原作を知らないblゲーに転生したので生きるため必死で媚びを売る

ベポ田

文字の大きさ
7 / 26
プロローグ

 薄い唇から、赤い舌が覗く。

「私は────、」

 開いた口がはたと閉じるのと、イーシャが右手を翳すのは同時だった。
 右手でカイルを──正確には、を指さして。

「キャイン゛……ッ!」
「…………!」

 獰猛に顎を開いた獣の輪郭が、ひしゃげるように歪んだ。
 飛び掛かったままの姿勢で地面にめり込む獣。
 そして、踵落としで獣を沈めながら、長身の青年が飛び出してくる。
 呆気に取られるカイルとイーシャの眼前を掠め、青年は赤毛を振り乱しながら着地した。

「ご無事ですか!カイル様!」

 そして碧眼を零れるほどに見開いて、わたわたとカイルの身の安全を確認する。
 カイルは驚愕を滲ませた丸い目で、垂直に地面に突き刺さった獣を見て、行き場を失った右手を凝視するイーシャを見て。

「…………ああ、ヒガナか」
「お怪我はございませんか⁈」
「ありがとう、ヒガ、」
「この……汚らわしい四足歩行め!」
「ヒガナ、ヒガ……」
「よく聞け獣畜生。カイル様に一つ傷が見つかるたびに、お前の軽い頭を地面にもう一段ずつ深く沈めて──」
「ヒガナ・オーエン」

 焦点の定まらない目で獣を脅迫していた青年──ヒガナが、はたと口を閉じる。
 カイルは、二の腕に縋りつく青年に、ぐっと相貌を近づけた。

「助かったよ。守ってくれてありがとう、ヒガナ」

 滑らかなテノールで紡がれた言葉に、ヒガナがうなじを掴まれた猫みたいに静かになる。
 『オーエン』という姓に、イーシャが右手を持て余したまま、「お抱え凄腕暗殺者の……!」と何かを思い出したような顔をする。

「何でハイウルフが外に出てるんだ…………?」

 そして、ヒガナを追ってきたのだろう。
 恰幅の良い身体を揺らしながら近付いてきたクラブ長が、地面にのびる獣を困惑気味に眺めていた。

「どうやって小屋から抜け出したんだ?というか、他の個体は──」

「殺される!羊に殺゛ざれ゛る゛……ッ!」

 突如響いた情けない悲鳴に、三人して振り返る。
 遥か遠方。
 羊たちが、獣の群れに取り囲まれて怯えたようにベェベェ鳴いていた。そしてパステルカラーの羊たちの中心で、リウーがモコモコ溺れていた。
 失笑するしかないような光景だったが、事態はことのほか深刻だった。下手をすると全然死人とか出る。
 頭を抱えるクラブ長。
 イーシャがその隣で、「ひらめいた!」みたいな表情をする。
 持て余していた右手の照準を、襲われるリウーへと合わせて。

 ほぼ同時に羊の群れを飛び越え、リウーの喉笛に食いついた獣が「ヒャイン!」と情けない悲鳴を上げる。
 程なくして、喉笛に突き立てられた犬歯が、ぼろりと抜け落ちた。

 ***

 ハイウルフの歯は、上下合わせて43本。
 抜け落ちたハイウルフたちの歯800本あまりが、取り込まれた洗濯物みたいにこんもり積まれている。
 その隣に、簀巻きにされたハイウルフ20匹余りが、たたまれた洗濯物みたいにきっちり積まれている。
 ハイウルフ・マウンテンを背景に、クラブ長含めた関係者各位が、教師陣からの事情聴取を受けていた。

 少し離れた場所では、ブランケットにくるまったリウーが、ハイウルフ達に背を向けるようにして震えていた。
イーシャはその隣で、「どうして歯の本数が奇数なんだろうな」などと激励の言葉を送りつつリウーの背を懸命に摩っている。
 心に深い傷を負ったリウーは初め、まともに話す事すらできなかったが、イーシャの根気強いケアのおかげで幾分か調子を取り戻しつつあった。

「…………パヴロフくん」

 なのでリウーが初めて自分から口を開いたとき、イーシャは励ましの言葉を吞み込んで、若干前のめりにリウーの言葉を待った。

「あの魔術、君も使えたんだね」
「…………?」
「『あんな頭のおかしい魔術、誰がなんのために作った物なんだよ』って、後から調べて分かったんだけどさ。あれ、50年前の拷問官とかノースリンデの猟奇殺人鬼が使ってたやつと同じ構築理論らしいよ」

