原作を知らないblゲーに転生したので生きるため必死で媚びを売る

ベポ田

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プロローグ

3

 照明が豆粒サイズに見えるほどに、高い天井。
 縦8行、横30列の長机を収納してなお余りある広大な空間の四方には、多種多様な料理を購入できるレーンが、地域・国ごとに固まって設置されている。
 幅広い層の年齢、人種が混在するハインベルム学園ならではの大衆食堂は、一種の名物となっていた。

 ────あの階段下での騒動の後。
 ひたすら走って、走って、走って。
 リウーとシエルは獣の唸り声のような異音に足を止めた。顔を見合わせて、互いに首を振る。
 二人して振り返ったところ、途方に暮れた目でおなかを抑える新入生がいた。信じ難いことに、腹の虫だった。
 追手もいないということで、学校案内もかねて食堂へと新入生を引きずってきたわけであるが。

 ランバルド王国の区画に配置された机。
 ピーク時を過ぎて混雑が落ち着いた区画には、皿を突く音と咀嚼音だけが粛々と響き渡っていた。
 何かに迫られる勢いで魚の香草焼きを咀嚼しながら、リウーは隣席のシエルと目線を交わす。

「………………見られてるな」
「見られてるね……」

 リウーの小声に、シエルもまた小声で応じる。
 相貌を伏せたまま、二人して周囲へと視線を巡らせた。
 トレーを運搬する生徒が、ちらりとリウーたちの席を見る。
 5つ先の机の生徒たちが、こちらを見ながら、何やら興奮気味にヒソヒソ話している。
 耳をそばだててみれば、彼らの視線と話題は、専ら眼前の青年──リウーの正面席に座る新入生へと向けられていた。
 先刻から、この調子でろくに食事もとれやしない。
 しかし慣れているのか無頓着なのか、当人は気にするそぶりもなく、カルパッチョをモリモリ咀嚼している。

「……えっと、パヴロフ、くん」

 耐え兼ねて青年の名を呼べば、アメジストの瞳がリウーを捉える。
 頬いっぱいに生魚を頬張ったまま、青年──イーシャ・イヴァノヴィチ・パブロフは小首を傾げた。

「今更なんだけど、その。君って、すごい有名人だったりする? 」
「……? いいや」
「なんて、曇りない目………」

 本当に心当たりがないのだろう。
 首を振るイーシャに、リウーは狼狽したようにシエルへと助けを求める。シエルは心底嫌そうな表情で肩を竦めて、「確認だけど」と控えめな声をあげた。

「ものすごーく高貴なお方だったり……」
「いいや」
「ああよかった、てっきり王族だとばかり」

 シエルの言葉に、リウーはうんうんと頷く。

「ランバルド王国の王族と同じだからさ、その髪色。まぁ、目の色は違うけど……」

 ランバルドの王族には、稀に、銀髪に赤目という身体的特徴が発現する。
 そして国籍、身分、人種交々入り乱れる学園の特性上、諸々の理由で身分をひた隠しにして生活する人間が一定数存在する。
 ゆえに昨日まで突き回していた下級生が、実は王族の遠縁だったというような悲劇は、ままあることだった。

「ああ……」

 内心ヒヤヒヤする二人をよそに、イーシャは軽く眉を持ち上げて自らの前髪を摘む。
 反応からして、初めての質問というわけでもなさそうだった。

「俺の故郷では、そう珍しくもない髪色だと思う」
「故郷? 」
「ノースリンデだ」
「おぉ……」

 同時にリウーの視線は、イーシャの抱える皿へと吸い寄せられる。
 なるほど確かに、カルパッチョに使われているお魚は、ノースリンデの近海───ベーグ海では捕れない種類ばかりだった。
 素朴な言動ではあるが、よくよく見るとホクホクしている。何よりである。
 温かくなった胸を抑えるリウーの隣で、シエルは「これまた遠くから。不安だろうに」と、たまに会う祖母のような労りを見せていた。

「不安……はある。けど、良いところだ、ここは。暖かいし、何より飯が美味い」

 ぽつぽつと語る口調は、やはり素朴な物である。特権階級特有の尊大さや品性も、特に感じられない。
 本当に、彼は容姿が目立つというだけで、これだけの注目を集めることになっているようだった。
 そう結論付けて、リウーは密かに涙ぐむ。
 故郷から遠く離れた場所にやってきたおぼこい青年が、容姿のせいで早速学園の洗礼をうけているという事実が痛々しくて仕方がなかった。

