原作を知らないblゲーに転生したので生きるため必死で媚びを売る

ベポ田

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プロローグ

7

「…………パヴロフくんが、ハイウルフを錯乱状態に陥れた?」

 顔を顰めるリウーに、クラブ長は蒸し饅頭のような相貌を必死で上下させた。
 カイルの隣で、教師陣に詰められるイーシャを一瞥して。
「あり得ない」という怒声を吞み込み、リウーは、「じゅ、順序立てて話してもらえませんか……」と声を絞り出す。『今ここでクラブ長に殴り掛かったら』を脳内でシュミレーションした結果の、せめてもの抵抗である。
 リウーは真性のビビりだった。

「学園で飼育する魔法生物──とりわけ危険種には、履行魔法が施されている」

 幾分か落ち着きを取り戻したのか、クラブ長は一呼吸置くように咳払いする。
 対してリウーは、『履行魔法』という言葉に僅かに顎を引いた。
 ──履行魔法とは、二者の間で誓約を結び、それを破った人間にペナルティを課す魔術である。
 言語や文字を介しての誓約を前提としているため、本来ならば履行魔法は、人間同士、もしくは同等の知的生命体にのみ効力を発揮する。
 しかし、それはあくまでならばという話であって。
 この分野にも、およそ規格外と呼ばれる存在は居る。
 とある相承魔術師が、本来ならば双方の合意を以て成立するはずの履行魔法を、『魔力の貸与を条件に、一方的に相手に制限をふっかける』というトンデモ理不尽魔術に昇華した。
 故に、意思疎通の不可能な獣や魔法生物に対しても、魔力量の差で捻じ伏せ、支配下に置く荒業を唯一可能としていて。
 獣に対する履行魔法というだけで、それを施した魔術師が相承魔術師か、それに比肩する強力な使い手であるということを意味していた。

「だから、ハイウルフが人を襲うなんてことは万が一にもあり得ない。暴走した段階で、魔術が発動して耐え難い激痛が彼らを襲う。よほどの錯乱状態でない限り、すぐに沈静化する」
「…………そ、それでどうしてパヴロフくんが…………」
「履行魔法を筆頭として。誓約を前提とした魔術で築かれた支配関係を、後から上書きすることは本来ならば不可能だ。……そう、余程の魔術の使い手でもない限り」

 ここにきて、生徒会長が自分とイーシャを引き離した意図を悟る。と、同時にリウーの胸に湧き上がったのは、得も言われぬ不快感だった。

「それがパヴロフくんだって言いたいんですか?……彼が、優れた魔術師だと言うだけで?」

 幾分かはっきりとした口調で問い詰めるリウーに、クラブ長は僅かに目元を痙攣させる。
 眼前の辛気臭い男を、今初めて人間と認識したような反応だった。

「それに、優れた魔術師というなら──」

 言葉を続けながら、リウーはギョロギョロと視線を泳がせて、隣の──この場での最も優れた魔術師を見上げた。
「貴様、何が言いたい⁈」といきり立つヒガナを手で制しつつ、カイルは困ったように眉根を寄せる。

「買い被りすぎだよ。私はただ人よりも魔力量が多いというだけで、それ以外は極めて凡庸な魔術師だ」
「…………」
「魔力量が多いといっても、彼の相承魔術師の施した術を上書きできるほどの物でもないし……」

 あまりにも無理のある謙遜に、ヒガナすら言葉を失っていた。
 謙虚とは美徳であるが、度が過ぎると周りは引くしかないのである。
 うつろな目をするリウーの隣で、クラブ長は我に返ったように「だから!」と声を張り上げた。

「ハイウルフは、魔力量が多い獲物を優先的に狙う習性がある!誰かが作為的にハイウルフを凶暴化したのなら、それこそ生徒会長は一番に容疑者から外れる。なぜなら最も魔力量の多い会長が、一番の標的だから!」
「ま、魔力量の問題なら、パヴロフくんだって標的になる可能性が十分にあったはずで……それこそ、彼には動機が──」
「彼の出身はノースリンデだ!動機なんてそれで十分じゃないか!」

 思わずといった調子で声を荒げて、クラブ長は咄嗟に口を抑える。
 その場の三人の視線が、幾分か冷ややかな物になるのを感じ取ったのか、顔色がひどく悪かった。
 約200年前。
 ランバルド王国とノースリンデの間で、約20年間にもわたる戦争が勃発した。
 その後講和条約が結ばれたものの、両国の関係は、未だ冷え切ったままだった。
 故に、確かに、『ノースリンデ出身』というイーシャの出自は、『ランバルド王国の次期侯爵』と名高いカイル・スペンサーとの敵対構造に幾分か説得力を持たせる。
 だが、互いの国益のため、両国議会が関係修復に努める近年の潮流からして、クラブ長の言い分はあまりに率直でいて、逆行していると評価されても仕方のないもので。

「……そ、その、つまり。クラブ長が仰りたいのは……パヴロフくんが、生徒会長の暗殺を試みたと──」
「そこまでは言っていないだろう!」
「ひぃっ!で、でもでもでもぉ!」
「クラブ長」