 予想外の言葉であったので、イーシャはきょとと目を瞬く。
 ややおいて、先刻、自らがハイウルフたちに使用した『抜歯魔術』のことを言っているのだと気付いた。

「今後ノースリンデの人には逆らわないようにしようかな。君の故郷では皆習う魔術なの?」
「?いいや」
「じゃあ、あのセオリーもクソもないめちゃくちゃな魔術式を、あの一瞬、あの規模で再現したってこと?独学じゃ普通無理だよ」
「『独学』……」

 リウーの言葉を復唱しつつ、困惑気味に小首を傾げた。心底訳がわからないという表情で、「独学ではない」と首を振って。

「あれはもう見た」

 邪気の無い目で、リウーの賛辞を流す。
 リウーは一瞬信じられない物を見るような目をイーシャに向けて、やがて、諦めたように表情を緩めた。

「さすが首席ってかんじだ」
「?」
「いや、気にしないで。……それより遅くなったけど、その、助けてくれてありがとう」
「いや、気にしないでくれ」
「今度お礼させてね。何奢ろうか」

 丸まったまま、「なんでも言ってね」と相貌をもたげて。

「『なんでも』……」

 リウーは、ギョッと仰反った。
 イーシャの相貌が、存外近くからこちらを覗き込んできていたから。

「…………先輩は、とても良い匂いがするな。好きな匂いだ」
「…………」

 長い睫毛の影が、アメジストの瞳に落ちていた。
 その色彩の空虚さに、リウーは僅かに寒気を覚える。
 唇が触れるほどの至近距離。
 頬を撫でる吐息が、どう言うわけか、先刻喉元まで迫った獣のそれを想起させた。
 警戒に強張ったリウーの表情をじっと眺めては、「……尚早か」などと呟いて。

「決めた」

 イーシャは、ブランケットの中に隠れたリウーの指先を、ちょいと突く。
 イーシャの体温が高いのか、リウーが単に末端冷え性なのか、触れた体温は酷く冷たかった。

「イーシャ」
「……な、なんて?」
「是非、イーシャと呼んでくれ」
「ええ?」
「なんでも言ってね、と言われた」
「そうだね……」

 リウーは無造作な赤毛を軽く指先で整えて、イーシャの表情を伺う。
 心なしかソワソワしているようにも見える。完全に何かを期待している表情だった。
 口を開閉させれば、催促するように指先を摘まれる。

「イ、イーシャく、」
「リウー、……ファルカスくん」

 遮るように落とされた声に、イーシャの相貌から、色が削げ落ちる。
 ややおいて、気だるげに振り返る。
 霧のように背後に佇んだまま、カイルが二人を見下ろしていた。

「少し、話したいことがあるんだ」
「二人きりでか?」
「いいや?用があるのは私ではなく、クラブ長だ」

 何故かリウー本人ではなく隣の新入生が食いついてくる奇妙な状況にも、カイルはあくまで平然と応対する。
「じゃあ俺も……」と立ち上がったイーシャを、片手で制して。

「悪いけれど、きみはあっちだ」

 聳立するハイウルフ・マウンテンの前で、教員たちがこちらを見ていた。
 難しい表情で腕組みをしている男性教諭が、カイルの言葉に追随するようにイーシャを手招きしている。

「…………行っておいでよ。ありがとう」

 むくれたまま動こうとしないイーシャを、リウーは苦笑しつつ嗜める。
 ようやっと立ち上がりつつも、チラチラと振り返ってくる姿に、肩をすくめて。

「またね、イーシャ」
「……!」
「あとで奢るよ」

 びび、と毛を逆立てては、どこか勇み足に教員たちの方へと向かっていく。
 アホ毛を元気に揺らしながら去っていく後ろ姿を、リウーは穏やかに見送った。

「…………随分と」

 そして耳元で落とされた呟きに、リウーは肩を揺らす。
 視線を合わせるように長い脚を折って、カイルは秀麗な笑みを浮かべた。

「随分と、後輩に慕われているんだね」
「……きっと、今だけですよ」
「そう?そうは思えないけれど」

 さして興味もなさそうにリウーの返答を受け流しながら、「立てるかい」と促す。
 恭しく差し出されたカイルの手を、濁った碧眼が静かに眺めていた。
 そして、

「!」

 おずと添えた手を、ぐいと引かれる。
 ブランケットが落ちる。
 よろめいた拍子に、存外厚い胸板へと顔を埋める形になるリウー。
 見開かれた碧眼とは対照的に、赤銅色の瞳が、すぅと細められる。

「痛そうだね」

 リウーの前腕を観察しながら、カイルが言った。
 真新しいシャツの袖には、赤い血痕が滲んでいる。
 リウーは慌ててブランケットを被り直して腕を隠しながら、赤い目から逃れるように視線を伏せた。

