原作を知らないblゲーに転生したので生きるため必死で媚びを売る

ベポ田

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プロローグ

 シエルがダウンした。
 料理に使われていた香草がダメだったらしく、ランバルド王国の区画に座っていた生徒の半数が、食中毒に倒れる悲劇が起きていた。
 おかげで丸一日ボッチになったリウーは、教室の隅でホコリに擬態していた。

「おかしい……」

 が、授業開始30分後にして、リウーは気付く。

 ───見られている。

 四方から視線を感じる。
 確実にホコリであるはずの自分が、確かに見られている。前代未聞である。
 魔術書の適当なページをバラバラ捲って『講義に集中していますよ』感を出しつつ、横目で周囲の様子を伺う。
 そして、

「……それで頭に入るのか」
「ぉ……っ!?」

 視界の端に映り込んだ銀髪に、リウーは危うく悲鳴を上げるところだった。
 既視感しかない髪色である。
 パララ……と捲れたページの微風が、彼の整えられた前髪をふわふわと揺らす。
 同時に、魔術書から上げられた視線が、リウーのそれとしかと絡み合って。

「パッ、」

 ──パヴロフくん!?
 小声で叫ぶという器用な芸当をこなすリウーに、イーシャは人差し指を唇の前で立てたまま、コクコク頷く。

「なっ、えっ、いつから?!」
「講義開始3分ほど前から。とても凄まじい集中力だったから、邪魔をするのも悪いと思って黙っていた。ごめんなさい」
「あ、いや謝らないで。こちらこそ、気付かなくてごめん」
「30分無言で隣に座っていただけの俺が、全面的に悪い」

 ここにきて、リウーは周囲からの視線の理由を悟る。
 イーシャに不満があるわけではないが、リウーは人に注目されることが苦手だった。
 口ごもって下を向くリウーに、イーシャはスス、と身体ごと身を寄せてくる。
 壁とイーシャに挟まれながら、リウーは「この講義取ってるんだ」と呻いた。

「いいや。先輩の姿が見えたから来た。一限目は丁度空いていたし」
「えっ、光栄です?」
「先輩がいるのなら、俺も明日から参加しようかな」
「あー……」

 気まずげに頬を掻くリウーを、邪気の無い藤色の瞳が見つめる。
 無理矢理口端を上げるような笑顔は、やはり卑屈に引き攣ったものだった。

「俺、普段はこの講義取ってないんだよね」
「……?」
「シエルのやつがダウンしてるから、今日だけ代わりにノート取ってやってる。どーせノート見せてくれるような友達もいないんだろうし」
「先輩は、面倒見がいいんだな」
「そう?はぐれ者の相互扶助みたいなもの……というか、ほら。これくらいは普通だよ、と……友達、なら」

 自分でもらしくないことを言っている自覚があるのか、尻すぼみに話すリウーの耳は仄かに赤く上気していた。
 それを暫し無言で見つめて、イーシャは一言「仲が良いんだな」と呟く。
 長い睫毛の下。無機質な藤色の瞳が、リウーの手元のノートを一瞥して。

「羨ましいな」
「──え?」

 尋ね返そうとして、リウーは口を噤む。
 一際強い視線を、前方──正確には教卓の方向から感じたから。
 案の定、気難しそうな初老の講師がこちらを見ていた。嫌な予感がした。

「きみ、先刻から随分と楽しそうだね」
「あ、えっと、」
「きみだよ、ファルカスくん。私の講義よりも楽しい話ならば、是非とも混ぜてもらいたいものだがね」

 最後列で背後を振り返ったリウーに、痛烈な皮肉を放つ。
 口をパクつかせるリウーを睨んで、手だけで起立を促した。
 挙動不審に立ち上がるリウーの醜態に、教室のあちこちから嘲笑が上がった。
 俯いたまま、重い前髪のした碧眼がギョロギョロ泳いでいた。

「1980年に提唱された『ハレイの原理』における、魔力出力を決定する三条件は」
「わ、わかりません…………」
「……では『ハレイの原理』を提唱した相承魔術師の名くらいは言えるね」
「…………すみません」
「カヴール・アバンハム。偉大なる魔術師の一人だ。私の講義を冷やかしに来るのなら、それくらいは知っておきなさい」

 クスクス、クスクスと膨れ上がる嘲笑に、リウーはただ青い顔で机上の魔術書を見つめて。

「呆れた体たらくぶりだ。今年から三年生になるというのだから、少しは主席を──スペンサーくんやパヴロフくんを見習いたまえよ」

 聞き捨てならない言葉に、「えっ」と裏返った悲鳴とともに顔を上げる。
 ここまでまっすぐに人の目を見つめたのは久しぶりだった。
 しまいにはぶるぶると震えながら指をさしてくるリウーを、講師は異星人にでも向けるような目で見た。

「しゅ、主席……?」
「主席が何だというのだね。気味の悪い子供め。もういいから、座りなさい。そして前歯を全部抜かれたくなければ、二度と私の講義で私語をしないことだね」

 猟奇的な脅しをかけながらも、「主席」と口にする講師の視線は、リウーの隣席──イーシャへと確かに注がれていた。
 蒼を通り越して蒼白の顔で隣を見るが、絶対に目が合わない。
「イヴァノヴィチ・パヴロフ…………」と震える声で吐き出された呪詛に、イーシャは魔術書を意味もなく開いたり閉じたりしながら、下手糞な口笛まで吹いてみせた。