 威嚇するように拳を振り上げたクラブ長と、頭を抱え込んで怯えるリウーが、同時に口を閉じる。
 以外にも、待ったをかけたのはヒガナだった。

「これはあくまで学友としての忠告ですが。その場の勢いでの軽率な発言は控えるべきかと」
「……っ、」
「この学園では個人の行いひとつで、祖国の国益を損ないかねない。それをよく理解されるべきです。矛先に居る人物が何者なのか、明確に理解できていないときは特に」

 未成熟な甘さを残した碧眼には、どこまでも真摯な光が宿っていた。
 先刻までの暴れ馬のような賑やかさからは、想像もつかない静かな凄みに、さしものカイルも意外そうな表情をする。
 主人からの視線に気付いたのか、「出過ぎた真似を」と引き下がったヒガナに、カイルは唇の端だけで笑って。

「ハイウルフたちを守りたいという、あなたの気持ちは私も理解するところです。ですが、そのために誰かが無実の罪で裁かれることがあってはならない」
「ですが……!」
「事実はあなたの言う通りには動いていないのです。ハイウルフに支配魔術の類は施されていなかったし、実際にハイウルフの標的となったのは、私ではなくそこの彼だ」

 急に水を向けられて、リウーは俯いたまま肩を揺らす。
 それでも、うっすらと細められた赤目が、腕の傷口に向けられているように感じられた。
 傷口を隠すように、ほぼ無意識にブランケットを引き寄せる。
 恐る恐る視線を上げるも、クラブ長に親の仇のように睨めつけられ、また「ヒィ!」と顔を伏せた。

「……僕の発言は、確かに思慮に欠けていました。謝罪します。…………だが、『ハイウルフは魔力量の多い獲物を優先的に標的とする』。この生態も、不変の事実だ」

 唸るように言って、クラブ長がリウーに猛然と詰め寄る。

「…………お前は、何だ?何をした?」
「な、何もしてないですって……!」

 リウーは仰け反りながら、悲鳴を漏らす。
 ついにブランケットに掛けられたクラブ長の手に、情けなく泣きべそをかいて。

「おれは何も知ら……!ぎゃうん!何゛……ッ?」

 同時だった。
 背後の小屋から飛び出てきた毛玉が、リウーにボヨヨンと激突した。
 そして、リウーの右腕──正確には、血痕の滲んだ右腕に食らいつく。
 白目を剥き、涎を滴らせながら「グルルルル」と唸っている。
 今の彼は、ぶさいくな犬ではなく理性を失った一匹の獣だった。

「レ゛イ゛・ベーカー゛……ッ!」
「アグルルル」
「貴様ァ゛!」

 腕をブンブンと振るが、獣は頑なにリウーの右腕前腕に食らいつき続ける。
 シャツの袖を貫通して、突き刺さる犬歯。
 ダバダバと大量出血を伴った大負傷に、敵対していたはずのクラブ長も、流石にリウーを助け出そうとし始める。
 人の善性に希望を見出しつつ、リウーは涙目で獣の口元を睨んで。

「……?」

 ふと、ぺしゃんこの鼻の頭についた草の切れ端に目を細める。
 手慣れた所作で獣の首をキュッと締めて昏倒させつつ、草を摘み上げて検分する。
 眼前で流れるように行われた動物虐待に、啞然と言葉を失う魔法生物研究クラブ会長。
 対してリウーは、存外機敏な所作で背後を振り返った。
 困惑に顔を見合わせる面々を他所に、ただ背後の──先刻、レイ・ベーカーが飛び出てきた小屋を凝視していた。

「……ファルカスくん?」

 困惑の声を上げたのは、カイルだった。
 しかしそんな声すら聞こえていないかのように、リウーはブラブラと右腕に犬をぶら下げたまま、小屋へと近付いていく。
 そうして膝をつき、小屋の中に敷き詰められた敷料を、開いた瞳孔のまま観察する。

「クラブ長」

 無機質なわりに妙に良く通る声である。
 小屋の入口からリウーの挙動を見守っていたクラブ長は、ぎょっと瞠目した。

「ここは、ハイウルフを飼育していた小屋で間違い無いですね」
「……………その通りだ」
「敷料の入れ替えはどれくらいの頻度で行われていますか」
「……四日に一回。最後に入れ替えがあったのは、恐らく半日前だ」
「敷料は外部から仕入れていますね。届くのはいつですか」
「入れ替え当日の昼ごろだが、それがどうしたと──」
「ああ。それならやっぱり、この件にはパヴロフくんは無関係だ」
「は……?」

 ゆらと赤毛を揺らしながら、リウーが振り返る。
 緩慢な所作で敷料の一部を摘まみ上げたまま、深い色の碧眼を鈍く光らせた。

「『イヌ避け草』です」


 ***


「『イヌ避け草』は、主にレタンタなどの高地に群生するユリ科の植物です。学園の敷地内にも群生地帯があるので、て入手は比較的容易でしょう。稀に観賞用として好まれますが、ハイウルフを筆頭としたイヌ科の魔法生物には、極めて有害で、摂取するまでもなく触れるだけで神経系へ深刻な影響を及ぼす。……数時間の接触で、イヌは極度な錯乱状態に陥ります。半日同じ空間に密閉されるなんて事があれば、もはや正気ではいられないでしょう」