「これあげるよ…」
「じゃあ、僕のも」

 リウーは自分の分のオニオンスープを、シエルはサラダを差し出す。
 わかり辛く目を輝かせるイーシャを、リウーはほわほわ見守った。

「パヴロフくん」

 食事がひと段落するのを見計らって、リウーが口を開く。
 付け合わせのハーブを怪訝そうに検分していたイーシャは、眉根をぎゅっと寄せた。
 
「さっきは悪質な勧誘かと思って間に入っちゃったけど、その。……本当は、『聖典を読む会』の見学希望だったりしない? 」
「しない。そもそも俺はもう、『魔術戦演習クラブ』に入会することが決まっている」
「そ、そっか。それは良かった。人気クラブだものね」

 え゛へへ……とネチャついた笑みを浮かべたリウーは、藤色の瞳の無機質さにたじろぐ。
 沈黙を埋めるように「それ、食べられるよ……」と付け合せのハーブを指させば、イーシャは素直に手元の草をモシャモシャ食べた。
 
「『魔術戦演習クラブ』一択とまで言い切るのはさぁ、」

 ここまで黙っていたシエルが、頬杖をついたまま間延びした声を上げる。

「卒業後は騎士? それとも憲兵? 」
「…………騎士に。よくわかったな」
「結構多いよ、そういう人。騎士や憲兵志望の他には、貴族のご子息とか。きみも彼らと同じ目的だと思ったんだ」
「ああ、その通りだ。俺の役割……目的は、実践経験を積むこと、魔術戦の礼節・形式を学ぶこと」

 指折り数えながら、僅かに右目だけを細めて。

「あとは、────できるだけ多くの魔術を見ること」
「…………? 」
「でもさぁ。立派な騎士様になりたいなら、お礼くらいはちゃーんと言えるべきじゃない? 」

 首を傾げるリウーの隣で、シエルはやはり胡乱に下唇を突き出す。

「リウーはきみを助けた、オニオンスープもあげた」
「おい、やめろシエル! 」
「はぁ?! 僕が誰のためにこんな説教を──」
「良いったら良いんだよ。見返りが欲しかったわけじゃないし」
「いーや良くないね。なら僕にだけでもお礼言ってもらうからね。僕は彼にサラダをあげた! 」
「お前は要らないもの押し付けただけだろが! 」
「何をう! このモジャモジャ! 」
「お前もだろうが! 俺がモジャモジャならお前はモジャモジャメガネだ! このモジャメガネ! 」

 互いのモジャモジャヘアーを掴みあう二人を眺めながら、イーシャもまた首を傾げる。少しだけ考えて、「すまない」と言った。

「ノースリンデには、礼を言う習慣が浸透していないんだ。どちらかと言えば、その後の態度や行動が重視され、言葉での感謝はむしろ、軽薄・不誠実と受け取られかねない。…………言い訳にしかならないけれど」
「あ……そういう……」
「こちらの文化について不勉強だった。助けてくれてありがとう、先輩方。あと、オニオンスープとサラダも」
「いや僕は別に……おいリウー!何だよその目!わかったよ、僕が悪かったってば! 」
「…………ふふ、」

 第二ラウンドに入ろうとしていた二人は、威嚇姿勢のまま固まる。
 一斉にイーシャを振り返るが、その相貌は既に無機物じみた無表情に戻っていた。
「いま、今、笑って…………」と震えながら指差してくるリウーの人差し指を、ちょんと突く。

「だから、この恩は必ず返すよ」
「本当にお礼言ってくれただけで十分だから──」
「そうもいかない。これでも俺は、すごく感謝しているんだ。それこそ、言葉だけでは言い表せないほどに」
「あ、え、」
「だから態度で、行動で、気持ちを伝える」

 人差し指を突いた骨ばった指が、するすると指の間に絡んでくる。
 ぎょっと見開かれた碧眼が、握り込まれた手を見て、眼前の後輩を見て。

「…………じっくりと」

 伏し目がちの睫毛の下。うっそりと細められたアメジストの瞳に、ひくと口端を引き攣らせる。

「明日からもよろしく。先輩」

 リウーの喉から空気の抜けるような音が漏れるのと同時に、シエルが「ノースリンデ式握手やめてくれるかな?! 」と叫びながら二人をべりっと引き剥がした。

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