 ***

 講義が終わるなり、リウーは稀に見る瞬発力でイーシャに襲い掛かり、締め上げた。

「ひゅ、ひゅうへいひんひゃ…………」
「『ゆ、有名じんじゃないって言ったじゃない』」
「…………ひゃんへひょへほはやふ!」
「『なんでそれを早く言わない』」

 前歯を奪われたリウーの訴えを一通り復唱し、イーシャは「『なんで』、『なんで』…………?」としみじみ腕を組む。
 そして、そこそこ長考して出した答えが、

「…………聞かれなかったから?」

 これである。
 リウーは衝動的に魔術書を振りかぶった左手を右手で抑える。
 脳を揺らす暴力性と戦いながら、「ほうひへ(どうりで)……」と可能な限り穏やかな声を絞り出した。

 …………主席は、入学時の魔力測定・実技試験・筆記試験の結果で決定する。
 例えば現行生徒会長も主席で入学したが、彼は筆記試験で唯一全教科満点を取った俊英である。
 100年前のさる主席が叩き出した魔力量の数値が未だ更新されていないのは有名な話であるし、千の魔術を行使したという逸話を持つ元主席は、現在魔術師協会会長の席に座っている。
 こういった逸話を上げ始めれば枚挙に暇が無いが、共通しているのは、彼らが皆等しく規格外──正真正銘のバケモノであることだった。

 ゆえに、彼らはいつも中心にいる。
 政治的駆け引き、派閥闘争、権力争い。
 否が応でもその渦中に引き摺り込まれ、誰もがその強大な力を取り込もうとする。
『聖典を読む会』の熱心な勧誘活動が、いい例である。
 そして、先日から幾重にも向けられる熱い視線もまた、隙あらば勝ち馬に取り入りたいという意図のものだった。

「黙っていてすまな……ごめんなさい、先輩」
「ひ、ひや……」

 しゅんと項垂れるおぼこい青年を前に、リウーの胸が罪悪感にキリキリ音を立てる。
 元はといえば、今年の主席を知らなかったのは、自分があまりにも陰キャ……というか、無関心過ぎたのが原因である。
 にもかかわらず、人の目と衝撃の事実に錯乱して、当たるような真似をしてしまった。
 謝罪しようと口をむずむずさせていたリウーは、「けれど」と続く言葉にスンと口を閉じた。

「…………悪いけれど、本当に申し訳ないけれど。全く後悔はしていないんだ」
「へ……」
「先輩は、俺が主席だと知っていたら助けてくれなかっただろう。ごはんも奢ってくれなかったし、オニオンスープもくれなかった」
「いや、そんなことは──」

 白銀の前髪の下。
 つるりとした宝玉のような瞳には、今だけ、妙な熱が宿っているように見えた。
 その昏い色彩にたじろぐリウーの指先を、イーシャは先日のようにちょんと突く。

「嬉しかった、ああまでして俺を守ろうとしてくれて。…………実を言うと、少しだけ不安だったんだ」

 唇の端を薄く引くような微笑は、年相応に幼い、素朴で不器用な少年の表情でしかなかった。
 その飛びぬけた才能のせいで、知らない土地で、一人途方もない欲や悪意に晒される。
 想像も及ばない恐怖だろうと思った。
 縋るように触れてくる指先を咄嗟に握り返した胸中には、憐憫とも後悔とも言える感情が渦巻いていて。

 ──だから、気付かなかった。
 教室のざわめきが、不自然なほどに膨れ上がっていたこと。
 そして、自分たちのすぐそばに、『彼』が佇んでいたこと。

「──────イーシャ……イヴァノヴィチ・パヴロフくん」

 涼やかでありながら、その声は喧騒のなかでもひときわよく通った。

「……?」

 少し目を見開いて、イーシャは怪訝な表情のまま振り返る。
 ほぼ同時に、リウーは弾かれるようにイーシャの指先から手を離した。

「お取込み中すまないね。──少し良いかな」

 眩しいプラチナブロンドに、反面光を反射しない赤銅色の瞳。
 慈愛すら感じさせるような柔らかな微笑を浮かべた青年は、ただ悠然と。そこにいるだけで、確かに空間を支配していた。

「あなたは…………」
「カイル。カイル・スペンサー。……生徒会の代表を務めさせてもらっているよ」
「……?」

 一瞬。
 本当に一瞬だけ、柔和に撓んだ双眸が、自らから逸らされたようで。
 ほぼ無意識に、イーシャはその視線の先を追う。
 そして、次に視界に飛び込んできたのは、静かに相貌を伏せるリウーの姿だった。
 捕食者に怯える草食動物のように、ただ一心に息を殺している。

「────……」

 藤色の瞳の奥で、瞳孔が収縮する。
 机上に投げ出された指先は、僅かに震えているように見えた。

「……俺に何か用事が?」

 再び相貌を上げたとき、青年──カイルの視線は、イーシャにのみ注がれていた。
 常人ならば会話を打ち切るような異様な緊張感のなか、カイルは、悠然と微笑んだまま小首を傾げる。

「クラブ見学のお誘いに」
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