 怯懦な言動はなりを潜め、リウーは教本を読み上げるような早口で一方的にまくし立てる。
 こころなしかいきいきしているようにも見える表情で鷲掴んだ犬を掲げるリウーに、クラブ長は唯一、「まさか」と顔を青ざめさせた。

「はい、敷料に大量のイヌ避け草が混入していました」
「なんてことを!」
「痛覚の伝達神経の活動を抑制する作用もあるので、履行魔法による制御も効きませんね」

 リウーが言い切る間もなく、クラブ長は足を縺れさせる勢いで小屋に駆け込み、敷料を漁る。
 そして、リウーの言葉が真実であることを確かめるやいなや、呆然とかぶりを振った。

「昼に敷料が届いてから放課後まで、パヴロフくんは俺と一緒にいました。講義に出て、医務室に留まって……彼が敷料に手を加えられるタイミングはありませんでした。教師や医務室の養護教諭に確認を取ってもらっても構いません」
「……………その通りだ。一体、誰がこんな惨いことを」
「一番に思いつくのは、業者か敷料を替えた会員でしょうが。……手の内がばれたとき、真っ先に疑われるリスクをその人たちは考えなかったので、しょう、か……」

 そこまで言って、リウーは自らに向けられる視線の異質さにようやく気付く。
 我に帰ったように目を見開いたかと思えば、肩を内巻きに、気まずげに顔を伏せて。

「と、とにかく、俺にわかるのはこれだけ、です……。極論、人の目さえかいくぐれれば、敷料に細工をすることは誰にでもできたわけで、アリバイのない全員が容疑者で、そこから犯人を特定するなんてできっこな……………」
「そうでもないよ」

 ボソボソと早指をこね合わせるリウーの言葉を遮ったのは、ここまで静観していたカイルだった。
 前髪の隙間からじっとりと見つめてくるリウーに微笑みかけて、「ねえ、ヒガナ?」と傍らの従者へと同意を求める。

「仰る通りです。この件は、のですから」
「……?」

 露骨に怪訝な表情をするリウーに、カイルはヒガナの言葉を継ぐように「そもそも」と腕を組んだ。

「今日、このクラブの不正を告発する旨の手紙が、生徒会の意見箱に投函されたんだ。それをうけて、私は緊急の査察に入ることになった」

 その言葉に、リウーは膝を打つ。
 実は、本来ならば今日は、生徒会から一部クラブ長たちへ、今年度予算についての説明会が開かれる予定だったのだ。
 リウーたちも当初、説明会への見学に参加するはずだったが、伴って査察に同行することになった。
 その急な予定変更のせいでリウーたちは、遅れたことを平謝りしながら山道を駆けあがる羽目になったわけであるが。

「あまりにも出来過ぎているよね。手紙の投函とこの件を、全くの別件と考えるべきではない。少なくとも、この場にいるを害することを目的としていることは想像がつくけれど──」

 そこまで言って、カイルは音もなく笑みを深める。
 だが美しい弧を描く瞼の下の瞳が、ちらとも笑っていないことは誰の目にも明らかだった。

「──どうかな、君たちに心当たりがあるかい?」
「……全く」
「私にはあるよ。丁度、私を殺したがっている人間たちを集めて、近々球技大会でも開かないかとヒガナと話していたところなんだ」

 恐らくカイルなりのジョークなのだろうが、笑っていいのかわからない。
 結果、くしゃみをする直前のような顔で硬直するリウーに、カイルは「冗談はさておき」と腕組みを解く。

「そういった前提で考えるのならば、候補が絞れてくるね。……私が今日ここに来ることを知っていた人物だ」
「パターンはシンプルに2通り。
1,手紙を投函した人物と、実行犯は同一人物である
2,手紙を投函した人物と、実行犯が別人である。
2は、投函された手紙は完全に善意のものであり、それに乗じる形で、別人が罠を仕掛けた場合だね」
「1については、ヒガナ。きみに調査を任せるよ。そして2について。手紙を投函した人間以外で、私の午後のスケジュールを知る得る人間は────、」

 言葉を切って、どこか愉し気な目でリウーを見下ろす。
 出来の良い生徒を試すような視線に透かされて。リウーは、自らの頬を嫌な汗が滑るのを感じながら唾を呑んだ。

「……………『説明会に参加予定だった、各クラブ長たち』、ですか」

 教壇から下りるような足取りで、カイルはリウーとの距離を詰める。
 そして、長い脚を折っては「七割正解」と小首を傾げた。
 繊細なプラチナブロンドが、さらと揺れる。それをたおやかに耳にかけながら、リウーの胸をとんと弾いて。

「きみたちもだよ」

 背筋が冷えるほどに美しい笑みで、低く囁いた。

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