「……さっき、ハイウルフに襲われた時に、怪我をして」
「そう」
「……………」
「シャツの方は破けなくて良かったね」

 ここまでくると、リウーは最早満足に呼吸することすらできなくなっていた。
 自らをじっと観察する高次の存在から逃れるように、ひたすらに息を殺して。

「……私たちも行こうか。クラブ長は、君にいくつか聞きたいことがあるようだよ」

 重い前髪に隠れた視界のなか、赤い唇がどこか愉しげに弧を描く様を、ただ見つめていた。



感想 3

あなたにおすすめの小説

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って? いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

また恋人に振られたので酒に飲まれていたらゴツい騎士に求婚していた件

月衣
BL
また恋人に振られた魔導省のエリート官吏アルヴィス。失恋のショックで酒に溺れた彼は勢いのまま酒場に現れた屈強な王宮騎士ガラティスに求婚してしまう。 翌朝すべての記憶を保持したまま絶望するアルヴィスだったが当のガラティスはなぜか本気だった。 「安心しろ。俺は誠実な男だ。一度決めたことは覆さない」 逃げようとするエリート魔導師と絶対に逃がさない最強騎士 貢ぎ体質な男が捕まる強制恋愛コメディのつもりです!!

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

従者は知らない間に外堀を埋められていた

SEKISUI
BL
新作ゲーム胸にルンルン気分で家に帰る途中事故にあってそのゲームの中転生してしまったOL 転生先は悪役令息の従者でした でも内容は宣伝で流れたプロモーション程度しか知りません だから知らんけど精神で人生歩みます

春野くんち―僕の日常は、過保護な兄弟たちに囲まれている―

猫に恋するワサビ菜
BL
春野家の朝は、いつも賑やかで少しだけ過保護。 穏やかで包容力のある長男・千隼。 明るくチャラめだが独占欲を隠さない次男・蓮。 家事万能でツンデレ気味な三男・凪。 素直になれないクールな末っ子・琉生。 そして、四人の兄弟から猫のように可愛がられている四男の乃空。 自由奔放な乃空の振る舞いに、兄たちは呆れながらも、とろけるような笑顔で彼を甘やかす。

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

魔王様の執着から逃れたいっ!

クズねこ
BL
「孤独をわかってくれるのは君だけなんだ、死ぬまで一緒にいようね」 魔王様に執着されて俺の普通の生活は終わりを迎えた。いつからこの魔王城にいるかわからない。ずっと外に出させてもらってないんだよね 俺がいれば魔王様は安心して楽しく生活が送れる。俺さえ我慢すれば大丈夫なんだ‥‥‥でも、自由になりたい 魔王様に縛られず、また自由な生活がしたい。 他の人と話すだけでその人は罰を与えられ、生活も制限される。そんな生活は苦しい。心が壊れそう だから、心が壊れてしまう前に逃げ出さなくてはいけないの でも、最近思うんだよね。魔王様のことあんまり考えてなかったって。 あの頃は、魔王様から逃げ出すことしか考えてなかった。 ずっと、執着されて辛かったのは本当だけど、もう少し魔王様のこと考えられたんじゃないかな? はじめは、魔王様の愛を受け入れられず苦しんでいたユキ。自由を求めてある人の家にお世話になります。 魔王様と離れて自由を手に入れたユキは魔王様のことを思い返し、もう少し魔王様の気持ちをわかってあげればよかったかな? と言う気持ちが湧いてきます。 次に魔王様に会った時、ユキは魔王様の愛を受け入れるのでしょうか?  それとも受け入れずに他の人のところへ行ってしまうのでしょうか? 三角関係が繰り広げる執着BLストーリーをぜひ、お楽しみください。 誰と一緒になって欲しい など思ってくださりましたら、感想で待ってますっ 『面白い』『好きっ』と、思われましたら、♡やお気に入り登録をしていただけると嬉しいですっ 第一章 魔王様の執着から逃れたいっ 連載中❗️ 第二章 自由を求めてお世話になりますっ 第三章 魔王様に見つかりますっ 第四章 ハッピーエンドを目指しますっ 週一更新! 日曜日に更新しますっ!

平凡な俺が完璧なお兄様に執着されてます

クズねこ
BL
いつもは目も合わせてくれないのにある時だけ異様に甘えてくるお兄様と義理の弟の話。 『次期公爵家当主』『皇太子様の右腕』そんなふうに言われているのは俺の義理のお兄様である。 何をするにも完璧で、なんでも片手間にやってしまうそんなお兄様に執着されるお話。 BLでヤンデレものです。 第13回BL大賞に応募中です。ぜひ、応援よろしくお願いします! 週一 更新予定  ときどきプラスで更新します!