かよ。ナチュラルサディストが……』とぼやくのであった。
その六つは、この世の全てを超越し司る者。
世に輝き人々の行く先を照らす陽、白陽相。万物の願いを留めその根となる岩、望根岩。寄り添いその間を取り持つ山、介在山。暗がりの中でも人々を優しく見守る月、月画慈。人々に試練を与える広大な海、廣勢海。そして、魂の全ての源となる原野、心命原。
かつてこの世界に存在していた。君達の世界で言う神や仏、そんな所だろう。
超越者達はその生を自由気ままに歩んでいた。美しい自然を愛で、甘い桃の実を食す。一見単調な時間であったが、だからこそ楽しく、そしてそれが守るべき全てであったのだ。
六人が揃う事はそこまで多くはなかった。何故なら、この天ノ下は六人で暮らすには聊か広いのだ。偶然に偶然を重ねなければ、約束もしていないのに全員が揃う事はない。しかし、今誰が何処にいるかは何となく分かる物なのだろう。何も言っていないのに、バッタリ集まるなんて事は珍しい事ではなかった。
平和で、穏やかで。青い空には小鳥が飛ぶ、楽しそうに歌いながら。
何時までもこの日々が続けばいい、皆そう思っていた。勿論、廣勢海もそうだった。
ある日、何とはなしに六人で写真を撮った。これは心命原の提案だ。
心命原はとても嬉しそうで、つられて廣勢海もふっと笑った。そして彼は住処に戻ると、一人一枚分用意された写真を眺め、何処に飾るかを考えている。
六人の超越者、か。そう呟いた時、彼の心に一滴の影が落ちた。
何故、六人もいる。
全てを超越し、司る者が超越者。矛盾していないか? 超越者が司るのは「全て」であると言うのに、それが六人も。自分達は全てに含まれないと言うのか。
落とされた小さな疑念は、本人も知らぬうちに膨れ上がる。その心に、否、魂に魔が忍び込み、腰を下ろしたのだ。
この中の五人が偽物だ、魔はそう囁いた。
お前は騙されている、いや、お前が騙しているのかもな。魔は続けてそう告げる。
この平和は所詮仮初だと。
そこには、綺麗な天竺葵が咲いている。魂の空間とでも言ったか、廣勢海は咲く花を眺めながら、その場で胡坐をかいていた。
仕方なし、繋がった鎖でまともにここから動けないのだ。体に繋がる紐からは、超越なる力が流れ今の尚この身の魔を浄化している。
逃げられやしない、何せかつて存在していた超越者が力を合わせて発動した術なのだ。それに、逃げる気はとうに失せている。ただ、ぼーっと花々を見るだけだ。
地に咲く天竺葵は、いつかは一面真っ白だった。大海の名を持った己の転身が、母の執念で身勝手な愛情を拒んだ結果、その花は白く色づいた。
そして花は魔に侵され枯れ始める。しかし、全滅した訳では無かった。雨の日の運命とも思える出会いにより、一部の天竺葵が黄色く色づいたのだ。
そして今は、ほとんどの花が桃色とも赤色ともとれる色を見せ、緩やかな風に揺られている。
『はぁ……暇だ』
そうぼやき、ぐぐーっと伸びをする。その時、ふと空から、桜の花びらが一枚だけ落ちてきて、手の上に乗る。
指でつまんで見てみると、自身の目の前にその姿がいた。
『退屈は平和の証ですよ、廣勢海』
彼はそう言って微笑んだ。
『あぁ、白陽相か。何の用だ』
『おや、拘束されて退屈している「友」に会いに来てはいけませんかね。折角気遣ってやったと言うのに』
意地悪く言葉を返すと、廣勢海が苦笑う。
『おいおい、別に来るなとは言ってないだろ?』
『ふふ、冗談です』
嫌な冗談だ、そう声にはせずに呟いた。
話しが無い訳ではないのは何となく分かる、何処でそう感じたかと訊かれても答えられないが、何となくだ。
しかし、粗方説教だろう。長い話は御免である為、気が付かないふりして黙っている。
『それで、どうです? 調子の方は』
『あぁ、ぼちぼち。これのせいで活力が出ねぇんだよ、なーんもする気が起きねぇ』
『そりゃそうでしょう、貴方千年以上魔に憑かれていたのですから。しかし、体は軽くなったのではありません?』
それはそうだ。ずっと、この魂は魔と共に存在し、正常であるとは言えない状態だった。しかし、久方ぶりのその魔が魂から離れたその時、とても清々しい気分になったのだ。
しかし、それを認めるのは何だか癪だ。だから何も答えずにいる。
そんな彼に、白陽相は語る。
『昔、貴方は言っていました。「全て」を超越する超越者が、何故六人もいるのかと。確かに、貴方の言う通り解釈の仕様ではその肩書は矛盾します』
『ですが、この言葉は貴方が思う解釈とは違う。あの時の貴方はろくに話も聞けない状態でしたのでね、今はっきりとお教えしましょう』
『私達は、正確に言えば六つで一つの存在、「超越者」なのです』
なんとも単純で、簡単な答えがそこにはあった。
廣勢海は微かに目を見開き、その後自嘲気味にハッと笑う。
『そりゃまぁ、俺は随分と簡単な事を考えていた訳か』
『そう言う事です』
『魔に呑まれた超越なる魂。世が混沌に陥り魔が絶えぬ世界になれば、その力は無限にもなったでしょう。力の象徴とも言える貴方が力を求めるのは当然の事。貴方は頭が足りていませんのでね、粗方それで暴走していたのでしょう』
『……おい、今頭足りないっつったか?』
『自覚しているのなら、少しは私を頼ってはどうです? 変な意地で魔に堕ちられたら超越者としての示しというモノが』
これは長くなる奴だ。廣勢海は白陽相の言葉に割って入る。
『あー分かった分かった! 悪かったよ、俺が悪かった。だからもう蒸し返さないでくれ!』
『理解しているのなら宜しい。浄化にはもうしばらく掛ります、これでも読んで大人しく、大人しくしているのですよ、廣勢海』
白陽相は念を押すようにそう言うと、一冊の本と桜の花びらを残してその場から姿を消した。
足元に置かれていたそれは、おそらく鈍器にもなれるであろう。手に取ってみれば、異常なまでの重さが手にのしかかる。
『これ、読むのにどんくらいかかるんだ……?』
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